◆お酒に呑まれて。(*微裏注意)




とある街に着いた私たちは知らない老夫婦へと話しかけられ、食事会に誘われていた。
どうやら、先程カイルが人助けをしていたからそれを見て感銘を受けたらしい老夫婦が、今度開かれる食事会に是非と誘ってきてくれたらしいのだ。
食事と聞いて断るはずがないカイルに全員が「あぁ…」と口から零せば、既にカイルはその招待を受けている所だった。
その食事会の場所だが…。


「えぇ?!もうお城じゃん!!」


カイルが驚くのも無理はない。
目の前に広がるのは王族かというほど大きなお城だったからだ。
そんな場所に招待を受けて戸惑う何人かとは違い、カイルはそれはそれはもう目を輝かせていた。


「こんな場所で食事なら、めっちゃ豪華じゃん!」
「お前は食う事しか頭にねえのか…。」
「ロニ!だって、こんな場所で食事会っていったらたくさん人が来て沢山食事が運ばれてくるんだよ!?」
「夢見すぎだろって言いてえが……、マジでこれはそうかもな?」


戸惑う様子のロニだったが、カイルの様子に少しだけ落ち着きを取り戻したようで冷静にお城を見ていた。
リアラはすぐ横で不安そうにモジモジしていた。


「こんな格好でいいかしら…?」
「大丈夫だよ、リアラ。軽い食事会って言っていたし、そんなにかしこまった場じゃないはずだよ。」
「スノウは慣れてるのね?」
「前世でこういう場は何回も経験してるからね。何となくの勘ってやつかな?」
「皆早く行こう!」


城の入り口を通り過ぎ、こちらに声を掛けるカイルに仲間たちはやれやれと肩を竦めた。
渋々と皆が中に入ると意外にも人がごった返していたが、やはり公式の場ではないからか、衣装はそれぞれ普段通りの格好そうだ。
それに安心して入っていく仲間たちは、中ではそれぞれ豪華な食事を楽しんでいた。


「……。」


以前着けていた黒縁の眼鏡をかけ、地味を装ったスノウは壁の花を決め込んでいた。
多少食事に手を付けるが、それ以降は飲み物で済ませていた。
気を付けるに越したことは無いだろうし、正体がバレて仲間たちに迷惑を掛けたくないからだ。


「こんなところに居たのか。」
「おや?レディは食事を楽しんでいるかい?」
「…はぁ、もういい。」


そう言いつつも私の隣へ移動し壁へ背を預けた彼は、真っすぐ客たちを見据えていた。
どうやら彼もここに居ることを決めた様子である。
彼もまた英雄として有名人だからね。


「…で?食事は楽しめたのかい?」
「こんな賑やかな場所で食べれると思うか?」
「ははっ。君は昔からそうだったね。」


そういえば彼がリオンだった時代、こういった華やかな場所では女性に囲まれて大変そうだったのを思い出す。
だから食事に手を付けられなかったのもあるだろうが…。


「今は君を囲う花たちはいないよ?」
「…それでもだ。多少食べれば十分だ。お前こそ、しっかり食べたのか?」
「私も多少ってところだね?身バレして皆に迷惑を掛けたくはないし、ここで壁と一体化しているよ。」
「ふん…。眼鏡なんて掛けてもバレる時はバレる。」
「その時は諦めるよ。」


手に持った飲み物を一口飲むと、隣から視線を貰う。
それを見つめ返そうとしたが、ちょうど近くにウェイターが通りかかり新しい飲み物と交換してくれたので遠慮なく貰う事にした。
彼もまた飲み物を貰い、一口それを口に含む。


「美味しい?」
「まぁまぁだな。」


そうやって愚痴るものの彼がそれをもう一口飲んでいるところを見ると、どうやら気に入ったみたいだ。
それに笑いを零し、私も新しくなった飲み物に口をつけた。


「…?」


変わった味のジュースだ。
大抵、こういうところの飲み物はその地方の特産である果物の果汁ジュースが多いのに、これは仄かに果汁が感じられるだけで後は別の何か…。
そう例えば、アルコールのような…。
……ん?


「……はぁっ…」
「?」


熱い吐息を吐き出した私にジューダスが訝し気な顔をして私を見た。


「おい、どうした――」


ズルズル…

私が壁を伝ってその場にへたり込むと驚いたようにジューダスが目を丸くし、私に視線を合わせる様に膝をついた。
そこへ慌てた様子で先程のウェイターが来て、スノウの様子を見て顔を青ざめさせた。


「すっ、すみませんっ!!先程この女性にお渡しした飲み物は世界で一番度数の高いお酒なんですっ!!間違えました…!!」
「はぁ?!」


ジューダスが慌ててスノウの様子を見ると、アルコールのせいで真っ赤な顔をして目を回している様子のスノウがいた。
声を掛けるも何の反応もない位、酔いが回ってるのが分かる。


「おい!水を持ってこい!」
「は、はいっ!」


慌ててウェイターが水を取りに行き、ジューダスはスノウの眼鏡を外し声を掛け続けた。


「おい、スノウ!しっかりしろ!」
『世界で一番度数が強いお酒って…未成年に飲ませて大丈夫なんです…?』
「言ってる場合か!」


真っ赤な顔でぐったりとしているスノウにどうしたものか、と頭を悩ませる。
そこへ先ほどのウェイターが水を持ってきたので、それをスノウの口に宛がう。


「水が飲めるか?」


飲みやすい様に僅かに壁から背中を離してやると、ちびちびとだが少しずつ水を飲むスノウ。
しかし…


「……」


その姿はあまりにもジューダスには刺激的で、いたたまれない気持ちになってくる。
真っ赤な顔で、瞳を潤ませながら水を飲む姿がとても……妖艶だったからだ。
思わず視線を外してしまう位に彼女は……艶やかだった。


「……。」
『(坊ちゃん…ご愁傷さまです…。)』


水が飲み終わった彼女にもう一杯水を取りに行こうと手を離す。
あれほどいたたまれない気持ちになったので少し離れたかったのもあり、ジューダスはそのままスノウの傍を後にした。
それを見ていたひとりの男性がニヤリとスノウへ近づいた。


「お嬢ちゃん?控室があるからそっちで休みな?案内してやるよ。」
「…?」


大柄な男はヒョイとスノウを担ぐと何処かへ消えてしまう。
そこへ丁度ジューダスが返ってきたのだが、そこはもぬけの殻だった。


「…スノウ?」
『あれ?さっきまでそこに居たのに姿がないですね?おかしいなぁ…。』
「……嫌な予感がする。」
『え?』


ジューダスはすぐに辺りを見渡したが、それらしき陰などあるはずもなく焦燥感に駆られる。
近くを通りかかったウェイターに慌てて声を掛ける。


「おい!ここにいた女性を見なかったか?」
「いえ…私は…。あ、でも…男の人が女性を担いで控室の方へ向かうのを見ましたよ?酔ってしまわれたんですかね?」


ははは、と笑うウェイターだったが必死な形相で肩を掴んでくるジューダスを不思議そうに見つめた。


「その男は何処に行った?!」
「あっちの控室ですね。酔ってしまわれた方に休んでいただけるようにと無料開放しているんです。」


ウェイターが指した方を見てすぐにジューダスは駆け出した。
その男が何処のどいつかは知らないが、彼女が危ないという事だけは分かる。


『ちょ、知らない男に担がれてるって誘拐じゃないですか?!!』
「くそっ!あんな状態のあいつから離れるべきじゃなかった…!」
『一体、男は何が目的でしょうか…?!』
「何が目的だろうと、危ないことに変わりないだろう?!」


あんなにも艶美な姿の女性を見て、男性が黙っているはずがない。
少し考えれば分かる事だったのに、離れたくて離れてしまった数分前の自分を怒鳴りたい。


「(何処だ…?何処にいる…?!)」


あまりにもたくさん部屋があり過ぎて、思わず立ち止まり辺りを見渡した。
こんなことをしてる間にも彼女が危ないかも知れないのに…。
心の中で悪態をついたジューダスは手当たり次第、扉という扉を開けて行った――






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__一方その頃、スノウは…。




「……。(頭が、…ぼーっとする……。ここは……どこだ?)」
「へっ。ここなら大丈夫そうだな。」


男は中鍵を閉め、部屋の中に入り満足そうに頷いた。
そして扉から離れ、部屋の向かい側の壁に近付くとスノウの手を一つに纏め片手で持ち、スノウのその小さな手を壁に押し付ける。
スノウの頭上で纏められた手から服の袖が重力に従いずり落ちると、そこに白磁のような肌色をした綺麗な腕が露わになる。
それに舌なめずりをした男は更に高いところでスノウの手を壁に固定し、足を床につかなくしてしまった。

何をされているか分からないスノウは僅かに感じた痛みで呻き声をあげる。
ボーっとした頭で僅かに頭を上げると、そこには知らない男性がケダモノのようなギラついた眼差しをこちらに見せているのが歪む視界の中、微かに見えた。
何も考えられない頭で何かを考える思考があるはずもなく、スノウはただ男をボーっと見つめるだけだった。


「ただの地味な学者かと思ったが…眼鏡を外せば美人じゃねえか。こりゃあ上玉だ。へへっ。」
「……。(だ、れ…?)」
「やっぱり狙うなら酒でつぶれた女だな。楽に持ち運べるぜ。」


下卑た笑いを浮かべる男性。
そしてその瞳はスノウの上気した頬や、潤んだ瞳、弱り果てた姿を厭らしく映していた。
するりと服の上を撫で上げる男に、何かを感じ取ったスノウが無意識に身を捩じる。


「…?(なにか、触れた、か…?)」
「へへ。いいぜ、この若いからこその滑らかな肌…。服の上からでも分かるなんて、たまんねえ…!」


荒い息を吐き出す男は遂にスノウの服に手を掛けたその瞬間――。


「スノウっ!!」
『だ、大丈夫ですかっ?!って、ええええぇぇ?!!危ないじゃないですか?!!』


扉を蹴破り、中に入ってきたのは息を切らし慌てた様子のジューダスだった。
そして壁に磔状態のスノウを見た瞬間、息を呑み怒りを表す。


「貴様…!!」
「なんだ、ガキかよ。お前みたいなちっせえガキは帰って寝てな。ここからは大人の時間だ。」


そう言ってスノウの服を捲りあげる男にジューダスが剣を首に突きつけ男を睨んだ。


「その汚らわしい手を離せ。」
「あ?なんだこのガキ…」


服から手を離し、ジューダスを睨んだ男だったがスノウの声でそっちに視線を向けた。


「…り…おん……」


スノウの視線が下に見えるジューダスを捉え、ボーっとした声でそう呟いた。
未だ赤い顔は顕在で、その上瞳の潤みのせいで弱り切ってるように見える彼女を見て、酒が抜けきっていない事が目に見て分かったジューダスはスノウを見てはっきりと言葉にした。


「今助ける。だからお前はそのままでいろ。」
「……う、ん…。」


辛うじて反応したスノウにふっと笑い、ジューダスは剣を握りなおすと、スノウの手を掴んでいる男の腕を軽く切りつける。
悲鳴を上げ、腕を押さえていた男性は切りつけられた腕を押さえ、後退していき、急に手を離されたスノウは重力で地面へと激突するかと思われたが、ジューダスがスノウを抱き寄せ、事なきを得た。


「あ、つい…」
「ふっ。いつものように"寒い"の間違いじゃないのか?」
「……いま、あつい…かも……。」
「そうか。」


それでも抱き寄せる力を弱めないジューダスに、スノウがふわりと笑った。
男はそんな二人を睨みつけ、特にジューダスの方へと怒りを露わにする。


「くそっ、もう少しでいけたのに…!この後、商談もあるっていうのによ…!!」
「(商談…。)なるほどな?こいつを他国に売ろうという算段だったか。」
『最っ低ですね!!!酔って動けない女性を売ろうだなんて!!』
「しかもこの手口…。何度もやっていたようだな?でなければこんなに鮮やかに酔った女性を攫えはしないだろう。」
「ちっ、てめえ、何者だ?!国の番犬か?」
「"元"だがな。」


スノウを片手で抱き寄せたまま、剣を相手に向けるとジューダスは鼻で笑った。
腕からは多少血が流れているが、それだけでもあれくらいの騒ぎ様だったのだ。
大したことは無い、と思いつつも警戒を解かないのは昔の癖か…。

その様子を見た男は舌打ちをするとすぐに扉を潜り抜け、捨て台詞を吐いて逃げて行った。


「覚えてろよっ!?」
「もう忘れた。」
『流石坊ちゃん。容赦ないですね…。』


そのままスノウを抱き上げ控室のソファで横にさせたジューダスは、完全に目が据わっているスノウの様子を心配そうに見る。
もう少し早く来れたなら彼女に恐怖を与えることもなかっただろうに。


「何もされなかったか?」
「…う…。よく、わから…い…」
「……そうか。」


記憶になくて良いような、悪いような…。
一度目を伏せたジューダスだったが、自身の外套を外しスノウへと掛けてあげていた。
そして同じソファに座ると腕を組み、何も言わずに目を閉じた。
不器用だが優しい彼は今度は逃げもせず、スノウの近くにいることに決めたのだ。
そんなジューダスをぼんやりと不思議そうに見たスノウだったが、何となく彼の行動を察したのかふわりと笑い、自分もまた目を閉じた。

完全に酔った勢いで寝てしまったスノウが目を覚ましたのは翌日の朝だった。


「うぅ…。頭が…ガンガンする……。」
「ふん。だろうな?」
『まぁ…世界一度数の高いお酒ですからね…。一口飲んだだけでも一般人ならかなりやられると思いますよ?』


ベッド上で頭を押さえ、辛そうな顔をするスノウに再びジューダスが鼻で笑った。
これでは今日も先に進むのは難しそうだな、と思い仲間には観光にでも行ってこいと言ったのが数分前の出来事である。
我ながら英断だった、と自画自賛しているとベッド上でもごもご動くスノウに目が留まる。
うつ伏せになり、やはり辛そうである。
それに嘆息し、部屋から離れたジューダスは二日酔いにいいと聞く薬をスノウの前に持っていく。
宿屋の店員がスノウの様子を見兼ねて、いつでも飲めるようにと準備していたのだ。


「ほら。これを飲め。」
「…よいどめ…?」
「似たようなもんだ。早くしろ。」


気だるそうにその場で体を起こし、それを飲んだスノウは再びベッドに身を投じる。
しかし勢いが良すぎて頭に響いたらしく、呻き声が同時に口から洩れた。


「うぅ…。ばか…やった……。」
「…はぁ。」


失笑するジューダスはそれでもスノウの傍に居続ける。
目を離せば何が起こるか分かったものじゃない事が昨日…いやそれ以前から分かっていたことだ。
その教訓を胸に、今日もジューダスはスノウの傍に居るのだった。











【酒に呑まれて。】




「う…。酒は懲り懲り…だ…。」

「不可抗力とはいえ、これで思い知ったな?今後、酒はやめておけ。」

「大人に…なってからにする…。」

「……こいつは懲りたんじゃないのか…。全く…。」


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