◆神父とシスターは紅い月の夜に赤い石を壊し、そして日常に戻る(後編)



スノウが引き摺られていった後、町人総出で捜索に出た。
だが、その姿は結局見つけられなかった。
あんな不気味な男の元にいたら、いつかは殺されてしまうことは目に見えている。
町人も仲間達もスノウの安否を心配して、昼でも夕方でもずっと時間が許す限り探し続けた。
それでも……見つからなかった。


「くそっ!!」
『早く、はやく見つけないと……!!』


僕達にも流石に焦りが見え始めていた。
例の神父も見当たらなくなっていたことに気付いたのは夕方のうちだった。
見つからないまま日中が終わり、夜を迎えようとしたそんな時、町人がとある話をしていた。


「あの廃墟にいるなんてこと、ないよね…?」
「あそこは立ち入り禁止だろ?昔、赤い石の犠牲になったシスターの霊が出るからって…。」
「「「「!!!」」」」
「それは何処にある?!」
「え、行くのかい?やめた方が……」
「早く言え!!人の命がかかってるんだぞ?!」
「町外れの廃墟だ……!行けばすぐ分かると思う!」


それを聞いた僕達は紅い月の光を頼りに走り出す。
その廃墟にスノウか本当にいるなら、まだ望みはある。
まだ、紅い月が出ているのだから…!
これで朝が来ればスノウの命は無いに等しいのだ。
例のシスターの犠牲の日もこんな紅い月の夜だった、と町人から嫌という程聞かされてきた!
だからまだ生きてるはずなんだ…!


「あったよ!!?」
「っ!」


廃墟の古い扉を蹴破り、探し求めていた人物の名前を腹の底から叫ぶ。


「スノウっ!!!!!」


廃墟内に眩いほどの赤い光が立ち込め、その光の元は例の赤い石だと分かる。
それに全員が息を呑んだが何より息を呑んだ事実は……スノウがその石から出ている何かに囚われていることだ。
ぐったりした様子の彼女はピクリとも動かず、その瞳を閉じていて安否は分からない。

だから僕は必死に走った。
そして彼女を捕らえているその何かを斬ろうとした。
だが、そんなに甘くはなかったんだ。

赤い石に近付こうとした僕たちの目の前に何かが落ちてきて煙を上げる。
その煙の中から何かが突進してきたので咄嗟に避けると、それはスノウを引き摺っていったあの生気のない男だった。
シャルを持ち、そいつの攻撃を去なすがそれだけでは勝機は見い出せない。
横からカイルとロニが攻撃を繰り出し、それは確実に男の体を傷つけていたが痛みが分からないのか男が怯むことは無かった。


「死人が痛みを感じるなんてある訳ないですよね?」


子供のような笑顔で笑っている神父を憎悪の眼差しで睨む。
やはりこいつが黒幕だったか…!!


「遂に正体を表したな…!!」
「貴方には苦戦させられました。スノウさんの近くをずっと守っていたので強硬手段を取らせて頂きましたよ。お陰さまで、首尾は上々です。」
「貴様っ!!」
「もう、遅いのですよ?スノウさんは、もう死んでいるのですから。」
「……は、」
『う、うそだ…!?そんな事…』


赤く光り輝くその石から出た茨に絡め取られたスノウを呆然と見る。
固く閉じられた瞳……、生気のない顔色、そして……


「……っ!?」


黒い衣装でも分かるほどの血の量……。
それは、彼女の腹部から流れているようで……。


「スノウさんの血、有難く頂きました。とても美味しかったです。」
「は、……っ!」


神父の持っているロザリオから見える短剣が赤く、あかく染まっていた。
その瞬間僕は我を忘れたように神父に斬りかかっていた。
しかしその前に例の不気味な男が立ち塞がり、我を忘れた僕は次々と目的もなく攻撃を繰り出していた。


ぼくは、
ぼくはまた、
彼女をまもれなかった、のか……?


「───!!!」
『坊ちゃん?!正気を取り戻してくださいっ!!!あの男の嘘に騙されたらダメです!!!!』
「────!!!!!!!」
『坊ちゃん!!』


言葉なき声が、
怒りや憎悪に塗れたその剣戟が、不気味な男を貫く。


「!!!!」


不気味な男がその攻撃でようやく声もなく倒れる。
そして我を失ったジューダスの標的は神父へと向かっていた。


『〜〜〜坊ちゃん!!!!!!』


今までで聞いたことがないようなシャルの声にハッとした僕は足を止めていた。
気付けば僕は神父の心臓へ剣を突き刺そうとしている所だった。


「貴方がそれで私を貫こうとも、私は死なない…。私は今、スノウさんの血と生気で生きているのですから。」
「……。」


剣を落とし、僕はありったけの力で神父を殴った。
吹き飛ばされた神父を荒い息を吐き出しながら睨みつけ、憎悪の感情を殺しながら僕は拳を握った。


「おいっ!スノウ!!しっかりしろ!!!」


ロニの声にハッとした僕は後ろを振り返った。
いつの間にやらスノウを助け出していたらしいカイル達の元へと駆け寄り、僕は必死に彼女の手を取る。
しかしその手は……死人のように冷たかった。


「___ヒール!!」
「「ヒール!!!」」


回復出来る者全員でスノウの回復に努める。
何度も、何度も彼女へ回復を掛けた。
だけど、その瞳が開けられることはなかった。


「ヒールっ!!ヒール!!」
『もう少し、もう少しだけでいい…!回復量が多くなればいいのに…!!』
「ヒールっ!」
「くそっ、ヒール!!」


回復の出来ないナナリーがスノウの脈を触っていたが、静かに首を横に振る。
それでも諦めきれない僕らは何度も回復技を浴びせた。
でも、


「……。」


ナナリーが首を縦に振ることはなかった。
それだけで、全員が愕然と首を下に向けた。


「………………。」


僕も愕然と彼女を見つめた。
何故、何故助けられない…?
いつもいつも、僕は彼女を助けられない……。


「……っ。」


気付けば僕は涙を流していた。
まただ。
また彼女の命を散らしてしまった。
こんなにも近くにいたのに、守れなかったんだ…!
守る、とあんなに約束したのに……!!


「……スノウっ。」


お願いだ。
その瞼を開けてくれ。
その心地好い声を聞かせてくれ。
その手でいつものように僕に触れてくれ。
そして、いつもみたいに笑ってくれ。



僕は彼女の手を取り必死に温めた。
彼女の体が、手が、冷たくなってしまったら、温めるって僕が言ったから。
その間にも僕の瞳から涙が止まる事は無い。

分かってる、本当は分かってるんだ。
この冷たい手も、冷たい体も、彼女が生きてなどいないって……、死んでしまったからなんだって…!
でも、でも諦めきれないんだ。
まだ心のどこかで、生きてるんじゃないかってそう思ってしまうんだ。


「っ、っ、」


嗚咽が止まらない。
涙も止まらないんだ。
だから、


「たのむっ、目を、目を開けてくれ……っ!スノウ…!!」


僕は必死に願い続けた。
叶わない願いだとしても、願わずにはいられなかったんだ。

彼女の手を僕の頬に当て、彼女の僅かな温もりを感じる。





……ん?




僕は慌てて彼女の口元に手を当てる。
すると僅かに…本当に僅かにだが、彼女の口から洩れた空気が僕の手に触れる。
そう、彼女は呼吸をしていたんだ。
息を呑み、僕はシャルを持つ。


「っ、ヒールっ!!」
「「「?!」」」
『ぼ、坊ちゃん?!』
「生きてる…!まだこいつは息をしている…!」
「「「え?!」」」


ナナリーが慌てて脈を取ると、信じられないとばかりに顔を驚きに染め、全員を見た。


「脈が、うごいてる…!!」


その瞬間、彼女の全身がピクリと動き全員が驚いたように仰け反った。
そして、


「〜〜〜! いててて…」
「「「「スノウっ!!!?」」」」
「!!!」


腹部を押え、痛そうにするスノウは呻きながら顔を歪ませる。


「うわあああぁぁぁぁあああ!???!」


後ろから神父の悲鳴が上がり、今度は何だと僕達がそっちに視線を向けると、神父の姿が徐々に老人の姿へと変わっていく。
顔を押さえ、絶望している様子の神父は何が起こっているのか分からないとばかりに僕達へ視線を向ける。
僕達だって何が起こってるか分からないので動けないでいると、僕達の横を腹部を押えたスノウがフラフラと横切った。


「……もう終わりだ。永遠とわに眠れ。賢者の石よ…!!」


銃杖を取りだしたスノウは神父を迷いなく撃った。
神父は何故か撃たれたその瞬間、心安らかな顔をしていた。


「……向こうで寂しがってたよ?君の大切にしていたシスターが、ね?それに苦しんでもいたよ。だから早く眠って、彼女の元へ行ってあげたらいい。」
「あ、……あぁ…。」


涙を浮かべた神父はくしゃりと老人らしく皺を寄せて笑った。
神父の体が白く光り輝き、塵となって消えていく。

そしてスノウは次に妖しく光り輝く赤い石に標的を変え、銃杖で破壊する。
甲高い割れる音が響いた瞬間スノウも苦しそうに、でも笑いながら後ろへと倒れた。
動かなくなった彼女を見て僕は慌てて駆け寄る。


「スノウっ!!しっかりしろ!!」
「う、レディ…。痛い……って……。」


返事があったことにホッとして肩を落とすと、彼女はから笑いをしながら気を失うように目を閉じた。
すぐさま先程の回復部隊が全力で回復にかかる。
腹部の傷は変わらずあり、一度脈も無くなっていた彼女が何故立ち上がれたのか、とか何故生きていたのか、とか気になることは沢山あるものの、彼女を抱えて町へと戻ることにした僕らは例の教会へと戻っていた。
すぐに町医者を呼び、スノウの容態を診てもらう事にした僕達は町医者の診察が終わるのをただひたすら祈るように待っていた。


「スノウ…大丈夫かな…?」
「信じましょ?スノウを?」


カイルとリアラが不安そうに手を繋ぐ。
ロニもナナリーも腕を組みながら心配そうに町医者を見ていた。
僕も気が気じゃなかったが、ただひたすら医者の診察が終わるのを待つしか無かったのだ。


「ふむ、終わりましたよ。」


町医者の声に全員が駆け寄る。
皆のその顔は酷いものだったが、町医者は大丈夫だと全員に笑いかけた。


「少し安静は必要ですが、お腹の所の傷も大丈夫そうですし点滴や輸血をしたら大丈夫だと思います。早速点滴の準備をしますね。」
「お願いしますっ!!」


カイルが頭を下げたことに町医者が驚いた顔で見たが、すぐに微笑み、カイルの頭を撫でた。


「仲間思いな人達に囲まれて、あの子も幸せ者だね。君達の強い思いが彼女をここに繋ぎとめたのかもね。」


そう言って町医者は点滴剤を取りに行くと言って出て行った。
僕達はすぐにスノウの元へと駆け寄り無事を喜びあいながらスノウの様子を見る。
青ざめている顔は変わらずだが、虫の息ではないことに全員が安堵していた。






その後スノウが目覚めたのは点滴や輸血を終えた3日後だった。
目覚めたスノウに仲間達が涙を流しながら抱き締めると、痛みに顔を歪めながらも受け入れるスノウがそこにはいた。


「いてて…。皆の愛が、痛い、ね…?」
「ばっかやろー!!心配かけやがってよ!!」
「こっちは死んだかと思ったんだよ?!」
「良かったわ…!スノウが生きてて…!!」


それぞれ感想を言い合う中、それでもスノウへの愛の抱擁は終わることを知らず、ギューギューと皆がスノウへと抱き着いていた。
それをジューダスも笑いながら離れた場所で見遣る。


「皆…、ちょっと、…傷が……開きそう…」


嬉しいけど、流石にこの人数の抱擁は私の今の体的に厳しいものがあるとそう伝えれば皆が渋々と離れてくれた。
それに息を荒く吐き出しながらベッドに横になり、痛みを堪える。


「つーか、あの石の事知ってたのかよ?」
「例の神父に聞かされたんだ。あの赤い石は"賢者の石"だってね。その後は神父に腹部を刺され、賢者の石には生気を抜き取られ…、気が付けば一回あっちの世界に踏み入りかけてたけどね?」


お腹の所に手を当て押さえていると、リアラが優しく私の手の上へと自身の手を置き、回復を掛けてくれた。
それにお礼を言って話の続きをする。


「賢者の石には二つの効果があった。一つは不老不死になれるということ。二つ目は魔物を引き寄せる効果…。でもそれは完全な賢者の石じゃなかったんだ。だから効果を継続させるための代償…、いわゆる生贄が必要だった。それが前回犠牲になったシスターだったんだ。」
「ちょっと待てよ…!何だってそんな、魔物を引き寄せなくちゃいけなかったんだよ…!?」
「賢者の石って言っても色んな効能があるからね…。神父が偶然見つけたそれが、ただ単にそういう効果だったという感じかな?話を聞く感じね。」
「神父様がスノウに話してくれたの?」
「いや、犠牲になったシスターが教えてくれたんだ。」
「「「「「は?」」」」」


何てことない様に言うスノウに皆の目が点になる。
だって犠牲になったシスターが生きてたなんて誰が思うだろう。


「はは、言っただろう?あっちの世界に踏み入りかけたって。……向こうで会ったんだよ。その犠牲となったシスターに。」
「っ!」
「一回、私は死んだみたいだね。でも、まだ戻れるところに居たんだ。…ほんと、三途の川を渡らなくてよかったよ。」
「「「「『………。』」」」」


沈黙して未だに愕然としている皆に苦笑しつつ、私は話の続きをしようとする。


「続き、話してもいいかい?」
「う、うん…!」
「出会ったシスターは可愛らしい人でね?あの神父の事をそれはそれは心の底から愛していたらしいんだ。だからこそ、彼女は神父の願いを叶えたかったし守りたかったんだ…。」




__賢者の石を見つけた神父は目の色を変えて、その石の魔力に取り憑かれたらしい。

研究に研究を重ね、どうやったら効果が現れるのか、どうやったら動き出すのかを日夜調べていたらしいんだ。

そんな時、彼の元へ神のお告げというものが届いたらしい。

それは"若く美しい女性を生贄に捧げなさい。そしてその女性の血と生気を賢者の石へと与えるのです"とね?

可笑しいと思うだろう?

でも神父は本気でそれを信じたんだ。

神父とシスターの年齢差はかなりのものだったらしいんだけど、そんな神父を愛していたシスターは自分を贄に捧げて欲しいと言ったそうだ。

最初は迷っていたらしいんだ。

でも神父は若さを取り戻したかった。

例え大好きな町人を魔物という被害に遭わせると分かっていても、……愛するものを手に懸けることになろうとも、だ。

そして、神父は遂にシスターを殺した。

その血で、生気で…神父は願いを叶えることが出来た。

でも一つ分かったことがあるんだ。

その若さや不老不死という効果は、あくまでもシスターの血と生気があったからなんだと。

つまりどういうことかというとね?

シスターの血や生気はどうやら神父の中の血肉となって、流れていたらしいんだ。

そして継続してその若さを得るためには、シスターの血や生気の効果が無くなる前に次の生贄を選ばないといけない。

また人を殺さないといけなかった、という事なんだよ。

それを死んでしまったシスターは嘆いていたんだ。

結局神父様を苦しめることになってしまった、と。






「「「……。」」」
「皮肉なものだね。愛していた男性の願いを叶えようと、そして彼自身の老いという枷を外して、長生きをさせ幸せになって欲しいというシスターの願いは、賢者の石の強い制約によって壊されたんだ。守りたかった相手を逆に苦しめる羽目になって、彼女自身も苦しんでいたんだよ。」
「…で?お前は何で生き返る事が出来たんだ?」
「実はシスターに言われてね。貴女はまだここに来るような人じゃないって。それにあの賢者の石を壊せるのも私しかいなかったから、壊してほしいとも頼まれてしまったしね?綺麗な花畑が見えたんだが、大人しく引き返してきた訳なんだよ。」


納得がいかなさそうな皆の顔に意外そうな顔をしたスノウだったが、すぐ苦笑いを零した。
まぁ、さっきのは死後の世界を信じてないと難しい話かもしれない。
でも実際に花畑が見えたのだから仕方がない。


「私が生き返った時に神父が老人の姿に戻ったのは、きっと反射効果が発生したからだと思う。」
「「????」」
「あの神父は私の血や生気を自分の血肉として若さを得ていたんだ。それが賢者の石がどういった訳か、反対の性質を持ってしまったんだろうね。まぁ、奇跡って言ってもいいかもしれない。あれがなかったら今頃私は生き返ってもなかっただろうし…。」


皆から視線を逸らせ、自分の腹部を見る。
未だに痛む腹部の傷はどうなっているか見たわけじゃないが、これほど痛むのだから何かなってるのだろうな…。


「さて何となく分かったかな?今回の騒動の全容は。」
「うん…。でも可哀想だね…。」
「? どうしてそう思うんだい?カイル。」
「だってさ、二人とも愛し合ってたわけでしょ?二人で話し合ってどうにかなったんじゃないかなって。最後は二人とも死んじゃった訳だしさ…。」
「ふふ。やっぱりカイルは優しいね。」
「え?」
「恋は盲目って言葉は知ってるかい?早く言えば、恋した人は周りが見えなくなるって事なんだけど、二人はお互いが近いからこそ見えてなかったんだろうね。二人のその優しさが。」
「???」
「実は神父もシスターのことを愛していたんだよ。でも彼は年齢が年齢だった…。周りから何か言われてもおかしくない年齢差だったんだ。だから神父は若さを求めた。シスターが自分の事を愛してくれてるって分かっていたからこそ、応えたかったんだろう。……でもあの神父は間違った方向に進んでしまったんだ。あまりにも若さを求めるあまりね。理由を見失ってたんだよ、彼は。」
「…。やっぱり可哀想だよ。」
「そうだね。だからカイルは優しいって言ってるんだよ。」
「??????」
「全ては…あの賢者の石が悪いんだけどね。人の生き血を吸う悪魔の石…。あれさえなければ二人は幸せだっただろうね。…あくまで憶測でしかないが。」


カイルの頭を撫でた瞬間、ふらりと目の前が霞んだ。
倒れそうになった私を支えてくれたのは意外にも離れていたはずのジューダスだった。


「……無茶はするな。安静だって言われただろう。」
「はは、は…。少し休ませてもらうよ。」
「ご、ごめんね…スノウ。」
「カイルのせいじゃない。私の血が足りないだけだから心配することは無いよ。すぐ元気になるさ。」
「さっさと寝ろ。」


横にさせてくれたジューダスにお礼を言い、皆はそれぞれの部屋へと戻って行った。
それを見た私はすぐに目を閉じたんだが、何やらまだ出て行かない気配がある。


「……君には悪い事をしたね?レディ。」
「早く寝ろ。」
「お目付け役だったか…。」
「当たり前だろう?また倒れられても困る。」
『坊ちゃんは心配してるだけですから、気にしなくていいですからねぇぇぇぇええええええ?!!』


久し振りに聞いた制裁の悲鳴も目を閉じていれば、余計に五感に響く。
ふふ、と笑ってしまえば彼がムッとするのが、気配だけで何となく分かった。


「……すまなかった。」
「ん?」


しばらくの沈黙の後、彼は徐にそう話を切り出す。


「お前をまたしても守れなかった…。己の不甲斐なさに怒りさえ湧き上がってくる…!」
「……。」


目を閉じていたが、私は目を開けるとベッドから起きようとする。
しかし彼は慌てて私の肩を掴み、止めさせた。


「お前っ!まだ寝ていろと言ってるのが分からな――」
「レディ。」


そのままギュッと私は彼を抱きしめる。
私のその急な行動に驚いた彼はすぐに息を詰め、身体を強張らせる。
そんな彼へ私は大丈夫だと言い聞かせるように背中を優しく撫でた。


「実はね…?あの時話さなかったんだけど、私が死ぬ直前…レディの声が聞こえたんだ。必死に私の名前を呼ぶ、君の声がね?」
「…。」
「それから綺麗な花畑に居た時もそうだ。君の必死な声が何処からか聞こえてきたんだ。"目を開けてくれ"ってさ。」
「!!」
「その声に…。その言葉に…どれほど勇気を貰っただろう。……どれほど君の元へ帰りたくなっただろう…。どうしようもない、底知れぬ気持ちが体の奥底から湧き上がってきたんだ。…あぁ、私はまた君を泣かせてしまっているんだって。」


私の素直な気持ち。
君に伝わってるだろうか。


「早く行かなくちゃ。早く行って君に無事を知らせなくちゃって、必死になって足掻いたんだ。あの空間から戻るにはかなり大変だったから。」
「…だが、お前は帰ってきた…。」
「そうだね。…良かった。君にまた会えて。はは、正直…、君の顔を見た時すっごくホッとしたんだ。あぁ、戻ってこれたんだって。また君に隣に居れるんだって…。」


ギュッと抱き締める力を強くする。
あの空間にいたら、こうして君を抱きしめることだって出来なかったんだ。


「君の声が、私を助けてくれたんだよ?君が私の危機に駆けつけてくれたから、私は生きているんだ。だから、どうか自分を責めないでくれ…。」
「……スノウ。」


彼は私の肩に顔を伏せると、彼の体が徐々に震え始める。
…また、泣かせてしまったか。


「っ。」
「…いつも、レディを泣かせてしまっているね…、私は。でもさっき言ったことは全部、私の本当の気持ちだ。友を泣かせることは辛いけれど…。それでも知ってほしかったんだ。優しい君が何でもかんでも自分を責めたりするから、余計に…ね?」


彼は何も言わず、私の背中に手を回して、ただただ体を震わせる。
私ももう何も言わずに彼を受け入れた。
優しく、彼の背中を叩いたり撫でたりして彼が落ち着くまで…。
泣き止むまでそうしていた。

でもずっと泣かせるのは私の性分じゃない。
だから笑って欲しいな…?


「ねえ?レディ?」
「…。」
「ひとつ、お願いがあるんだ。」


もし、今後またこういう事があって私が生き返る場面があるならば…


「もし次、私が死んで生き返る時は…レディの腕の中で目を覚ましたいな?」
「……。」


勿論そんな場面二度と起きて欲しくないので冗談のつもりだが。
彼は暫く黙っていたが、何を思ったのか急に腕に力を入れ始めた。
当然、彼の腕は私の背中に回っている為、きつく抱きしめられている事になる訳で…!


「いたたたた…!!レディ?!冗談っ!!冗談だって!!」


それでも腕の力は弱まることを知らない。
さらにぐっと力を入れられ、腹部の痛みが最高潮に達する。


「う、ぐ…。」


そして急に彼が腕の力を抜いたので、その場で私が倒れ、痛みで乱れた呼吸を整えようと荒い息を繰り返す。
腹部を押さえ、彼の顔を僅かに見てみれば…、不貞腐れて且つ、したり顔でこちらを腕を組んだ状態で見ている彼が居た。


「ほう?そんなことを言うほど元気になったんだな?」
「うぅ…、れでぃ…、さっきの、は…冗談………」
「言って良い冗談くらい見極めろ、阿呆。」
「それは…ご、めん……!」


痛みで蹲っている私に、彼がはぁと大きく溜息を吐く。
そのまま私を軽々と持ち上げるとそっとベッドへ戻してくれた。
…何だかんだ、彼は優しい。


「うぅ…、ここは黄泉の国じゃないのに…地獄を見た……。」
「誰が悪いのか、よーく自分の胸に手を当てて考えてみるんだな。」
「反省シテマス…。」
「ほう?まだ冗談が言えるか?」
「すみませんでしたっ!!!!」


布団をかけ、彼の方とは反対に向く。
だって、彼の手がいかにも私の腹部を押そうという魂胆だったからだ!!
絶対にやるよ!?あの手は!!


慌てて隠れた私を見てか、彼とシャルティエが声に出して笑っていた。
こっちは笑えないはずなのに、彼が笑顔に戻っただけで心が温かくなって口元が自然と弧を描いた。


「…お前を守れるくらい、強くなる。」


ぼそりと呟かれたその言葉に私は、そっと目を閉じて聞き惚れる。


「もう二度と、お前を死なせないと誓う。だから……僕の傍から居なくなるな。馬鹿。」
「……りょーかい。」


あの時離れてしまったのは、あの不気味な男に引き摺られたなのせいだが、ここは大人しく頷いておこう。
レディの機嫌を損ねると、大変だからね?





【神父とシスターは紅い月の夜に赤い石を壊し、そして日常に戻る】



「…私も君の隣に居れるくらい強くなるから。」

「…当たり前だ。馬鹿者。」



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