NEN クエスト編(短編) | ナノ







▲何処かの由緒あるお茶会を成功させよ!








▲何処かの由緒あるお茶会を成功させよ!
(途中で男女問わず装飾品を貰うと人気者という、特殊設定でお願いします!男から女だと好意がある、という設定も追加で!)








___フィッツガルド地方、ノイシュタット






ノイシュタットは、気候穏やかで過ごしやすい街だ。
貴族と平民の貧富の差が激しいものの、それも18年前の話。
今はどこの誰がこの街を復興させているのかは分からないが、昔ほど貧富の差が表立って見えることは無くなっているように思えた。
誰かが、彼女の想いを引き継いでくれているのだろう、と思えばスノウの心はじんわりと温かさを帯びた。
そう過去、この街を復興させようと夢見た彼女────イレーヌ・レンブラント嬢を思い出しながら。


「……。」


今はまだ葉桜になっているこの街も、少し前に彼とデートしたばかり。
しかし、それも遠い記憶のような気がしつつ、スノウは前回と同じで、また葉桜を見上げていた。
青々しい緑の葉が風で揺れる度に、スノウはイレーヌのことではなく、以前デートしたお相手の事を考えていた。
それほど、彼とのデートは彼女にとって残したい記憶の一つだったようだ。


「……よく飽きもせず…。いつまで見上げている気だ。」


隣にいる彼がそう言う。
しかし彼に言われ返事をする訳でもなく、スノウは葉桜目掛けて手を伸ばし、いつぞやのデートと同様に葉桜を一枚、掴もうとしていた。
それを深いため息と共に、腕を組み見ていたジューダスは桜の木に預けていた背中を離し、いつぞやと同じくまた葉桜をとってあげた。
それもこれも、愛おしい彼女のために。


「お、ありがとう。」
「以前、ここに来ていた時もしていたが、一体それを持って何になる?金の足しにも、腹の足しにもならんぞ。」
『そうですよ?そんなの食べたら腹壊しますからね?!やめてくださいよ?スノウ。』


彼の愛剣であるシャルティエがコアクリスタルを激しく明滅させながら二人へ声を届ける。
喋る珍しい剣であるソーディアンが聞こえる二人……いや、今は自分のマスターである二人へと。


「もちろん、食べないよ?……でも、私の前居た所ではこの葉桜は食べれたんだよ?シャルティエ。」
『え?そうなんですか?初耳です! それを食べると腹を下すって聞いていたので少し驚きですねー?』
「料理の仕方によっては可食部位があるという事じゃないか?」
「可食部位って言うより、葉全体が食べれてね?塩漬けにして────」


そんな穏やかな会話も、聞こえてきた声によって遮られてしまう。
彼は顔を顰めさせ、彼女は苦笑いをして声のした方へと顔を戻した。
大体、この声が聞こえてくると二人の安寧な時間は無くなってしまうのだから。


「二人とも〜!」
「……今度は何だ。あいつが来ると碌なことがない。」
「まぁまぁ。聞いてあげようか。」


追いついてきたカイルは膝に手を置き、肩で息をして呼吸を整えようとしている。
仏頂面が更に険しくなった彼を横目に、スノウがカイルに向き直ると当然の如く、例の話が持ち上がる。


「二人にも手伝ってほしいことがあってさ!」
「……はぁ…。」
「レディ?溜息は宜しくないな?」
「こうなると分かっていたからに決まってるだろうが。でなければ、端から溜息など吐かん。」
『今度はどんな厄介事でしょうね!』


既に話は厄介事≠ナ決定してしまっている二人。
そんな二人にカイルがムスッとしながらスノウの手を取った。


「酷いよ、ジューダス!今回は面倒事じゃないって!」
「ほう?その面倒事ではない≠ニ言い切れるその理由を聞かせてもらおうか。」


ジューダスとしては、スノウとの貴重な二人きりの時間を邪魔されたのが疎ましいのだ。
その代弁とでもいう様に、彼の顔は大層お怒りであるのと、面倒臭いという二つの感情を持ち合わせていた。


「二人にも招待状が来たんだよ!」
「??」
「招待状だと?誰かから招待を受ける様なことはしていないし、この場所に知り合いなどおらん。故に、断る。」
『え…、誰でしょうか…?イレーヌはもう既に亡くなって────』


そう言い掛けたシャルティエが途端に口を噤み、慌てた様子でコアクリスタルへと激しい光を転写させる。
その持ち主であるジューダスもまた、シャルティエを睨んでおり、明らかにその顔は「余計な事を言うな」と言わんばかりである。
そんなマスターの声なき声を拾ったシャルティエが口を噤んだのは当然である。
彼女…イレーヌ・レンブラントとスノウは、並々ならぬ関係があるのだから。


「クスッ…。大丈夫だよ、二人とも。」
『す、すみません…。余計なことを口走りました…。』
「大丈夫だって。もう彼女とは例の手紙の一件で吹っ切れたんだから。…ね?」
「…。」
「で、誰からの招待状かな?」
「えっとね…?この人!」


そう言ってスノウに招待状の手紙を渡したカイル。
それを受け取り、差出人の名前を見たスノウの顔がみるみるうちに青ざめていく。
それを見たジューダスが、差出人を確認しようとスノウの手元を覗き込もうとしたのだが、その前にスノウはサッとカイルに手紙を返してしまった。


「…悪いけど、私には招待状が来ていないようだ。これは君達だけで行っておいで?」


そう言うと、スノウはサッと身を翻しその場を離れてしまった。
カイルが「え?ちょっと、スノウ!?」と、慌てて追いかけようとして、ジューダスに止められる。
急いで差出人を確認したジューダスだが、その名前に見覚えなど無い。
と、言う事はこの差出人は前世のスノウ…、モネにゆかりのある人物という事になる。
それも、彼女が顔を青ざめさせ逃げるほど会いたくない人物だ。

何やらその招待を楽しみにしているカイルを困らせるつもりもないジューダスは、一度カイルの方を見てからスノウの去った方角へと体を向けた。


「…あいつの事はこちらに任せておけ。お前らは先にその招待を受けていろ。」
「う、うん…!」


返事をしては少しだけ心配そうな顔をさせたカイルだったが、ジューダスの好意に甘える事にしたようだ。
招待状の手紙をジューダスへと渡し、カイルはそのまま集合場所へと駆けて行った。


『差出人、誰だったんですか?』
「フィンリー・ハーパー≠ニ書かれていた。…僕は聞いた事が無い名前だがな。」
『フィンリー・ハーパー=cですか?』
「何だ、お前その人物について知ってるのか?」
『いえ、会った事は無いですが…。なーんか、その名前に聞き覚えがあるんですよねぇ?…何処だったかな?』


コアクリスタルをぼんやりと光らせ、思考の淵に入ったシャルティエ。
そんな愛剣を見下ろした後、去って行った彼女の後を追いかける為にジューダスは周りを見渡した。

行き交う人、行き交う人…、街の観光で頬を緩ませている人で溢れ返っている。
顔を青ざめさせ、逃げる様に足早な人物など、この場に居そうにない。
なら、彼女は何処に行ったというのか…。

肝心の愛剣の探知能力も、彼女相手では分が悪いと前々から分かっている。
頼れるものが無い以上、自分の足で探し回る他無いと断定したジューダスは、アテも無く歩き出す。


『坊ちゃん、スノウの居場所の見当ついてるんですか?』
「何個か見当はつけている。そこを重点的に当たる。それでダメなら…」
『大丈夫ですよ!今まで何度もスノウの居場所、当ててきたじゃないですか!絶対に見つかりますって!逆に坊ちゃんが見つけられなかったら誰が見つけられるんですか!』


妙な説得力のある愛剣も長年連れ添っただけあって、今のジューダスの心に勇気を灯してくれる。
徐々に、ジューダスの足は迷いなく何処かへと向かっていくのだった。





___数分後。


見当ついていただけあってか、スノウの場所を簡単に突き止めたジューダスは、この賑やかなる港でただ一人黄昏ている彼女の横に立つ。
周りは船の荷物運びや船の汽笛など、猛々しい声や騒音が聞こえてくるというのに、彼女はその声に怯えもせず、気にした様子もなく、ただ一人海を眺めていた。

それが何を意味するのか、流石のジューダスも分からなかったが、親友として一つだけ分かった事がある。
彼女はただ黄昏ている訳ではない。
彼女は憂いを帯びた顔で海を眺めていたのだ。
それもジューダスが隣に来たのが分からないほど、茫然とこの場に佇んでいる。
気配に敏感な彼女らしからぬ行動であった。


「…おい。」
「え、」


急に声をかけられてびっくりしたのか、スノウが表情を変え、隣にいたジューダスを見る。
そして次第にその顔を苦笑いへと変えると、再び海の方へと顔を向けてしまった。


「…どうしてここへ?…っていうのも野暮か。私を探しに来てくれたんだ?」
「…あの名前。」
「うん?」
「僕には聞き覚えがない名前だった…。だが、お前は違う。あの名前を見て血相を変えた。…あの差出人とはどういう関係だった?」


あまりにも素直すぎる質問にもスノウは顔を変えなかった。
顔の向きもそのまま海の方へ向け、ポツリと呟く様にしてスノウが語り出す。


「フィンリー・ハーパー>氛氛氛沐゙は、亡きイレーヌ・レンブラントの元婚約者様だよ。」
「は?」
『ええぇええ?!! あの人、結婚間近だったんですか?!!それにびっくりなんですけど!!』
「彼はイレーヌを慕っていたけれど…、イレーヌは違った。理想と現実に挟まれて…命を落とした。そして、理想を追い求める彼女に結婚≠ニいう肩書きは邪魔だったんだ。だからイレーヌは彼からの求婚をいつも断っていた。…まぁ、そのおかげで、矛先がこっちに向いてしまったけれどね?」
「どういう事だ?」


ジューダスが怪訝な顔をしながら横にいる彼女の顔を見つめる。
しかしスノウは、一度もジューダスの方へ顔を向けなかった。


「簡単な話さ。前世の私を思い浮かべてごらん?」
『…あーー。』
「ふん、そういうことか。自業自得だな。」
「ふふっ。酷いなぁ?」


ヒューゴ…結局やミクトランだった訳だが、彼の部下であったイレーヌ・レンブラントとスノウは何かしら会うこともあり、そして男装していたモネが婚約者のイレーヌの近くにいるのがフィンリーにとってどれほど邪魔だったか。
ここまで言えば大抵の事は分かってしまう。
つまり、フィンリーはモネに嫉妬していたのだ。
結婚を断られ、しかし近くにいる男の姿を見て、婚約者が良い顔をするはずがない。
だからモネは目の敵にされていたのだ。


「だからお断りしたんだよ。…それに、彼に顔向けも出来ないしね。」
「…前にも言っただろう。あれはお前のせいじゃない。」
「うん。ありがとう…リオン。」


ようやくジューダスの顔を見たスノウは、困った顔をして微苦笑していた。
そんなスノウの顔を見て、ジューダスはそっと手を伸ばし彼女の手を握ろうとしたが、それは叶わなかった。


「おい!」


突如響いた怒号がこちらに向かって来ていたからだ。
しかしジューダスには聞き覚えの無い声であるが、スノウが反応を示したということは…。


「やぁ、久しぶりだね?元・婚約者さま?」
「元≠強調させるな!全く…お前は昔から変わらないな!」


やはり、彼はフィンリー・ハーパーに違いない。
先程の話の流れといい、彼しか思い当たる人物はいなかった。

ジューダスがチラリとスノウの顔を盗み見てみれば、彼女は昔のモネの様に余裕そうな顔をしてニヤリと笑っていた。
まるでそれは、昔よく見た挑発でもしているかの様に。


「なんでお前が来ないんだよ!お前宛に招待状書いただろーが!」
「それはおかしいな?私はそんな物受け取った覚えはないよ?それに、君は私が生きていると思っていたのかい?モネは18年前に死んだはず≠セろう?」
「だったら!なんでモネに瓜二つのお前がここにいるんだよ!!」
「モネの隠し子かもしれないよ?」
「んなアホな!あいつが子供作る訳ねーだろ!」
「…。」


その顔は意外そうな顔で。
スノウは僅かに目を見開き、フィンリーを見ていた。
そんなフィンリーはスノウから見て、やはり少し老けていたけれども、それでも昔の性格そのままを見ているかの様だった。


「理由は?」
「は?」
「モネが子供を作らないと言う、その理由は?」
「そんなの決まってるだろ!お前がイレーヌにゾッコンだったからだろ!」
『……。』
「……。」


二つのジトリとした視線がスノウへ向けられる。
誤解だ、とばかりに肩を竦めさせたスノウだったが、何を思いついたのかニヤリと笑うとフィンリーの近くへと行き、彼の耳元で何かを囁く。
すると、みるみるうちにフィンリーの顔が真っ赤に染まっていくではないか。


「な、な、な…!」
「嘘だと思うなら自分で確認すればいいだろう?」
「はぁ?!ば、バカじゃねえのっ?!!お前、18年前と一緒でやっぱ、バカじゃねえか!!」
「酷いなぁ?私は昔も今も変わらないけど?」


そう言ってクスリと笑ったスノウはフィンリーの手を取ると、手背へと口付けを落とした。
それに更に顔を真っ赤にさせたフィンリーは、遂には体を震わせ、羞恥に耐える顔をさせていた。


「(…あいつ、何を言ったんだ…。)」
「…も、」
「も?」
「モネのアホったれーーー!!!覚えてろよーー!!」


脱兎の如く、逃げ出したフィンリーを見てスノウが腹を抱えて笑っている。
その後ろでは変わらずジトリとした視線を送る二人がいた。


「〜〜〜っあー!おかしいっ…!あの人、揶揄うと面白いんだよねぇ?昔から。」
『僕はフィンリー・ハーパーを支持しますよ。』
「ふん。何もかも自業自得だったことが証明されたな。」


冷たい言葉達だったが、スノウの笑いが止まる事はなさそうだった。
変わらず腹を抱えて「お腹が痛い…!」なんて言いながらしゃがむスノウに、ジューダスが呆れてその場を離れようとした。
その前に気になっていたことをジューダスが口にしていた。


「そういえばさっき、あいつに何を言ったんだ?」
「え?私が女だって伝えたんだよ。だからどう足掻いても女同士で子供は出来ないだろう?それをからかったのさ。」
「…。」


その瞬間、スノウは頭を叩かれていた。
思わぬ伏兵に、スノウが目を見開いて頭を押さえ、更にジューダスの顔を見上げた。
するとその顔は真っ赤に染まり上がっていて、これ以上赤くならないほど、真っ赤になっていた。


「…レディには早い話だったか……。」
『そっちじゃないですよ!!?どうやって女だと確認させるつもりだったんですか!!もっと自分を大事にしてくださいよ!!』
「あ、そっち?そんなの、こうやってすれば…」


スノウが服の中に手を入れ、自身の胸の所を何やら弄り、そしてシュルシュルと衣擦れの音がしたかと思えば先ほどまでそこになかった断崖絶壁の胸が、服の上からでも分かるほど豊満な胸へと変化する。
それにジューダスが言葉を失って後退りする。
あのジューダスでさえ、初めて見るスノウの豊満な胸。
嫌でも女だと認識しなくてはいけない事態に、ジューダスが失神しそうになりシャルティエが必死に自身のマスターへ声を掛けていた。


『ぼ、坊ちゃん!しっかり!!』
「ね?これで私が女性だと分かるだろう?」
『わ、分かりましたからっ!!坊ちゃんのためにその胸をしまってください!スノウ!』
「ははっ!君達には早かったか。」


そう言って胸を仕舞おうとせず、やれやれと肩をすくめさせるスノウ。
それにシャルティエが慌てて戻す様再び伝えれば…


「これ、戻すのにはここで服を脱がないといけないけど?」
『えぇ?!』
「…あ。折角なら服の上から触ってみる?レディ?」
「────」


その言葉に遂にその場で卒倒したジューダス。
周りの観光客や船乗りが倒れたジューダスを見て駆け寄っては声を掛けている様子に、スノウはクスクスと楽しんでいる様だった。










___宿屋。



倒れたジューダスを背負って宿屋へ戻ったスノウは、彼をベッドへと寝かせていた。
痛くないようにと腰からシャルティエをはずしてやれば、彼の愛剣からこの上なく長い大説教が始まってしまい、胸を元に戻す機会を失ってしまっていた。


『───大体、坊ちゃんはそっち方面には純情なんですから、そういったもので遊ばないでくださいよ!』
「うーん、私としてはまさかここまでとは思わなかったけどね?前世でリオンだった時、確かに女性を嫌ってあしらってはいたから気にしてなかったけど…ここまで女慣れしていなかったとなると流石に私の方が不安になってくるよ。…変な女性に捕まらないか、とか。」
『そこは安心してくださいよ!坊ちゃん、こう見えて一途なんで!(だからスノウ一筋なんですよ!って言いたいのにぃぃぃい!坊ちゃんが告白しないからぁぁぁぁぁあ!)』
「あぁ…、確かにそうだね…?彼には心に決めた、愛おしい人がいるからね。他に余力なんて残さないか。」
『え?!それって…?』
『もう君は何度も会ってるだろう?彼のメイドだったマリアンだよ。』
『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…。』


シャルティエから大溜息を吐かれたスノウは、目を丸くさせている。
あたかも、何故溜息を吐かれたのか分からないとでもいうように。
そんなスノウへシャルティエが呟く程度の小さな声でブツブツと文句を言っていれば、スノウ達のいる部屋に入ってくる人物がいた。


「おー。」
「あら?ジューダス、どうしたの?」
「なんだい、具合が悪かったのかい?」


リアラとナナリーである。
しかし、その服装はいつもと違いドレス姿で、はたから見てもとても美しい。
普段の二人の服装とはかけ離れたそれに、スノウが目を細め椅子から立ち上がると拍手を贈った。


「美しいね、レディたち。」
「「ありがとう!スノウ!」」


照れながらはにかむ二人を見つつ、スノウは二人の後ろを確認する。
もう一人足りなかったからだ。
パーティの女性ならもう一人いるはずなのだが…。


「あれ?ハロルドは?」
「ハロルドなら今のうちに料理を腹に溜め込んどくーって、言って…」
「あの子は今、会場で男が驚くほど大量の食事をかきこんでるよ。この後、しばらく研究のために時間を使いたいんだってさ。」
「…ハロルドらしいっちゃハロルドらしいけど…。そんなに食べて大丈夫なのかな?彼女、私から見てそんなに食べる方じゃなかった思うけど。」


確か、スノウと同じく少食な方だと思っていたのだが、果たして違っただろうか。
一緒に何度も寝食を共にしてきたから分かる。
けど、そんな中で暴食をしている彼女などこの目で見たことがない。
そんな事を思いながらスノウが首を傾げさせると、リアラが柔らかく笑った。


「ハロルドって、研究前になるとああやって暴食したりするの。私見たことあるわ。」
「アタシも頼まれたことあるよ。スノウが…いなかった時そうだったからね。」
「あぁ…!あの時か!」


千年前の天地戦争時代。
あの時、スノウだけ別行動をしていたからそれで知らなかったようだ。
それなら安心だとスノウも笑えば、そんなスノウの腕をリアラが取った。


「スノウも園遊会に行きましょ!おめかししないと!」
「え?私はいいよ。ここでジューダスの面倒を…」
「それならアタシが見とくよ。アンタも楽しんでおいで。」


有無を言わさない二人に、スノウが頭をかきながらどう答えたものか、と迷っていればリアラがスノウの後ろに周り、背中を押す。
そしてスノウがあっという間に二人に連れられ、例の園遊会の場所まで来てしまう。
周りのメイドらしき人が集まってきては目を点にするスノウを囲い、あれよあれよという間にスノウは着替えさせられて、更に髪まで整えられてしまった。

メイド一人ひとりがスノウを見て満足そうに頷く中、外に出るのを拒否するスノウ。
何故ならその格好は、リアラやナナリーと同じくドレス姿だったからだ。
スカートの類いが苦手なスノウにとって、これは苦行でしかない。
褒めるリアラを横目にメイドたちに背中を押され、手を引っ張られ……、スノウは慌てて戻ろうとするが何と言ってもメイドたちも言う事を聞かない。
スノウの言葉など、右から左へと受け流し、メイドたちはとても良い笑顔でスノウを外へと放り出したのだった。


「え、ちょっと…!」


バタンッと勢いよく閉まった扉を強く叩くが、中から反応は無いし、鍵も掛けられていて中に入れそうもない。
リアラが何処からともなく現れて、スノウの腕を取った。


「折角おめかししてるんだから私達も楽しみましょ?苦手な格好も、少しは好きになれるかもしれないわよ?」
「う、うん…。そう…かなぁ…?」


改めて自分の格好を見たスノウは、そのまま「はあ…」と溜息を吐き、肩を落とす。
こうなったら園遊会とやらに行かないと帰してもらえなさそうである。
ここにジューダスが居ない事にホッとしつつ、スノウは仕方がないとばかりに歩き出す。
その歩き方はいつもと違う、女性らしい歩き方だった。
それにリアラが僅かに目を見張ったが、すぐに笑顔になってスノウの横についた。


「(なんだかんだ言っても、やっぱり女性らしさはあるのよね…! 綺麗よ、スノウ。)」


にっこり笑顔になったリアラがスノウの顔を覗き込む。
その表情に一度驚いた顔をしたスノウだったが、すぐに苦笑いになってリアラの頭を撫でたのだった。


「…さーて。会いたくない人もいるけれど、ここまで来てしまったからには楽しみますか!」
「その意気よ!スノウ!たまには見た目で女性同士に見えるわけだし、他に見せつけましょ?」
「はは。そうだね。」


澄み渡る空のような髪色、海色の瞳、そしてアメジストのピアスに誰もが羨むくびれのあるプロポーション。
黒いドレスが映えるこの姿を見て、周りの男性がピシリと固まったかと思えば、手に持っていたグラスをそれはまぁ落としていく、落としていく…。
スノウの歩いた後には割れたグラスが散乱しているではないか。


「ねえ、スノウ?この園遊会ではね?少し特殊なルールが盛り込まれているの。」
「ん?そうなのかい?」
「うん。だから…、私はスノウにこれを受け取って欲しい。」


そう言ってリアラはスノウに向かい合うと、手に持っていた何かをスノウの手首へと着けていた。
それはリアラの来ている服のような淡い桃色をしたブレスレットだった。


「この園遊会では、装飾品の類いは持ち込み禁止なの。身に着ける分では大丈夫なんだけど…昔色々あったみたいで。」
「へえ?大方、男性が女性に沢山の装飾品をあげて問題になったとか、そういう事だろう?」
「ふふ、正解。もしかして知ってたの?」
「いや?ただの勘さ。」
「流石ね?」
「でも、これは…?」


そう言ってスノウは貰ったブレスレットを顔の前に持ち上げ、その桃色の宝石の装飾品をよく見てみる。
精巧に出来た金属の金具に桃色の宝石もしっかりと磨き上げられ、表面につやが出ているではないか。
宝石に詳しくないスノウでも、それを見て一目で高級品≠セと分かる、職人技の光る逸品であった。


「だから受付や至る所に色んな装飾品が置いてあるの。この園遊会が終わった後でも後腐れが無い様に、ちゃんと後で回収すると決まりを設けてこの場を楽しむのよ?…ふふっ。それってちょっと素敵じゃない?」
「あぁ、素敵だね?リアラがこの装飾品を選んだのかな?」
「ええ!やっぱり私だと分かってもらうにはこの色かな?って思って!」


そう言って恥ずかしそうにはにかんだリアラに、スノウが目を細め微笑む。

────なんて可愛らしい理由だろう。
こんなの、意中の相手から貰えばきっと堪らなく大切な思い出となるだろう。
リアラの意中の相手ではないにしろ、こうやって可愛らしく貰ってしまえば同じ女性であるスノウであっても胸をときめかせる。
きっと、博愛主義のスノウだからこそ、ではあるのだろうが。


「(カイルも幸せなことだ…。こんなにも可愛らしい女性に愛されるのだから。)」
「少しの時間だけだとしても…仮初めの装飾品だとしても…、私はスノウにいつも助けてもらったり、勇気を貰ったりしてるから。だからお礼の意味も込めて渡したかったの。」
「なるほどね?だから私をここに来させたかったわけだ。」
「ふふ。それもあるけど、今日はちょっと違うかな?」
「??」
「(本当なら、ジューダスにはここで告白を頑張ってもらいたかったのだけど…。あれじゃあ、無理よね…?)」


つい先ほど、倒れて宿屋で寝込んでいたジューダスを思い出し、リアラが遠い目をする。
そんなリアラを見て、そして貰った装身具を見てスノウは歩き出す。
コツコツと音の高いヒール音を立てながら、スノウは近くにあったテーブルに並べられている装飾品を物色する。
そして迷いなく青い宝石のついたブローチをサッと取り、リアラのいる場所まで戻って行く。
その青色はまるで、スノウの髪のような蒼さだった。


「リアラ。」
「え?」


そう言って彼女の胸に綺麗な装飾が施されたブローチをつける。
そして彼女の手を取ると、その手背へと優雅に口づけを落とした。


「これは私の気持ちだ。勇気を貰ったり私を助けてくれるのは、いつの時も君達だった。日頃の気持ちを込めて…このブローチに全てを託すよ。例え、仮初めの装飾であっても。例え、短い贈り物だとしても。この場を借りて、そして勇気を出して私にブレスレットをくれたリアラの為に。私は愛を囁くよ。────愛しているよ、皆。いつもありがとう。」
「…!」


感動したように口に手を当て、涙を堪えたリアラに対して、スノウは微笑んで彼女の頭を優しく撫でる。
そして誰にも涙を見せないようにそっと抱き寄せれば、リアラから小さな嗚咽が聞こえてきた気がした。


「こちらこそ…、いつも、ありがとう…、スノウ…。」
「どういたしまして。こんな私だけど、これからもよろしく頼むよ。」


暫くその場にいた二人だったが、周りを見れば感動したように涙を流す女性や、今か今かと終わりを待つ男性が二人の周りを囲っていた。
そんな周囲の混沌とした空気などいざ知らず。二人は二人だけの甘い空気に浸っていた。


「…と、言うより。リアラはカイルに何か渡したのかな?」
「それが…カイルったらいつまで経っても食い意地ばっかり張って…。未だに誘えてないの。」
「(おっと…何をやってるんだ、彼は…。愛しい女性を待たせるなんて…。全く…カイルらしいっちゃ、らしいけどもねぇ…?)」
「もうそろそろお腹いっぱいになったかしら?」
「うん、多分ね。行ってみたらどうかな?」
「でも、私がスノウを誘って嫌々ここに来てもらったのに…。」
「ふふっ。そんな事気にしないで?レディ。私は私で時間を潰すよ。…どうせ、まだ開けてくれそうにないしね…?」


そう言ってスノウが見たのは先ほど着替えさせられた建物。
あの中に自分の私服が入っているのだから、またあそこへ行きたいのに……扉は固く閉ざされていそうだ。
スノウがリアラの背中を軽く押し、笑顔で頷く。
それを見たリアラもまた、笑顔で去って行った。

すると、群がっていた男性がここぞとばかりにスノウの周りを囲い、次々と装飾の類いを強引に手に持たせる。
それに面喰らいながら貰った装飾品を呆然と持つと、あっという間に男性の群れは無くなっていく。
残ったのは大量の装飾品だけ。
誰がどの装飾品を渡したかなんて一々覚えられない程、人であふれかえっていた先程の時間。
スノウの周りの地面にも、装飾品で溢れかえっていたのだった。


「はは、は…。今はこんな格好してるから余計に、か…。…………ちょっと前世でのレディの気持ちが分からなくもない…かもね?」


事あるごとに女性に黄色い声援を貰いながら囲まれていたリオン。
困っていた…のか、嫌っていたのかはまぁ分からないが、助け舟を出すように女性たちに声を掛けたことがある。
そう思うと先程の男性たちよりまだ、女性たちの方が慎ましやかである。
…リオンからしたら、どっちもどっちなんだろうが。


「うーん、どうしよっかな。これ…。」


流石にいきなり自分の周りに来て、これは自分からです、と装飾品を強引に押し付ける輩からの物を着ける…というのも、なんだか腑に落ちない。
結局スノウは手に持っていた装飾品も、地面に落ちていた装飾品も全て、テーブルの上に置いておくことにした。

気を引きたいなら、一対一で正々堂々と来るべきだ。
そう思いながら、スノウは黙って装飾品たちを元へと戻した。
それをこっそりと見ていた男性たちが、ガックリと肩を落としていたのは別の話。


「麗しのレディ?これを…。」


装飾品を置き終えたスノウの背後から話しかける人物が一人。
見た目は胡散臭そうな顔立ちの商人…であるが、意外と真面目そうな顔でスノウを見ていたことに、僅かに顔を驚かせる。
そして先程の群がってきた男性たちとは違い、強引に装飾品を手に持たせることなく、スノウが受け取るのを紳士的に待っているように見える。
その行為だけでも、スノウに関心を持たせるのには十分だった。


「…随分と紳士的ですね?ミスター?…そして、随分と手慣れている。」
「おや、レディの目に、そういう風に見えてしまいましたか?これは失礼いたしました。」
「いえ、十分に好ましいと思いますよ。これが一般的な女性であれば、あなたの好意にうっとりとした顔を見せたでしょうね。」
「貴女は違うと?」
「残念。私はそういったものに耐性があるのでね?…ですが、今までの男性と違い、女性への配慮や気配りがきちんとなっているあなたの行為に免じて、その装飾品を受け取りたいと思います。」


こういう輩は、相手がプレゼントを受け取るまで下手に引き下がらない。
こういった駆け引きを楽しんでいるのか、それともただの日常行為なのか。それは分からないが、今までの勘でなんとなく察したスノウはそう答えた。
すると途端に笑顔になり、男性はスノウの髪へと触れる。
そしてその装飾品……髪飾りをスノウの髪へとつけようとしたその時────その男性の手を跳ね除け、スノウの体を男性から隠す様にして抱き締める人物が居た。


「こいつに触るな。」


そう────気絶していたはずの彼≠ナある。
聞き覚えのある…いや、聞き覚えがあり過ぎる声に、スノウの目が僅かに見開かれる。
そして、抱き寄せられた故に香るこの香りもまた、スノウにとっては大好きな匂いであった。


「…リオン?」
「去れ。」


凄みを聞かせるようなそんな声音に内心驚きながらも、スノウはされるがまま抱き締められていれば、どうやら先程の男性は何処かへと行った様子。
ゆっくりと離されたその体に名残惜しさと、失った彼の体温を寂しく思いながら、スノウはゆっくりと彼の顔を見上げた。
そこには怒ったような顔をしている彼が居て、スノウは苦笑いを滲ませた。


「…まさか、君がここに来るとはね?こういうところは苦手なのかと思っていたよ。それこそ、君を囲う花達がたくさんいる、この場所へ。」
「ナナリーの奴に騙されてここに来たんだ。そうして来てみれば…変な男に誑かされるお前が居ると来た。…それこそ、僕からすれば意外だったがな?てっきり、その花たち≠ニ面白おかしくお前が楽しんでいるものだと思っていたが…。」


厭味ったらしくそう告げた彼の顔は明らかに不機嫌である。
その刺々しい彼の言葉に口元に手を当て、苦笑をしたスノウは一歩彼との距離を離した。
こうなった時の彼は、どう返答しようが暫く嫌味しか言わない。
その上、スノウがどう声を掛けた所で機嫌が直らないのは前世からの経験で分かっていた事だった。
だからスノウは無意識に彼との距離を離したのだ。
しかしそれが、今の彼の琴線に触れたらしい。
一瞬にして青筋を浮かべた彼は、その空いた距離を一気に埋めると男らしくスノウの腰を抱いた。
勿論、睨み付きで。そしてスノウが逃げないように。


「それに?あんな男が良いのか?見るからに胡散臭そうで、金に物を言わせそうなどこぞのご貴族様のような男が。」
「(あ、まずい…。怒らせてはいけない人を怒らせてしまったようだ…。)」


言葉の節々を強調させ、苛立っている彼の様子を見てスノウは困った顔をし、視線を逸らせた。
今は彼も仮面が無いから、余計に彼の不機嫌な顔が際立っている。
それも超至近距離で。


「それに、お前の事だから女性の贈り物しか受け付けないかと思っていたが…遂に焼きが回ったか?」
「リオン。」
「あんな変な男くらい、見分けがつくようになれ。阿呆。どう見たって怪しさ全開だっただろうが。」
「でも、紳士的だったよ?」
「表面だけだろうが、どうせ。ああ云う輩は相手にしないのが妥当だ。」
「分かったよ。リオン。だから────」


そう言って、スノウは彼の頬にキスをした。
すると先ほどまであんなに不機嫌だった彼が、目を見開き、そして顔を真っ赤にさせた。
腰を抱いていた手も、その拍子に外れてしまった。


「説教はこれでおしまい。だから、これで許してくれないかな?レディ?」
「な、な、な…!」


今日いつだったか聞いたその言葉も、今のスノウにとってはありがたい。
前世までなら何をしても機嫌が直らなかった彼が、キスの一つでこうまで変わるのだから……キスってやつはすごいと改めて感じさせられる。
コツコツとヒールの音を立てて離れたスノウは振り返ると、二ッと笑った。


「今度はレディのハートを射止めなきゃね?」
「なっ、」
「今は園遊会。偽りの装飾品だけど、自分の気持ちを相手へ贈れる絶好の機会だ。日頃のお礼と大切な君への感謝を込めて、装飾品を選んでくるよ。だから楽しみに待ってて?レディ。」


そう言ってスノウが順調に離れられたと思ったが、彼から離れて数メートルしない内に別の男性がやってきてはスノウの手に無理やり装飾品を持たせようとする。
それを見て、赤くなった顔を一気に黒い笑顔へと変え、彼が動き出す。
男の手を払いのけ、再び凄みを効かせた声音で男を払う。
そしてスノウへと再び睨みを入れる。


「…もう帰るぞ。こんなところ、懲り懲りだ。」


そう言って強制的に彼はスノウの手を取り、歩き出す。
その手は強くて有無を言わせない手だったけど、それがスノウには何故か心が温まる瞬間でもあったのだった。


「それからお前、いつものように胸を潰しておけ。」
「クスッ…。はーい?」


そうして今度は笑顔で、スノウが笑う。
そんなスノウを見て、ジューダスもまた、フンと照れ隠しの鼻を鳴らしたのだった。









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