小説 | ナノ




「お前、オアシスとか聴くんだな。意外」
「なっ…大か、驚かせるな」

不意に背後から投げ掛けられた声に、当人は驚きのあまりびくりと肩を跳ねさせた。振り返ると、既に帰宅した筈の大が腕を組んでトーマを見下ろしている。
「わざとじゃねーよ」悪態をつきながら大はつかつかと自分のデスクに歩み寄った。どうやら学校の課題を置き忘れて行っていたらしい。そう言えば昼間、「そういうのは家でやりなさい!」とヨシノが声を荒げていたことを思い出しトーマは一人納得した。と、そこで驚きのあまりスルーしそうになったことを、今度はトーマが大の背中に投げ掛ける。

「意外なのは、きみの方だが」
「あ?何がー」
「きみが洋楽を嗜むなんて、意外だな」

DATS司令部にて、一人きりの作業を行う時、トーマは時々音楽を掛けている。
育ちの国柄と家柄により、傾向としてはクラシックやオーケストラの楽曲を好んでよく掛けたが、この日はたまたま、世界的に有名なロックバンドのCDを流していた。
洋楽を、という表現こそしたが、そもそも音楽をはじめ芸術方面に全く関心の無さそうな大が、音だけを聴いてアーティスト名を言い当てたのは本当に意外だった。それも、日本国外のアーティストの、シングルカットすらされていない曲だ。「あー…」ぽりぽりと頬を掻きながら、大はトーマに近寄りパソコンの脇に置いていたCDケースを手に取った。

「父さんが好きだったんだよ。車ん中でいっつも掛かってたし、母さんもリビングとかで今もたまに聴いてるからな。音楽自体に興味はねーけど、オアシスだけは知ってる」
「…父親、か」
「ほんとにこれ以外わかんねーんだけどな。お前がよく聴いてる、歌が無いやつ…なんだっけ」
「クラシック、かな」
「そう、たぶん。それもさっぱり。けど、これは好きだよ。なんか、落ち着く」

そう言って、大はCDジャケットの中の歌詞カードを取り出しぺらぺらと捲った。「全っ然わかんねー」と苦笑しながら、それでも愛おしそうな目で文字の羅列を追っている。
「好き」だの「落ち着く」だの、喧嘩と食べることばかり好きでじっとしていられない性分の大しか知らないトーマにしてみれば、似つかわしくないにも程がある、と言いたくなるような言葉だった。が、歌詞カードを眺める大を見上げていると、野暮なことを言う気も失せた。

「トーマも、クラシック?以外も聴くんだな。さっきも言ったけど意外だぜ」
「僕も、クラシック以外で聴くのはこれくらいだよ」
「ふーん。まあ、カッコイイもんな」
「…そうだね」

相槌の前に僅かに空いた空白を誤魔化そうと、トーマは傍らに置いていた紅茶のカップに口付けた。しかし大はその空白に気付いて、何か言いたげにじっとトーマを見つめる。
変に繕うこともなく、トーマはカップを置くとぽつりと言った。

「…母が、好きだったんだ」
「え、トーマもかよ」
「ああ。母は洋楽が好きでね、小さい頃、いつも聴いてて。特にオアシスは、3枚目のアルバムを一緒に買いに行ったのを今も覚えてるよ」

(父と母が出逢ったきっかけも、このバンドだったんだって)
そう、トーマは言いかけて、飲み込んだ。瞬間的に、言う必要が無いものだと判断したからだ。さすがの大も、言葉の前に出来た空白には気付けても、後に置かれたそれは気付かない。

「だからそのCDは、形見のようなものかな」
「え…ワリィ、普通に触っちまった」
「いいんだ。寧ろ、同じ音楽を好きな奴が居て、母も喜んでると思う」

大が持つCDを見上げたトーマの目は、言葉と相反せず温かみに満ちていた。
最後のクレジットまで眺め終えて、大は歌詞カードを、彼にしてはやけに丁寧な手つきでケースに収め、元あった位置に戻した。

「俺も嬉しいぜ。父さんに感謝しなきゃな、珍しくトーマとこんな普通の話出来たんだし」
「…そうだな。きっときみの父親も、優しい人だったんだろう」
「だった、じゃねーよ。ずーっと優しい、かっこいい父さんだよ」

こうして、家族の話になると少しムキになる辺りは可愛いと思った、が言わなかった。
オーディオからは力強く生を歌うリアムの声が流れている。それぞれの愛した人が愛した歌声を、メロディーを、限りある時間の粒を消費してゆっくりと心に刻み付けるその過程で、((ああ、だから))二人はふと理解する。((此奴とはなんだか、妙なところで、気が合うのかも))





英さん、oasis好きそうだなって。
時系列気にして書いてた筈なんだけど出来上がってみたら矛盾設定まみれでしたごめんなさい。















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