小説 | ナノ



#トマトワンライ

【堂々巡り】


触れた試しも、淡い期待も、今までにあった筈が無いというのに。
その唇の感触を、何処か懐かしいと感じる自分が、居た。
あまりに近い呼気の音と感触が嫌が応にもリアリズムを呼び寄せる。こんなことをして、きみは気持ち悪くないのか。冷静に語り掛ける声はきっと心の中のもう一人のぼくのもの。それをいちいち確認しなければならないほどに、ぼくは動揺している。キスをしたことにではない。キスの相手がきみであるという事実にだ。
「…ンだよ」
拗ねてツンと尖らせた唇、寄せられた眉根。果たしてそのキスは、この表情は、ぼくが望んだものだっただろうか。けれど拒否しなかったのは事実だ。負けず嫌いな性質のきみを、言葉と態度で煽ったのもぼくだ。徐々に覚醒する思考。むくれるきみを可愛らしいと、思った。手に入れた、と、思った。そこで漸く、欲しがっていたのは自分なのだと気付いて、冷静になればなるほど頭が熱くなる。
「…いや、すまない。少し落ち着こう」
「は。落ち着いて、無かったことにする気だろ、どうせ。お前は本当に卑怯だな」
ああ、それで構わない。卑怯者で構わないから。だから一旦無かったことにしよう。そしてもう一度、ついさっきまでのぼくらからやり直そう。じゃないとぼくはいよいよ自覚してしまった何かを抑えきれなくなる。
「…まあ、そう言って俺も大概びっくりしてるからな、今。おあいこだ」
はあ、と深い溜め息を吐いて、間近にあったきみの体温が離れていく。それでいい。ぼくらの関係に決着なんてつかなくていい。まともに目も合わさないような、近いようで遠い距離感がちょうどいい。でもこれじゃ、明日からは違う意味で目を合わせられなくなる。それで良い筈なのに、良くない?もうぼくにはわからない。
「けど覚えとけよ。好きかも知れないって、先に言ったのはお前なんだからな」
忘れてくれたと思っていたのに。忘れようとしていたのに。せめてファーストキスくらい好きな女性に捧げてやれと半ば嫌味で言ったのも、ああそうするよと珍しく素直にきみが頷いたのも、全部。これはなんて由々しき事態だ。危険だ。だから一旦、お互い冷静になろう。無かったことにしよう。そうすればまた明日から、今まで通りのぼくたちで居られる。
「記憶に無いな、そんな世迷いごと」
「…お前、ほんっと卑怯な奴だな。ますます嫌いになったぜ」
今まで通りのぼくたち。何物にも代え難い大切なそれを、きみの笑みが、ぼくの願いが、歪な音をたてて嬲るけれど。ぼくは最後の力を振り絞って、掲げそうになった白旗を心の奥底に再び仕舞い込んだ。















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