小説 | ナノ




飲酒ネタ。21、2くらいのつもり。(アバウト)




「おい、大、自力で立て…このっ」

呼びかけてもうんともすんとも言わない大きな物体を抱え、車の後部座席から無理矢理引きずり下ろした。出来ることなら蹴り上げて叱り飛ばしてでも一人で帰路に送り出したいところだったが、DATSメンバーでの飲み会の終盤、首元まで真っ赤にしてウイスキーのグラスを持ったままうつらうつらし出した彼を、僕はともかく周囲の人間が放っておかなかった。

「こんなに潰れるなんて珍しいわねえ」
「よっぽど昼の事件での疲れが溜まってたのね。…さて、どうしましょう」
「トーマ、どうせアンタ迎えの車寄越すんでしょ。ついでにこれも届けて帰ってよ」

かよわい女性陣に有無を言わさぬ雰囲気で囲まれ頷くより他無かった。彼女らには一糸もの恨みは無い、恨むとすれば今この肩ごと地に引きずり落とそうとする大きな荷物に対してしか無い。
爺を車に待たせたまま、肩を担いでようよう彼の家の玄関に立った。生憎時刻はそろそろ日付を跨ぐ頃に差し掛かっていて、呼び鈴を押すことは躊躇われた。なんとか空けた手を、彼のジーンズのポケットに突っ込んでまさぐると、チャリチャリとくぐもった金属音が鳴ったので無理矢理引っ張り出す。何度口うるさく言っても彼は、貴重品である携帯と家の鍵と財布をそれぞれ衣服のポケットに無造作に突っ込み出歩く癖をやめない。しかしその悪癖が、今回に限っては良い方向へ作用した。ほっと安堵の溜め息をついて、持てる力を振り絞り、意識の半分無い男を抱きかかえたままなんとか扉を開け中へ滑り込む。

「まさる、靴を」
「…んあ、どこ、ここ」
「きみの家だ。いいから、早く靴を、」

玄関にしゃがみこんだ彼と小声で不毛な押し問答をすること約1分。ポツ、と不意に玄関先の照明がついて、反射的に顔ごと目線を遣るとよく見知った姿がそこに在った。

「あら、トーマくん。…大?まあ、珍しいわね、こんなに酔っちゃうなんて」

小百合さんは寝巻きにカーディガンを羽織っていて、いかにも就寝中かその直前といった風貌で、丁寧に僕に会釈をくれた後大の傍に膝をつき彼の肩に手を掛けた。

「駄目じゃない、迷惑かけちゃって」

穏やかな笑みで諭される言葉も聞こえているのかいないのか、大は不規則に「んー…」と細く唸るばかりで一向に腰を上げようとしない。仕方が無いので、「いいのよ、トーマくん」と気遣う小百合さんの手を制し再び彼を抱きかかえ起こした。階段を一歩一歩慎重に、なるだけ物音を立てないよう注意しながら大きな荷物を運ぶ。

「悪いわね、トーマくんも疲れてるでしょう」
「いえいえ。もう、慣れましたから」

そう言うと小百合さんは可笑しそうに笑った。伊達にもう何年も家族ぐるみの付き合いをしていない。これしきの手間や労力に音を上げるくらいなら、出逢ってすぐの頃にはとうに僕たちは決裂していた筈だ。

「また、帰る頃には声を掛けてね。もう少し起きてるから」
「はい。夜中に申し訳無いです」
「いいのよ、知香も英さんももう寝ちゃってるし…こちらこそごめんなさいね。いつもありがとう」

相変わらずなんて健康的な一家だろう、とか、いやいや寧ろ貴女のその笑顔を見れただけでもここまで足労掛けた甲斐がありましたよ、とか、思うこと、言いたいことはあれこれあったが、肩口で大が「うぅ…」と不快な呻き声を漏らし始めたので手短に切り上げ、彼の部屋のドアを開け中に入った。
あまりインドアな趣味を持たない彼の部屋は物が少なくシンプルで、ぽつぽつと脱ぎ散らかされた衣服以外は特段目立つ障害物も無く、容易に奥にあるベッドへ辿り着くことが出来た。ここまで来るともう、甲斐甲斐しく介抱してやっている自分が馬鹿らしくなってきて、少々雑に抱えてきた体をベッドへ放り投げる。いっ、と声をあげる彼を無視して半開きになっていたドアを閉めに戻り、そしてもう一度ベッドへ向き合う。

「…いつまで無駄な猿芝居を続けるつもりだい、大」

放り投げられた横向きの体制のまま動かないそれに、なるだけ静かな口調で問い掛ければ、暫く沈黙。それから、

「あ、やっぱバレてた?」

悪戯な笑みを浮かべて、彼はしっかりとした口調で悪びれもなく言った。

「きみがあの程度の量で潰れるわけが無いだろう。前回は、今日の倍近く飲んでもけろりとしていた癖に」
「そうか?今日もそこそこ飲んだぜ。生、ハイボール、焼酎からのテキーラ、ウイスキーと、」

ベッドに転がったまま回想と共に指折り数える姿はまるで子どものようだったが、言っていることはまるでえげつない。遮るように盛大に溜め息を吐くと、大は唇を尖らせた。

「なんだよ」
「聞いてるのはこっちだろう。なんでまたこんな、酔ったフリなんてして」

普段から大は、アルコールが体内に入ると即座に顔、首元が赤くなるのだが、見た目に反して酔いはたいして回らないらしく、例え飲み会が何時間続こうとも最後まで表情や目は普段通り、平気な顔をしている。ちなみにこの体質はどうやら遺伝のようで、父親は国内外のあらゆる国の酒場で飲み比べをしているが負けたことは無いそうだし、小百合さんもあんな出で立ちでさらりとワインのボトルを一人で空けてしまうと言うから驚きである。
それでも普段からなまじ顔が赤くなるだけに、周りからはいつも心配されたりするのだが、そこへ少しでも気分の悪そうな演技さえすれば傍目にはたちまち「酒で潰れた男」の出来上がりだ。しかしそんな手間を掛けるメリットなど、検討もつかない。
大は何かを考えているのか、いないのか、よく読めない表情でんん、と唸って見せた。律儀に返答を待ったのは、多少なりとも彼を心配する思いがあったからで、だから暫くしてちょいちょいとベッド上から手招きをされた折には、彼がもう昔とは違う、歳相応の狡賢さとあざとさを持つ男であることをすっかり失念し、安易に近寄ってしまった。

「どうしたん…ッ!?」
「しー。母さん起きてんだから、静かにしろよ」

手を伸ばせば届く距離、と目で測ったあたりで突然ぐいと引っ張られた腕、それに付随する体。衝撃はベッドマットに吸収されたが驚きと戸惑いは口から思わず飛び出しそうになって、しかし骨ばった手にしっかりと押さえつけられて逃げ場を失った。ひとまず状況を察し、強ばった体から力を抜くと、大は満足そうに微笑んで、まるで子どもをあやすような優しい手つきで僕の頭を撫でた。

「たまには、王子様の優しさに素直に甘えてみようと思ってな」
「…嘘をつくな。どうせ最初からこれが目的だったんだろう」
「なんだ。全部バレてんなら話早えじゃん」

言った直後、悪びれもしない唇が降ってきて軽いリップ音を立てながら幾度か触れ合った。半開きのそこからは、強いアルコールと強かな欲情の匂い。眉をしかめても肩を緩く押し返しても、大ははは、と笑って「お前、結構酔ってんだな」と言うだけだった。それがなんだか無性に悔しくて、とん、と少し乱暴にその胸を叩いて顔を離させた。言い淀む顔さえじっと覗き込まれては息が詰まる。目を、合わせられない。

「…爺を、待たせてる、から」
「…」
「……何にしても、彼は帰さないと」

こんな単純なことを言うのにも顔は火照り言葉は詰まり気もそぞろで情けないことこの上ない、というのに。大はしてやったりといった風に「おう」とだけ言って笑った。元来持つ行動力や思い切りの良さに加えて、あれからの数年で培われた賢さと狡さと、それからアルコールによってひっくり返されたぼくらの優勢順位。元より勝目など無かったのだ。
爺や小百合さんに対する言い訳を覚束無い思考で必死に組み立てながら、未だ伸し掛って退こうとしない大の頭をぺしん、となけなしの悔しさを込めて叩いてやった。















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