小説 | ナノ




二十歳設定で喫煙ネタ。
とんでもなく暗いので注意。






たゆたう紫煙にまみれた横顔はいつになく寂しそうな色を浮かべていた。目が覚めて、まだぼんやりとしている視界の真ん中に佇むそれに、「まさる、」声を掛けるとそれは思ったより掠れて響いた。
「起きたのか」
「ああ…どれくらい眠っていた?」
「15分くらいだと思うぜ。そのまま寝てて良かったのに」
苦笑いして、大はバツの悪そうにサイドテーブルに手を伸ばし煙草の火を消した。健康に良くないからやめろと、僕がいつも小言を言うから大は極力僕の前ではその火を灯さないようにしている。彼の好きにさせてやりたいと思う気持ちももちろんあるが、それ以上に医師免許を持っている身として、一番近くで彼の健康を願って居たい身として、気になると口を出さずには居られない。
言えば案外従順に聞き入れるが、こうして僕の目に留まらぬところではこっそり吸っていることも知っていた。家に居る時もこんな風に、表向きは素直な彼のまま、一人の瞬間だけ不健康な自由を噛み締めているのだろうかと思うと、何とも言えない気分になる。彼らしくないとすら思う。しかし僕の知っている彼らしさと、日々変化し続ける彼自身の思考や趣向、生き方を、勝手にイコールで結び付けるわけにもいかない。だって僕らはもう、世間一般で言う大人と呼べる年齢にまで育ってしまったし、何より彼が煙草を吸う時の表情は、いつも何かしらに対して真っ直ぐにぶつかって行きたがる彼の、ほんの僅かな不安や焦燥を凝縮させたそれであると、気付いてしまったから。
男にしては長く保ったままの髪を指先でくるくると弄ぶ様をじっと見上げていると、ふと目線をこちらへ下ろした彼と目が合う。
「なんだよ、眠いんじゃねえの」
「ああ。けど、眠る気分じゃないな」
「はは、意味わかんねえ」
そう言って彼は笑う。その笑顔の裏にある寂しさの原因を僕は知っている筈なのだけれど、「わかってるよ」なんて軽率に言ってはいけない危うさを、それは醸し出している。


「アグモン、死んだんだ」
地に膝を付き、嗚咽混じりに彼が漏らした言葉は、いとも簡単に僕の呼吸と思考の自由を奪った。
デジタルワールドから帰還して、まるでずっと僕たちの傍に居たかのような、まるで5年もの空白なんて存在していなかったかのような、自然な笑顔を保っていたのに、僕の知らない表情と声で、彼はひたすらぐずぐずと泣き続けた。
「俺を庇って、またデジタマに戻っちまってさ。すぐに孵ったんだけど、そしたら、あいつ、きみは誰?って」
耳を塞いでしまいたかった。だけど、同じように彼もきっと、己の口を塞いでしまいたいのだろう、記憶の回路を遮断してしまいたいのだろうと、思って黙っていた。
「何て言うかさ、もう俺は何も知らないあいつに謝るしか出来ねえんだなって、もう隣に立って、兄貴面する資格、無えんだなって、思って。そのままサヨナラしたんだ。…逃げて、きたんだ」
何も言えなかった。幾らかの慰みの言葉を掛けるには、僕が彼と過ごした時間はあまりに短くて、失った何かを埋めるにはこの手のひらに乗る土壌じゃ到底足らない。
だから僕も共に膝を折った。ずっと俯いている彼は、僕が差し出した手に気付かなかったから、黙って震える肩を抱き締めた。きみは、太陽が落ちきるまでただひたすら泣きじゃくっていた。

あれからもう1年が経つ。
現実世界とデジタルワールドとの精神的な時差を、その感覚を取り戻すことに彼はずっと必死で、それでもいつも笑顔を絶やさなかった。5年間の冒険は、彼を確実に強くさせた。僕は素直にその事実を賞賛する。代わりに弱くなった部分を、こうして肌を重ねることで多少なりとも補えるのなら、僕の被るいたみなどちっぽけなものだと思った。そもそも、最初に彼へ一生消えない傷を贈ったのは僕だったのだし、これを罪滅ぼしと言うにはあまりに烏滸がましい。僕はたしかに自ら望んで、きみの傍に居る。
「…きみは、眠らないのか」
問い掛ければ、大は疑問を顔に浮かべて、それからうん、と伸びをしながら言う。
「寝るよ。眠くなったらな」
その眼は優しい夜を恋しがっている。果たしてそんなものは、彼が手を伸ばした有害物質だとか、縋る回想とか、断つことの出来ない懺悔に求められるものなのだろうか。僕にはわからない。
気怠い腕を伸ばして、そろりと触れたのは彼の二の腕だった。彼はまた疑問を眼で訴える。僕の言葉を、黙って促す。
「…きみが哀しいなら、ぼくも哀しい。これだけは、ほんとうだ」
あらゆる気持ちを混ぜて押さえて濾過して、漸く絞り出した言葉は、まるで言い訳でしかなくて。それでも自分の言葉を正当化して居たくて、僕はきみから眼を離さない。
「…おう。お前が嘘つかない奴だってことくらい、わかってるよ」
そしてきみは優しいキスをくれた。煙草を吸った直後のキスは不快な味がして、咽せそうになるのをきみの舌が邪魔する。こうしていつまでも、きみと僕の懺悔を互いの舌で転がしながら共に生きていたいと願うことは、きみやきみを愛する誰かに赦されるだろうか、果たして。















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