小説 | ナノ




今まで心に芽生えた「愛しい」とか「好き」とかの感覚は、例外無く「まもりたい」や「大切にしたい」とイコールだった。いつだって何かを守るために拳を握っていたつもりで、そうでない時の手のひらは大切なものを抱き締めるためにあった。傍目には乱暴に見えても、その使命をこの手はきちんと真っ当している。その自負は、家族や周りの大人たちのあったかい眼差しに裏打ちされていた。
なのに。大切だと思ってるものに、わけもなくこの手を守るとか抱き締める以外の目的で伸ばしたくなったのは、初めてだった。
冷たい床に尻餅をついて、トーマは俺を見上げている。大きく見開いた蒼の瞳は困惑に揺れていた。(ごめん、俺もたぶん同じくらい、困ってんだ)
この手は一体何のために彼の襟首を掴んでしまったのだろうか、何のために目の前の華奢な体を押し倒してしまったんだろうか、この手は次に何を求めているのだろうか、果たして。

「…マサル、痛いよ」

トーマは困惑した目を伏せて俺の手を外そうと自分のそれを重ねた。緩い力で引き剥がされそうになって、(そのまま流されてしまえば良かったのに、)俺の手はその手首を払って、青の詰襟を強引に捲り剥き出しになった喉元に食らいついた。

「っ、大!?」

声色は痛みよりも恐怖を言外に訴えて、払ったばかりの手が今度は俺の肩を押し退けようと奮闘する。華奢とは言ってもそれなりに筋肉だってある腕が痛みと恐怖に歯向かえば、俺の肩だってそれなりに怯んで、痛む。それでも食らいついた喉元は、ひくりと波打ってほんのりと柑橘系の香水の匂いがして、(ああ、ウマそう)思わず更に歯を食い込ませた。

「大!やめろ、ッ…おい、まさる、っ」

名前を呼ぶ声に恐怖に加えて悲しさまで滲んできた気がした、から今度はその唇に噛み付いた。反射的にぎゅっと瞑った瞼の先、男にしては長い睫毛が震えていた。
中の舌にも食いついてやろうかと唇をこじ開け舌を差し入れた瞬間、今度は俺が思いっきり噛み付かれた。

「いっ!テェ…」
「っは、あ…なんのつもりだ、急に!」
「いってェ…マジで、いてえ」
「当然だ。少し落ち着きたまえ」

肩で息をしながらトーマは冷静ぶってそう言って、その手で俺の額を押し顔を遠ざけた。
中途半端にトーマの体に馬乗りになっていた俺の体制は崩れて、糸が切れたようにガクンと床に腰を下ろした。弁解の余地のつもりなのか、暫くトーマは黙って俺を見つめていたけど、何も言えずに居るとやがて諦めたように溜め息を吐いた。

「最近戦闘が多くて、気が立っているのはわかる。けど、他人に当たるのは感心しないな。僕相手だからまだ良かったものの」
「…そういうことじゃないって、わかってんだろ」
「そういうことにすべきだと言っているんだ。場所を弁えたまえ」

襟を正しながらトーマは眉間を寄せて言った。(そんなこと言って、弁えた場所でホントに本気で食い散らかされたらどうする)って、言いたかったけど飲み込んだ。襟の上から首元を摩るトーマの手は綺麗で、それを見てるだけで、昂ぶったものが少し収まった気がした。
気丈にもトーマはすぐに立ち上がった。もうその横顔に恐怖や悲しみの色は無くて、(ああ、やっちまった)と今更になって俺は思った。そんな俺に、トーマは(一瞬だけ、躊躇した目をして)手を差し伸べる。その手は紛うことなく俺にとって大切な手で、守ったり守られたり支え合ったりしてこれからの未来を共に切り開いていくべき手だ。
(ああでも、)共に在るべき手なのにこの衝動を抱えてるのが自分だけというのは不公平なんじゃないかと思うけれど。それが爆発してしまう前に、理性をきちんと飼い慣らせる正しい大人になりたい。この脳の何処かに居る牙を持った獣に、きみの全てが食い殺されてしまう前に。






鬼束ちひろdeマサトマ@
野性な兄貴。















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