小説 | ナノ




大のセックスは実に無慈悲なもので、最初は戸惑ったし慣れるのにも少し時間が掛かった。今とは逆の体勢で、初めて体を繋げた時にはあんなにぎゃあぎゃあと騒いでムードもへったくれも無かったような男が、今はもう眉間の皺以外で機嫌を語らない。回を増す毎にそれは顕著になる。



最初に抱いたのは自分だった。
どうしていいか何もわからないとぼやく唇をとりあえず塞いで、暴れ出そうとする体を組み敷いて、こういうことだと、脳と体に直に刻み込んだ。大は馬鹿だけれど、きちんと自分の頭で理解さえすればあとは呑み込みは早い。這い回る舌と指に擽ったいと暫く笑い転げた後は大人しくされるがまま、息を乱しながらも従順に指示さえ仰いだ。

「はじめてにしては、上出来だったんじゃないか」
「うるせー。お前のその余裕そーな顔、マジで殴りたくなる」

そんな、やっぱりムードもへったくれもないような会話で終わった、二人の初めて。大は照れ臭そうに頭を掻きながら背を向けてそのまま眠った。あれがきっと、色事に関心を持たない野生児のような彼が、彼なりの恥じらいというものを知った瞬間だったのだろうと今になって思う。
純粋に愛しいと思った。けれどその気持ちが「愛しい」なのだと、自覚出来たのもそれよりもう少し後のことだった。




「なあ。今日は、俺がしたい」

つい最近恥じらいを覚えた野生児が、いつの間にか好奇に満ちた眼を持つ少年になっていた。

「…本気か」
「なんでここで冗談言わなきゃなんねーんだよ。いっつも俺ばっかりは、ずりぃ」

そんなわけで、二人で二度目の初めてがあった。
見上げた顔は、一度目のそれより緊張しているようだった。「…笑うなよ」尖らせた唇に吸い付いて、体ごと抱き寄せてやると、また大人しくされるがまま、その後はさせるがままにしておいた。
想像以上の痛みに思わず生理的な涙が滲むと大は不安そうな顔をした。何度か抱き合ったはずなのに、立ち位置が逆転するだけで加減がわからなくなる。揺さぶられる意識の中、ずっと眼を閉じていたら手を握られた。痛みと気恥ずかしさで、全てが終わるまで瞼を開けられなかった。





大のセックスが無慈悲だと、感じるようになったのはいつ頃からだっただろう。気付けば少年は男になっていた。抱き合う時には雄の眼をするようになっていた。
今では、だからだろうか、大の誘いは無条件に自分が抱かれるのだと思って待ち構えてしまう。照れ臭さも恥じらいも無くなって、実に手際良くやさしく、それでいて身を焦がす熱の塊のようなセックスが、これが本来の、彼の雄の匂いなのだと思うようになった。
なのに何処か、冷たい。少し乱暴なのかもしれない。寒さの中では嗅覚が反応しないのと同じで、セックスの最中には気にしないことを、反芻する記憶の中で発見する。
最後に自分が彼を抱いたのはいつだろう。彼を可愛いという意味合いで愛しく感じて居たのは、いつまでだっただろう。湯船に顎まで浸かりゆらめく水面を眺めながら、頭の中に答え合わせのページを探す。見つからない。

「おい、トーマぁ。のぼせてねえ?」

ガチャリと無遠慮に踏み入ってきた大は普段と同じ、賑やかな顔をしていた。バスルームに来て、そんなに時間が経っていたのだろうか。問われて漸く全身の火照りを感じ、慌てて立ち上がる。

「だいじょ、ッ、わ」
「うぉー!あっぶね、何してんだよ」

よろめいた体をバスタブ越しに抱き留められた。視界に靄がかかって見える。自分の体から移った水滴が、大のローブを濡らし染みを広げていくのがわかって押し返そうとするけれど上手く力を入れられない。容易く絡め取られた腕を引いて、抱えられ簡単にタオルで全身を拭われ、そのままベッドまで運ばれた。こんな不意に起きる事故への対処の上手さには目を見張るものがある。「ほらよ」水を手渡してくる大の顔はひどく穏やかなものだった。先刻の、雄々しい顔は一体何処へ行ったのか。

「こんななるまで何してたんだよ、トンマ」

ベッドに腰掛け、悪態を吐いてわらう彼を見上げた。ローブは当たり前に、びしゃびしゃに濡れている。

「…きみのことを、考えてたんだ」
「ああ?なんだそれ」
「別に、深い意味は無い」

中身を問われてもあの回想のあれこれをきみに直接、言えるわけがない。大はふうん、と面白くなさそうに言った。視界の揺れは収まったが、まだぼんやり、頭が痛い。

「…なあ、トーマはさ、俺と、その、やりたくねえの?」

それが質問だと気付くのに数秒要した。「…は?」口をついて出たのはなんとも間抜けな声。「は?じゃねえよ。ほんとはこういうの、したくねーのって聞いてんの」少し早口で巻く仕立てるような問い掛けの追随に、再び彼を見ると、その内容とは裏腹にひどく純粋な子どものような顔をしていて、そのアンバランスさが奇妙な印象を抱かせた。そう言えば彼はこんな顔もする人間だった。

「したくなければ、最初からしないが」
「じゃあ、なんで…や、やっぱいいや」
「…なんだ、きみらしくない」
「俺らしいってなんだよ。…いや、そのさ、最近お前の方から誘ってこねーし、前みたいに上になりたいとも言わないし、なんか、俺ばっかりしてえみてぇじゃんと思って、さ」

火照った体と頭に彼のたとたどしい主張は小石を投げられるような僅かな違和感と共に放り込まれた。大はばつの悪そうに頬を掻く。馬鹿な彼なりに何かを気にして居たらしい。放り込まれた違和感が安堵にすり替わって、思わずぷっと吹き出した。「なんで笑うんだよ、ここで!」途端に不機嫌になる、そのころころと変わる表情は見ていて本当に飽きない。

「いや、すまない。…きみも一応、気遣うということをするんだなと思って、驚いただけだ」
「お前、バカにしてんだろ、やっぱり」
「してないよ。…そうだな、僕からずっと何も言わなかったのは、確かに心細い思いをさせたんだろうな。すまない」
「…ん」
「さっきも言ったけど、嫌なら最初からしていないし。きみがしたいようにしてくれれば、僕は別に、どちらでもいいかなって、思うようになっただけだから」

本音だった。ちいさな子どもに言い聞かせるようなつもりで、けれど真摯に本音を伝えた。

「…ホントか?」
「嘘の方がいいなら、それでもいいが」

まだ不安そうな顔を覗かせる彼に、少し意地悪をしたら拗ねられた。

「お前、ほんッと可愛くねーな」
「それはどうも」
「…俺は、お前見てたらやりたいし、抱きたいって思うから、もう暫くはこうだと思う」
「ああ。好きにしたらいい」
「…トーマも、」

途切れた言葉と紡がれた沈黙。そこで漸く察した彼の本音は、今にも泣き出しそうな、それでいてつよくやさしい海を想起させるような大きな力で、目の前の全てを呑み込もうとする。

「好きにして。けど出来れば、たまにはちゃんと言って」
「…わかった」

覆い被さられ、濡れた髪とローブの冷たさに思わず身を捩る。長い回想の旅の中で、自分は一体どれほどの言葉を拾っていただろう。無慈悲で冷たいと思っていたものは全てこの体の上に乗る水滴と同じで、放っておけば冷めるが都度また温め直せばいいのだと、重なった体温に理解する。いつだかのように、手を握られた。今日はちゃんと、眼を開けていられた。

「…なあ、今言ってくれよ」
「ああ。大、好きだよ」

あやすように宥めるように諭すように愛を零す。大は満足そうにわらった。今にも泣き出しそうなのは、本当は自分の方だった。















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