小説 | ナノ




記憶を媒介にして見える暗い海の畔、立ち竦んで私は膝を抱えて、ゆったりと時を刻む波打ち際を眺めて居る。ざぷん、ざぷん。波は規則正しく時を刻んで私のひとりぼっちを浮き彫りにする、くせに、本当はそのすべて、紛い物だ。大きく息を吸い込んでひとりぼっちを吐き出す。ざぷん、ざぷん、すー、はー。

目を凝らせばだんだんと海は薄まって、スクール水着の男の子たち、女の子たちが、四角く囲われた水の中へ次々飛び込んでゆく光景と付随する豪快な水音、声、ホイッスルのおと。なんにも規則正しくないおとの洪水に、つられて私は水面から上の世界へと手を引かれ、浮かび上がる。
数多の少年少女たちは軽やかに四角い水へ飛び込んで、それぞれの手と脚を駆使して水飛沫を気泡をあげゆらゆらと進む、前へ前へ。私はと言えばそれが暗い海だろうが、四角い水だろうが、関係無くこうして膝を抱えて眺めて居る、波打ち際。じくじくと唸るように下腹部が痛んで、いっそあの海に落ちてしまった方が身体的には楽だったのかも、なんて、彼女に聞かれたらまた頬を引っ叩かれそうなことを想って、夏の陽射しの強さに目を細めた。

確かに夏だった。私達が、否が応でも年輪の重なりを理解しなければならない夏が、今年もやって来た。
私は決まってこの時期に少しブルーになる。青い空、青い海に掛けた憂鬱は兄に話したら笑い飛ばされた。彼女もまた。他の男の子(たち)には、話したことはない。
今日のプールの授業では、クラスが離れてしまった彼らの姿も見えた。日に焼けた肌の彼は気さくに声を掛けてくれて、陽に煌めく金髪の彼には少し離れた所からふわりと手を振られた。トリップするより前のこと。その後は、下腹部の痛みと眩暈が同時にやってきたので保健室に駆け込んでひたすら微睡んでいた。
おんなのこだからこんなにくるしい。私は思う。おんなのこだから。だけど何故だろう、おんなのこに生まれたことを嫌だと思ったことは一度も無い。おとこのこに生まれていたら、なんて考えたことも、無い。
私がおとこのこに生まれていたとしても、両親や兄は私を甲斐甲斐しく愛してくれただろうか。愛してくれてたらいいな。私がおとこのこに生まれていたとしたら、あの夏の冒険で見た景色も多少は色が違って居ただろうか。あの子のように、幼いプライドのために奮起したり、怒ったり泣いたりしていたんだろうか。

「ヒカリちゃん、久々ー!」

とん、と背中を押されよろけた、のは体の問題じゃなく単純に不意をつかれたからだ。「わっ!ごめん、大丈夫!?驚かせちゃった?」彼女は言葉以上の誠意と賑やかさで私の腕を取った。不意打ち。私にとっては彼女の存在そのものが、驚きでいっぱい。

「ううん、大丈夫。京さん、久しぶり」
「ねー!さっき大輔にも逢ったけど、今日プールだったんでしょー?私のクラス来週からなんだよね、羨ましいー!」

捲し立てる彼女に、なんにも羨ましがられる要素の無い今日の顛末を伝えると「あー、それは残念だったね」案外軽い調子で言うのだ、こういうことも彼女は。「ていうかヒカリちゃん、さっきからちょっと脚重そうなのはそのせい?」そして案外目敏い。頷くと、にっこりと笑って手を引っ張ってくれた。重い脚が確かに、大きな歩幅で前へ進む。

「あっそうだ、ヒカリちゃん、土曜日って予定ある?ミミさんが一旦帰ってくるらしいから、原宿行こうって言ってるんだけど、一緒にどーお?せっかくだし、空さんも誘おうと思ってーみんなでクレープ食べてガールズトーク!したいねーって」

手を引くその強引さが心地良かった。私がおとこのこに生まれていたとしたら、彼女にこうして強く手を引かれることもなかったのだろうか。ならやっぱり、おんなのこで良かった。私はおんなのこだから、だからこうして彼女の誘いに「うん」と言える。彼女は嬉しそうに笑った。
私はもう海のことを忘れて、穏やかになった体の痛みと確かな手の温度にとてもとても、安心していた。射てつく陽射しの元、幾重もの青に抱かれて私はまた今年も、夏を生きる。














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