小説 | ナノ




甘ったるい砂糖菓子がそのままふわふわの綿菓子になった。絶望の甘みを喩えると最後にはいつも、幼児の好むそれみたいにくるくると絶望以上の何かに巻き取られて容易く飲み込める形状になってしまって、だから僕らは望みの片割れをすんなりと呑み込んでしまう、日常的な現象として。

高石の零す言葉は時折情緒的過ぎて、裏を計りかねる。「一乗寺ならさ、わかってくれるかなって思って」そう笑って語り掛けてくるのは、試されているのか、それとも馬鹿にされているのか。どちらにしても、高石岳という男には敵わないと思い直す材料にしかなり得ない。上手い調理の仕方を知る人間が居るなら、逢ってみたいものだ。

「デジヴァイス、放り投げたらさ、新しい世界に行けないかなあ?」

広がる海の水面と共に、夕日を受けて、金髪が煌めく。冗談めかして言って、大切なそれを放り投げる、フリを、不慣れな野球のフォームで繰り出す。
海は暗いものだとずっと思っていた。けれど今、目の前に広がるそれには希望の色が漂い光る。高石はオレンジ色が好きだと言った。太陽と、パートナーと、羨望と、勇気の色。だから好きだよ、と。妙に納得した。

「新しい世界に、行きたいのか?」
「うーん。まあ、楽しい冒険ならまたしてみたいなって気持ちは、あるけど」
「…そうだな」
「その時はねえ、一乗寺も、最初っから一緒に、旅するんだよ。仲間だから」
「…高石、危ないよ」

最大まで細められた目元からは感情は読み取れなかった。ただ、ひどく優しい声色に思わず安堵しそうになって、それに応えるように波が、(希望の海が、)彼の足元を掠める。「わ、ほんとだ」忠告を彼は素直に受けた。



「一乗寺にはさ、わかってくれなきゃ困るんだよ」

はじまりのまち。
そう一言、付け加えた彼に、何を、とはもう訊けなかった。彼の望む新しい世界にも、きっとその命題は付いて回るので、だから彼はやむ無しに僕を連れて行くのだろう。例え他の誰もを置いて行くとしても。彼が本当は、何も失わなくて済むような一人っきりになりたがっているのだとしても。

「僕は、どんな世界に行っても、決して忘れないよ、何もかも」

たゆたう希望の波。見え隠れする絶望の波。囲われた海はこの世界のものか、はたまた何処かのものか、けれど確かにいのちとこころをその水面は映した。今だってほら、彼の気持ちを汲み取るようにまたきらりと光る。

「うん、わかってくれて、良かった」

生きて、と心から祈った日。
生きて、と身を呈して願われた日。
生きろ、と叱られた日。
生きたい、と、叫び続けた日々。
最後の望みの在り処は思い返す記憶の中。「もう誰とも共有したくないからさ、だから、これからもよろしく」そう言って差し伸べられた手を、確かに握り返す。


(どうぞぬるま湯にて、風邪をひかれませぬように。)




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