小説 | ナノ




彼が苛々しているのは誰の目にも明らかだった。小さな貧乏揺すりと一定の感覚で落とされる小さな溜め息は、彼の好む「華麗」みたいな言葉とは程遠いのだが、それを鑑みる余裕すら持ち得ないのか。心配そうな表情を浮かべる彼のパートナーと、不穏な空気を察し腫れ物を祀るような態度を貫くしかない職場の女達。そんな一帯を大は至極冷静な目で見渡す。

「トーマ様、最近機嫌悪いわね」
「そうね。何かあったのかしら」

オペレーター達のひそひそ話は当人の耳に届かない程度の音量で拡げられるが、それに気付き機嫌を損ねたのは寧ろ大の方だった。(不器用なオウジサマだな、全く)そう思った時、貧乏揺すりをしていた金髪が不意に作業する手を止め立ち上がった。傍らのパートナーに、「何かあったら呼んでくれ」と小声で声を掛けて、他の人間達には「すみません、紅茶を淹れて来ます」気丈な声で、笑みさえ浮かべて言って、部屋を出て行った。彼の居ない部屋はそれでも張り詰めた空気を漂わせたままで、(俺も大概お人好し、)暫くしてから大もするりとそこを抜け出した。

給湯室を通り過ぎて、その奥の仮眠室の扉を開け中を覗き込むと、目当ての金髪がだらしなく背の低い簡易ベッドに身を投げ出し倒れていた。態と大きく足音を立て近付くと気付いたのか、伏せていた瞼を持ち上げ睨むようにこちらを見上げる。

「お前って奴はさあ、なんでもっと素直になんねーの。みんな怖がってんだろ」

ベッドの傍らにしゃがみこみ目線を合わせるとバツの悪そうに唇を尖らせて見せる。滅多に見せない、この歳相応な顔が大は密かに好きだ。本当に不機嫌になるだろうから、直接は言わないけれど。

「…無駄な心配を掛けたくない、し、情けないだろ、こんなの」
「あーハイハイ、そーだな。で、薬飲んだの?」
「ああ。たぶんもう少ししたら、効いてくる」

あの様が単に機嫌を悪くしているわけではなく、雨の日特有の偏頭痛に苛まれているせいなのだと、知ったのはつい先日のことだった。今日みたいにオペレータールームを抜け出た彼を追い掛けて、あまりの態度の悪さに嫌味の一つでも言ってやろうとしたら、人知れず弱々しく項垂れる姿に思わず面食らった。
それ以来、雨の日には大は普段より少し、彼に同情的になる。最も、その対応こそ本人が避けたがっていたものだったのだが、それも全て理解した上でこうして更に追い掛けて来るのだから、半ば諦めがついていた。それより重い痛みを緩和させるよう意識を保つことの方がよっぽど、建設的なのだと都度思い直す。

「プライドが高すぎるのも考えモンだよなあ、一周回ってガキ臭いぜ」
「…喧嘩なら買わないぞ」
「売ってねーよ、ばか。…ほら、上向けって」

眉根を寄せる顔に手を寄せ、強引に上を向かせて、そのまま唇を重ねた。ひたすらに優しく、撫でるようなキスを、幾度となく落として、反射的に強張る体から力が抜けるのを待つ。片膝をついたベッドがぎし、と小さく悲鳴をあげた。

「…寝込みを襲うとは卑怯だな」
「キスってモルヒネ以上の鎮痛作用あるらしいぜ?介抱してやってんだよ、有り難く思え」

そう言ったら彼はまた唇を尖らせて、やがてふっと微笑って、何も言わず目を閉じた。再び顔を落としその唇をちろりと舐めると、気怠げに腕が首に回されて確りと捕獲された。これが彼なりの素直なら、誰もその実態を知らぬまま意地っ張りな彼にただ怯えて居ればいいと大は思う。不器用な甘え方を、その彼の表情を知るのは、後にも先にも自分一人だけでいい。






タイトルは椎名林檎のモルヒネから。
















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