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大が珍しく「映画観たい」なんて非野蛮的なことを言うので、トーマは自宅にある、大きなソファを置いたシアタールームに彼を出迎えてやった。壁掛けのスクリーン、両サイドとソファの真後ろにスピーカー、更に後ろの壁にはもはやコレクションと化した国内外問わぬ映画DVDの数々。未見の物や視聴する気の無い物も含めその数はざっと200本を超えている。
何が観たい、と聞くと、面白いヤツ。としか言わない大にトーマは眉間を寄せつつ、せめてジャンルを、と譲歩し更に尋ねた。「ジャンルってよくわかんねーんだよな。眠くならないヤツがいい」…映画を観たいと言ったのはお前だろう!と叱り飛ばしたい気持ちを堪えて、適当に数年前に流行ったハリウッド映画を勧めたら無事に食い付いてきた。そして、二人してソファに並んで座り鑑賞が始まって、今に至る。

「…おい、大」
「んー?」
「映画に集中出来ない」
「うん。俺も」

背凭れとの間から手を差し込みトーマの体を横から抱きかかえるようにして、肩にうりうりと頭を寄せ付ける大に我慢ならず苦言を零すと、大はさもありなんと至って簡素に、しかし素直に答えた。トーマの眉間が再び歪む。

「つまらないか、この作品は」
「や、面白いんじゃね?たぶん。こっから盛り上がるんだろ?」

譲歩に譲歩を重ねて聞いてやればこの態度だ、トーマの苛立ちは数段飛びに膨れ上がった。しかし当の大は、目線こそしっかりスクリーンに注いではいるものの相変わらずトーマの体に絡み付き、きゅうきゅうと締め付けてくる。力を込めるのは無意識なのだろうか、トーマの反応を見てからかうといった意図も無いようで、トーマは無言の溜め息をひとつ吐いた。スクリーンの中では主役の男が神妙な顔で見えないパネルを縦横無尽に操作し脳内で当面の作戦を練っている。

「…おい」
「なんだよ」

ごそごそと動き出す手のひらをそのままにしていたら、するりとシャツの下の肌を直に撫で回してきた。トーマは心底迷惑そうな顔で大を見るが、当の本人は相変わらず画面に視線を注いでいる。それが尚腹立たしい。それがもはや何に対する怒りなのか判別もつかないまま、トーマは「…手、」と低い声で呟き大のそれを掴んだ。振り払おうとしたのに、何故か握り返された。

「そういうことじゃない!」
「なんだよさっきから、うるせーな。映画に集中したいんじゃねえのかよ」
「なっ…きみのせいだ、きみの、これが!」

まともに相手をするのが馬鹿らしくなってきて、握られた手を離しバシバシと音が鳴るほど叩くと大は痛いと喚いた。おかげで重要な台詞を聞き逃したが、そのことに目の前の男はきっと気付いてすらいない。
痛い、と喚きつつも依然離れていかない手に降参し大人しくすると、大はぽつりと言った。

「なんか、すっげー気になんの」
「…なにが」
「におい」
「は?」
「いつもと違う香水つけてる?なんか、すっげー甘い匂い、する」

そう言って、トーマの首筋に鼻先を擦り付けてすん、と鼻を鳴らす。それはセックスの時にも大のよくする仕草で、反射的に色めいた景色を想起してトーマはまずい、と頭を振った。「なに」気付いて、大はトーマを見上げる。

「何でもない。…確かに、今日はいつもより甘めのを、」
「あ、やっぱそうか。これ、いい匂いだな、クセになりそう」

スクリーンのなか、全速力で走り出す主人公を、大はもう見てはいない。そして、トーマも同じように。
ぐい、と強かに頬を掴まれ、それからキスがある。濡れた舌が歯列を這う感覚に、トーマはちいさく肩を震わせた。正面からの、スクリーンによる明かりに照らされたトーマの顔を、大は薄く目を開けて眺めながら徐々にキスの濃度を高めていく。「…ん、っふ、…」スピーカーからの音の合間に吐息が聞こえるのか、吐息の合間に外の音が差し込まれているのか、既に判別がつかない。完全に流された、と半ば恨めしく思いながらトーマは体ごと横に向かせようと器用に誘導する大の手に言外に従った。恨めしいのはそうさせた大か、こうなったトーマ自身か、やっぱり判別出来ずに居たが。








「…っあ、はあ、ん…ッ」
「…なんか、いつもよりスゲぇ、絡み付いてくる。ここ」
「っ、うるさ、い」

致す雰囲気になって早々、放っていた映画の中で爆発やら発砲やらの衝撃音が飛び出し、二人して苦笑いを漏らして、それからトーマは何も言わずスピーカーの音だけを切った。
即興の無声映画を背に、ぐちぐちと下品な音をたてながら侵入する指を受け入れる。大の腿を跨ぐ両脚と腰からは幾度となく力が抜けそうになり、その都度しがみつき肩口に額を押し付けると必然的に耳元で囁かれる格好になって、態とらしく熱を煽るような物言いにトーマは羞恥で顔を朱く染めた。精一杯の抗いの言葉さえ、クク、と可笑しそうに笑われる。執拗に胸の突起ばかり弄る左手と、片や無遠慮に奥へ押し入ってくる右手の指の間で、頭をもたげた性器がふるふると震えていた。

「ま、さる…ッ、」
「ん?なに」

名前を呼ばれた理由には気付かないフリをした。ただ、頬が弛んだ瞬間顔を上げたトーマと目があって、その表情がひどく口惜しそうなものだったので、大は尚気分を良くする。「いいぜ?自分で触っても」その言葉にトーマは一瞬、目を見開いて「ばかなことを、言うな」泣きそうな声で、言葉とは裏腹に濡れた瞳がその先を乞う。堪らず素直じゃないくちびるに吸い付いた。抵抗の声と、色めいた吐息とが暫く織り混ざって聞こえて、おもむろに縋り付いていた腕が片方外れ下方に伸ばされた。白い指が、そそり立つ自身をおずおずと撫でる。「あっ、んぅ、ん、」次第にその手が勢いづいて、夢中で自身を慰める様に大は思わず唾を飲んだ。見上げるとぎゅっと閉じられた瞼の縁、長い睫毛が震えている。中の指をぐいと伸ばし知り尽くした箇所を攻めると一際大きく鳴いた。今度はその仰け反った首筋に噛み付いて、音をたてて吸い上げた。

「っは、あ、」
「トーマ。俺の、出して」
「なっ、に…言って、」
「俺のも、さわって」

中に指を突っ込んだまま、もう片方の手で先走りに濡れるトーマの手を自身の在処へ導いた。熱に追い立てられ弱々しく大を睨んだ後、トーマはその手で布越しに大の自身に触れた。片手では上手くいかなくて、両手でようやくチャックを下ろし中身を取り出す。既にはち切れそうなそれを、ゆっくりと撫ぜると大は吐息と共に薄く笑った。

「ん…あー、も、いれてい?」
「…早く、しろ、ッ」
「へいへい」

もう自棄糞、といった具合でトーマが吐き捨てると大はずるりと中に埋めていた指を引き抜いた。震える腰を今一度引き寄せ支えてやって、解しきった秘部に先端を宛てがう。「そのまま、腰おろして」やっぱりトーマは顔を朱くして、けれど今度は何も言わず大の肩を支えにしてゆっくりと腰を落とした。「ッ、うぁ、あ、」幾ら指で慣らしても痛みは確かに在る。思わず漏れる声は小さな悲鳴を含んでいて、異物感も相まりこの瞬間ばかりは何度致してもすんなりと受け入れられない。
必死で腰を下ろすトーマに合わせて大も腰を小さく揺らす。熱く、きつく締め付ける中の心地に眉根を寄せ、爆発してしまわないよう幾度となく深く息を吐いた。

「っは、トーマ、腰、揺れてる」
「言うな、あ、あぁッ」

漸くぴたりと腰が、肌がくっついて、大が不敵に笑うと同時、勢い良く突き上げられトーマは背を仰け反らせた。追い打ちのように迫り来る快楽に、全身の力が抜けてしまいそうになるのを大の肩にしがみついて必死に堪える。普段ならベッドに預ける背も、こんな風に宙ぶらりんな状態では心許なくて、泣きそうになっていたら察したのか大の腕が背中に回された。指が入っていた時よりも大きな水音と、肌同士のぶつかる音が下から響いていた。「あ、あっ…はぁ、ンっ、」不様にも声が止めどなく漏れる。普段と体制が違うだけで、中を抉る感覚も全然違って、見下ろした大のえらく惚けた顔が口惜しくて、トーマは吐息ごとぶつけるようにその微笑う唇に口付けた。











「トーマ、悪かったって。機嫌直せよ」
「…どうせ、反省などしていないだろう、その顔は」
「…まあ、トーマもノッてきたじゃん、とは思ってるけど。あとあんな至近距離で、あんな甘い匂いさせるのも悪いな」
「…」
「まあでも、映画をバックに喘ぐ王子様っつーのもなかなかオツだな。またやろーぜ、もっとエロい感じの映画つけて」
「………しね」
「ひっど!」













ちなみに二人が観てたのは
マイノリティリポート、のつもり。















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