小説 | ナノ




全ては彼のためだ、と言って当の本人は納得するだろうか。無理だな。あまりに簡潔な自問自答。けれどもう、あれで自分と彼との全ては、終わったのだ。それで決着をつける他無い。突き放した側の自分が傷付くなんて馬鹿げている。何も無かったことにして過ごせばいい、もう暫くすればこの胸のいたみも、きっとなだらかに朽ちて、消えて跡形も無くなるだろうから。




例によって大学のレポートに追われていた夕暮れ、滅多に鳴らないチャイムが二度続けて鳴った。まさか、と思いながら、少し期待した自分を、ドアを開けてそこに立っている人物を見て、トーマは恥じた。

「よう」
「聖…どうした、急に」
「ナナミから聞いてな。高校生にフラレたんだって?トーマちゃんよぉ」

ずかずかと部屋に押し入り、聖は品の無い笑いを零しながら言った。トーマは反射的に眉間に皺を寄せる。

「…フラレたも何も、別に」
「おーおームキになっちゃって。ナナミの言った通りだな」

我が物顔で冷蔵庫を漁る聖にトーマは舌を巻いた。真っ向から挑んでもからかわれて終わりだ、そう言う奴だったと、思い直して一度冷静になるため押し黙る。ナナミの買い置きの炭酸飲料を勝手に開けてぐびぐびと飲み始めた聖の背中に、「何をしにきた」と精一杯の低い声で投げ掛けた。
振り向いた聖はにたりと、また悪い笑みを浮かべる。

「何って、慰めに来てやったんだよ。傷心中で寂しーんだろ?」
「な、」

ずい、と軽やかに舞い降りるように、聖はトーマににじり寄って缶を片手に持ったまま器用にその細い腰を抱き寄せた。「久々に、な…?」吐息の掛かる間近の距離で囁かれ、トーマは言葉に詰まる。その隙につけ込んで、強張る両の腕を取り聖は己の首に絡めさせた。

「…相変わらず、無神経な奴だな」
「なんだよ、こんなに優しくしてやってんのに。ツレねーな」
「どこが…ッ、」

言葉を遮るように唇に食らい付かれて、思わず後退る腰を聖は更に強い力で引き寄せる。無遠慮に絡みついてくる舌を押し返すつもりで応戦しようとするとあっさりと絡め取られ、急速に深くなる口付けに脚元から力が抜けた。

「ッ、はぁ、…んぅ」

やがて観念したようにトーマは目を閉じた。それに気付いて、聖は器用に、口付けたままにやりとまた笑みを浮かべる。
その時、チャイムが鳴った。聖が離さないので自然と無視する格好になったが、二度、三度、その後も延々と鳴り続ける。「なんだァ?煩ぇな」眉間に皺を寄せる聖の声と、「おい、トーマ!居るんだろ!?」微かに聞こえる、聖のものでは無い声。「…あ、」トーマがその正体を悟ったのと、ガチャリと玄関の扉が開く音が響いたのは同時だった。

「トーマ!…って、え?」

慌しくバタバタと踏み込んできた男は、リビングの片隅で抱き合う二人を見て、目を丸くした。トーマはしまった、と思った。予想だにしなかった彼の来訪が、まさかこんな瞬間だなんて。

「…誰だテメェ」
「そっちこそ誰だよ、いきなり邪魔して来やがって」
「…大、なんで」

呆然とする大の姿に、トーマはは、と我に帰りそのままの体制だった聖の体を反射的に押し返した。「わ、っ」よろけて腕を解放した聖は、トーマと大の顔を交互に見遣り、それから「あー、もしかしてコイツ?噂の、イタイケなコーコーセイってのは」とからかうように言った。大はまだ目を見開いて、唇を硬く噛み締めていた。開いたら最後、必要の無いことまで洗いざらい、叫んでしまいそうだったから。トーマはそんな大から暫く目を離せずに居たが、不意にすっと視線を落とし、絞り出すように言った。

「…帰ってくれ」
「ハハ。だってよ、ガキんちょ」
「聖。すまないが、帰ってくれ」

わなわなと震えるトーマを顧みず、乾いた笑いで吐き捨てる聖に、トーマは今一度重い口を開いた。「え、」聖と同じように、大も戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに口を一文字に結び真っ直ぐにトーマを見据えた。
己を挟んで向き合う二人を眺め、やがて聖は心底退屈そうに頭をぼりぼりと掻きながら「あーあ、ツマンネ」と一人ごちて、態とがさつな足音を立てながら歩いて部屋を出て行った。

「ま、せーぜーがんばれや」

聖が背中越しに残した言葉は、果たしてその場の二人の、どちらに向けたものであったか。







突然出てきた第二弾・聖(バイ)
次でやっとなれそめ編終わります















「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -