小説 | ナノ




もう彼は来ないだろう、これで最後だ、そんな気持ちで毎回玄関から出て行く彼を見送っていた、過去三回。ナナミは相変わらず夜中に出掛けたり朝方に眠ったり、何も言わず三日ほど部屋に帰って来なかったりで、彼女らしい気ままな生活を送っている。先日煽られた件以来顔を合わせていないが、次に話をする際には前よりもう少し落ち着いて、誠実な対応とは、という議題できちんとディスカッションをしなければと思った。きっと、彼女からしてみれば阿呆らしい話なのだろうが。



大学の帰り、図書館で借りた本が鞄に入りきらなかったので三冊ほど手に抱えたまま帰宅した。先週、彼が来た時にひっそり修羅場を迎えていたレポートはその日の内になんとか書き上がったが、喜ぶのも束の間、結局毎週のように新しい締め切りが課せられる。勉学自体は全く苦ではないが、時々熱中しすぎて食事や睡眠すら疎かになるのが駄目だと自分でも思う。医学を学ぶ身としても、自立し生きる一人の人間としても。
(さすがに今日はきちんと野菜を摂ろう。ナナミが帰ってくるなら料理も少し、多めに作って)なんて考えながら階段を昇ると、「え、」見覚えのある制服を着た男が玄関の前に座り込んで居た。

「よ。おかえり」
「…やあ。いつから待ってたんだい」
「いや、そんなに。なんか荷物多いな」
「ああ…とりあえず、入るか」

おう、と何処か嬉しそうに応える彼を見て、(野菜の買い込みは延期かな、)とつい思った。しかし残念な気持ちは全く無く、寧ろ嬉しさが勝った。その気持ちが嬉しさだと、気付くまでには数秒要したが。
とりあえず本をリビングのテーブルに積み重ね置くと、横で彼が手持ち無沙汰そうにしているので「紅茶を入れるよ」とだけ言ってキッチンへ向かった。
戻ってくると彼は前みたく、本やテレビ周りをしげしげと観察していた。その様子があまりに、好奇心旺盛な子犬のようで笑ってしまった。彼はむくれて、「お前、ぜってー俺のことバカにしてんだろ」と言う。「してないよ、」(少しだけしか)暫くそんな風に軽口を叩き合って、他愛もない話をした。
部屋に来るたび、彼がどんどん素直に感情を見せるようになっていく気がして微笑ましく思う。ただ何度話を聞いても、喧嘩が好きだという彼のことはよくわからなかった。そもそもあんな怪我をするほど、他人と殴りあった経験は自分には無い。彼はよく笑った。まるで小さな子どもを相手にしているみたいだ。ともすればきょろりと辺りを見回し、ぽつりと「なあ、なんで彼女でもないオンナと住んでんの」なんて、大人びた顔をして訊いてくる。

「気になるのか」
「うん、気になる。家族でもねーんだろ?」
「ああ。妹は居るが、別居しているしね」
「へー。じゃあセフレとか?そーゆう関係?」
「…不粋な聞き方だな。ありえないよ、彼女とは」

やたら食い下がる態度に、内心やれやれと思う。前に問われた時には、興味の無さそうな反応をしていたのに。そういう年頃だからだろうか、なんて邪推してみても、目の前の男にはそれを言うのはさすがに無礼だと思った。それこそ不粋な対応と取られても仕方がない。

「本当に、ただの居候だよ」
「…ほー」
「別に、異性と住んでいたらそういう関係にならなければいけないなんてことは無いし、そういう関係になるのが異性だけとも限らないだろう?」
「…うん。うん?」
「世の中には、同性相手にしか欲情しない人間も居る。…きみの知らない世界もある、そういうことだよ。」
「……あんたも、そうなの」
「想像に任せるよ。気色悪いと思うなら、もうここに来なければいい」

その瞬間だけは態と、冷たく吐き捨てるような言い方をした。そう思っているのは事実だし、変に同情を誘うようなことでもない。
けれど彼は、うーん、と首を捻って、それから、するりと予想もしなかったことを口にした。

「じゃあさ、例えば、おれは?」

その言葉の意味を飲み込むのに少し時間が掛かった。その隙に、彼はぐいと間合いを詰めてきていて、(あれ、?)まっすぐな瞳が自分を見据えている。夜毎思い出す、熱に呑み込まれるような、瞳が。

「…試してみるかい?」

冷静に、上手く笑えて居ただろうか。手を伸ばし添えた間近の頬は、想像よりも熱く火照っていた。














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