小説 | ナノ




無愛想な人形にはきちんと名前があって、ちゃんと笑ったり会話したりする、つまりただの人間で、なんとなく安心した。ただ、あの瞬間の表情は、何処か寂しそうに見えた。見えただけなら良かったのに、家に帰ってからもずっとその表情を、眼を思い出して、本当に寂しそうな顔だったのか?仮にそうだったとして、そもそもなんで寂しい顔をするんだ?なんて、だんまりで考え込んでいたら知香に気味悪がられた。なので深く考えるのはやめにした。また気になった時には、直接聞けばいいと思った。



「珍しいわね、大が喧嘩せずまっすぐ帰ってくるなんて」

夕飯の支度をしながら母さんが言った言葉に、横で知香がうんうんと頷いた。「そうだっけ?」リビングのソファに体を転がし適当な返事をする。本当は今日も、学校帰りにあの部屋に行こうとして、途中で引き返してきたのだ。さすがに二日連続で訪れるのは我ながら気持ち悪い。きっと向こうにとってもそうだろう。(忙しそうだったし、な)テーブルに積み上げられた本は題からして既に理解不能だったし、ちらりと見えたパソコンの中に並ぶ文字も全て英字で、彼はそそくさと画面を閉じたけれど、きっと開いたままにされてもなんの支障も無かったなと今になって思う。わかったのは、高校生と大学生の差という単純な事実だけでは証明しきれないレベルで彼は頭が良い、ということくらいで。

「ねえ、まさる兄ちゃん」
「んー?なんだ」
「昨日何かあったの?昨日からほんとに変だよ、考え込んだり、ぼーっとしたり」

昨夜はそれを気味悪がったくせに、打って変わって真面目な顔で、知香はソファの背凭れの向こうから顔を覗かせて言った。夕食の準備の手伝いの途中だから、右手に何枚かの皿を抱えたまま。

「なんでもねーよ。それに、兄ちゃんだってたまには考えることもあるぞ、たまには」
「うーん…それにしてもなんか、いつもと雰囲気違うんだよねえ…」
「恋煩いかもね、ふふ」

皿をかちゃかちゃ、テーブルに並べながら呟く知香を無視しようと思ったら、(…ん?)優しい声色でとんでもないことを言われた気がした。ぼん、と昨晩から燻っていたなにかが弾けた、まるで爆弾みたいに。(…いや、ないないナイ)でもすぐに収束した。(あいつ、彼女持ちだし、違うって言ってたけどたぶんそうだし)(っていうかそれ以前に!あいつ、男だし!)思わず反射的に起き上がり掛けた体からまたするりと力を抜いたら、思わぬ方向から追い打ちが来た。

「えーないない無い!まさる兄ちゃん、彼女出来ても悩んだこと無いじゃん、今まで」
「うーん、それはそうだけど」
「…え、なんで知ってんだよ、それ」

今度こそ焦りから起き上がった。見ると、知香も母さんもきょとんとした顔で俺を見ていた。

「悩んだこと無いって話?それとも彼女居たって話?」
「……どっちも、デス」

思わず弱い口調になった。「女の勘を甘く見ちゃやーよ!」といっちょまえに知香はふんぞり返る。その横で母さんはくすくすと笑っていた。情けなくも少し、へこんだ。
言われてみれば確かに、他人のことをこんな風に気にしたり、考えたりするのは初めてのことだった、けど。(いや、でも、男だし、うん)それでとりあえず結論付ける。その晩のカレーは心なしかいつものそれよりも甘く感じた。














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