小説 | ナノ




昨日はあんなに冷たい態度だった癖に、手土産を持って改めて自分から飛び込んで行ったら、人形はそれはそれは綺麗に笑うので、素直に驚いた。トーマ、トーマ、とーま。帰路を歩きながら、幾度となくその名前を呟いた。見た目に合う、響きの良い名前だと思った。落ち着いて話してみたら、高慢ちき気味な喋り方以外は案外普通で、これまた面食らった。そして今宵もあの蒼い眼を思い出して眠れない。




「…やあ。どうしたんだい」

トーマは笑みを浮かべながら驚いていた。無理もない。あれから三日しか経っていない上、またアポ無しで乗り込んできたのだから。学校帰り、ほぼまともに開いたことの無い教科書が詰まった鞄を片手に、「近く通り掛かったから、寄ってみた」吐く意味の無い嘘を吐いた。


「少し散らかってるけど、」
「あ、お構いなく。何してたんだ?これ大学の教科書?」
「ああ。朝からずっと眺めてるんだ、そればっかり」
「うえ、想像するだけで頭いてぇよ」

ぺらぺらと捲った分厚い冊子は、どうやら医学の本らしい。人体の構造とか、細胞のどうこうとか、理科の教科書で昔見たものが更に複雑に、難しい言葉で書かれている、ということだけなんとなくわかった。傍らには英字の本も何冊かあった。トーマは気怠げに伸びをして、「紅茶は飲むかい?」と聞いてきた。「うん」とだけ返事をして、本をぱらぱら、眺めながら問い掛ける。

「トーマって、医学部?」
「ああ。言わなかったかな」
「大学生、しか言ってなかったぜ。頭いーのな」
「どうかな。砂糖とミルク、この間より多めにしようか」
「おう、よろしく」
「甘党なんだな」
「悪かったな!お子様で」

悪態をつくとトーマは笑った。少し疲れているような笑顔が、ルックスと相まって尚作り物みたいに儚く見えた。「大?」差し出されたカップに反応するのが遅れて、トーマは首を傾げる。初めて逢った日とは別人みたいに、くるくると変わるトーマの表情。人形みたいに綺麗なのは変わりないのに。

「やっぱ、ガイジンの血入ってたら綺麗なんだな、男でも」
「…なんだい、急に」
「なんもねーよ。思っただけ」
「高校生にしては上等過ぎる口説き文句だな」
「バーカ、男口説いて何が楽しいんだよ」

そう言ったらトーマは一瞬きょとんとした。が、すぐにまた取り繕うように笑った。気付かないことにした方が良いのだろうか、なんて柄にも無く自らを牽制した。紅茶は見事に、俺好みの甘さに仕立てられていた。














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