小説 | ナノ




まるで犬を拾うような感覚で、男を拾った。飼うつもりなどはさらさら無かったので、少しだけ優しくした後おざなりに手を振り家に追い返した。もう二度と逢うこともないだろうが、ただ、津津と自分を見つめる大きな瞳を寝る間際にふと思い出した。これでは何のためにわざと冷たくして追い返したのかわかったもんじゃない、と頭を振ってやり過ごした。



「昨日はどーも」

翌日、男はやって来た。罰の悪そうな顔で玄関口に立っていて、しかし纏う空気はまさに犬が威嚇する時のそれだ。

「母さんに昨日のこと話したら、お礼に持ってけって言われた」

そう言って男は手提げの袋を押し付けるように渡してきた。中を覗き込むと、香ばしい香りが鼻を擽る。「母さんが焼いたクッキー」らしいそれを、この男はわざわざ昨日の帰り道の記憶だけを頼りに運んで来たのか。なんだか可笑しくて思わず笑ってしまうと、途端に男は「なんだよ!」と苛立ちを顕にする。

「いや、何でも無い。せっかくだから頂こうかな。紅茶でも淹れようか、上がって良いよ」

半ば、断られるかと思いながら言った誘い文句に、男は「え…おう」案外素直に乗ってきた。正直意外だった。あんなに昨日は訝しげな眼で睨んできたのに。
リビングのソファに案内すると、これまた大人しく座り、何か言いたげに目線をうろつかせている。気付かないフリをしてのんびりと紅茶を淹れた。

「あんた、何モンだよ?」

カップを手渡し、L字のソファの対角席に腰を下ろして、さあ談笑でも、と彼を見遣ると、警戒心剥き出しの顔で問われた。

「親切な他人、じゃ駄目なのか?」
「駄目じゃねーけど、気になるから」
「そうか。ただの学生だよ、ここに住んでる」
「ふうん。幾つ?」
「もうすぐ二十一だよ。きみは、高校生?」
「ああ。制服、見たまんま」

喋っているうちに段々と、男の威嚇体制が和らいでいくのがわかる。これは単に緊張していただけかも知れない。ぱちぱちと瞬きながら持参してきたクッキーを齧る姿は小動物のようで愛らしく見えた。

「彼女居んの?」
「…何故だい」
「化粧道具とかあったから。一緒に住んでんの?」

その口は好奇心を惜しみなく顕にする。「彼女ではないよ」やんわり否定すると、「ふうん」と興味の無さそうな返答。紅茶はお気に召さなかったのだろうか、ちびちびと口をつけてはすぐカップを手放す様に何処か不安さえ感じた。

「なあ、名前教えろよ」
「…必要無いだろう?匿名のままで良い」
「必要とか必要無いとかじゃなくて。俺が知りたいの」

頑固そうな双眼と対峙して、改めて思う。なんて真っ直ぐな瞳なのか。捕らえられたら最後、逃げられなくなる圧を掛けられそうだ。実在するかもわからない追われる人を勝手に想像して憐れに思った。こんな真っ直ぐな眼で甘く愛の言葉でも囁かれたら、女はイチコロだろう。なんて、どうでもいい事を想像したら、まるで最初から建てていた防波堤の存在も、どうでも良くなった。

「トーマ。トーマ・H・ノルシュタインだ、名前は」
「…ガイジン?」
「半分ね。きみの名は」
「まさる。大門大」

トーマ、な。確認するように彼は、大は呟いた。聴き慣れた自分の名前が、大の口から吐き出されると何故だか新鮮なものに感じたのは、気のせいだっただろうか。
















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