小説 | ナノ



熟さないうちに齧り付いた果実は少し苦くて上手く飲み込めなかった。だから、もう暫く口の中に置いておいて、誰にも触れさせない自分だけの中でそれが熟すのを待てばいいと思った。
だから早く柔らかく熟れてくれよ、この口の中の唾液が渇ききってしまう前に。



「…何のつもりだ、一体」

細い腰を抱き抱えた腕を制するように押されて、いやいや何のつもりだってこっちの台詞じゃねえか、なんて思いながら問いの一切に答えず再度唇を重ねようと顔を近付けると左の頬を思いっきり引っ叩かれた。白い肌、血色の良いぷくりと膨らんだ唇、陽に煌めく蜂蜜色の髪、可憐な何かをイメージさせるそれらの要素とは裏腹に、反発する力の威力は間違いなく自分と同じ性を持ったそれ。けど、だから何だって言うんだ。涙目で被害者ぶられても苛立ちを煽られるだけってこと、なんで自慢の天才的頭脳を以ってして解らない。

「先に仕掛けてきたのはそっちだろ」
「…何の、話だ」
「とぼけんなよ。俺、起きてたんだよ、あの時。お前もほんとは気付いてたろ?」

核心を突き付けられて目の前の瞳は動揺に揺れる。お前の思う馬鹿で脳天気な俺を餌にして待ち構えてたらあっさり飛び込んできた、それはまるで夏の虫。けど俺が捕獲の処理をする前に、するりと逃げやがった。言い訳くらいするか、もしくはさせろよって、その腕を掴む暇さえ与えず。
だから俺はもうお前を雁字搦めにしたこの腕を絶対に離さない。

「気持ち悪いとかありえねーとか、そう俺が思うだけでお前が満足するならそれはそれでいいけどよ、だったら俺の気持ちをお前も聞く義務くらいあるだろ?じゃなきゃ不公平だ」
「…きみの口から義務なんて言葉が飛び出してくるとはな」
「話反らすなよ。いいか、あんなことされて、俺が気持ち悪いとかありえねーとか思ったかと言えばノーだ。寧ろ、ああやっと来たか、って思ったんだよ」
「なっ…それはどういう、意味だ」

天才が聞いて呆れる。ああでも、元々お前はそうなんだよな。可能性があるとか無いとか以前に、その脳に存在しないものは最初っからお前にとっても『無い』んだ、過去にも未来にも隙間にも外部にも、何処にも。だからあんな卑怯な真似しか出来なかったんだよな。それはいっそ狡いとか通り越して可哀相な結果論だ。自分の中の気持ちは百歩譲って認めることが出来ても、そこから昇華される何かについては、存在を認めるどうこう以前に発見すら出来ない。そんな風に今までも幾つものこころを遠い暗い所に置き去りにしてきたんだろう、お前は。

「じゃああの時のお前の代わりに俺が言ってやるよ。好きだ。愛してる。お前が欲しい」
「ッ、茶化すな!」
「へぇ、茶化されたくないくらい真剣だったってことだ?奇遇だな。俺もおんなじくらい真剣だぜ」

余すことなく全てぶつけて漸く、再び振り上げられた手からへなへなと力が抜けた。それでもまだ、強情なくちびる。ぱくぱくと不格好に開いたり閉じたりして、次の言葉を必死に求めてるのはきっと俺よりも当人自身。決定打を目前にしてもこんなにまごつくなんて、それなら最初っから、下手に罠なんて仕掛けず真っ直ぐに飛びかかってやれば良かったんだな。 熟れるのを待ち侘びていた果実はいつの間にか熟れ過ぎていて、ぼたぼたと濃厚な果汁を不様に滴らせて、掬い上げるのも一苦労だ。
震える体を抱き竦めて反省する。それから、真っ赤な頬を両の手で挟んで、逃げ場を無くして、逃げる意志も奪って、(もう、手に入れることに怯えてんなよ)今度はありったけの優しさを与えるためのキスをした。



















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