小説 | ナノ




25歳くらいの二人で、政略結婚を目前に控えたトマ




きみは僕の初恋だった。似合わない大衆居酒屋で、似合わない安っぽいワインのグラスを片手にトーマがそう言って微笑み俯いたのは、自身の未来を見据えて一つの答えを出した故のことだった。
生ビールのジョッキを握ったまま、大はうん、と頷く。「俺も」鶏皮串に手を伸ばしながら、努めて簡単に、簡潔に自分を曝け出す。勢いに任せてこれからの運命をどうこう、自分達の望むように引き寄せるのはきっと難しいことではなかったのだけど、それを実行するにはまだアルコールの摂取量が少し足りなかった。今日はいつにも増して酔いが鈍い。
片や、首元までほんのりと朱く染まりただでさえ垂れ気味の目を更にとろんとさせて、トーマは目線だけで大を見遣る。まるで何かを期待するかのような視線に、大は依然冷静な頭で、正しい返答を考えた。
(俺に委ねたって、きっと正解なんて出ねえよ、わかってんだろ。)
大は視線に応えず生ビールを煽る。トーマの視線が再度降下したのを見て、罪悪感に駆られこそしたがこれはもう仕方が無い。
あの頃は良かった。どんな時でも、揺るがない気持ちさえあれば全てが自分達にとって上手くいく運命に出来るのだと、そう信じ込めたから。生きていくことそのものが希望で、どんな悩みや迷いも前に進めば少なくとも表面的には全てが解決した。全てが明日を生きる糧となった。それなのに。
きっとトーマは先刻の視線を後悔している。それだけはどうにか、解してやりたい。認めてやりたい。大がそう思うのはひとえにトーマが抱く気持ちを見抜き、尚且つ大自身も出来ることならトーマのそれよりも大きく底無しに深い情念で抱き留めてやりたいと、思うからであって、けれどそれをわざわざ言葉にする必要性はもはや感じられなかった。きっとトーマも、そんなものは望んでいない。

「明日、向こうに帰るよ」

眼鏡越しに綺麗な蒼と目が合う。
「そっか」と零した唇から、しあわせで残酷な衝動を漏らさないようにまたビールを流し込む。
トーマはトーマで、もう何も応えなど無くて良いと、半ば自棄になって居て、だから大が抱える苛立ちに気付けずに居た。限られた二人の時間が、摂り過ぎたアルコールのせいでふわふわと浮かんで、気持ちさえ霧散していくようだ。悲しみも、悔しさも、何もかも。だからせめて、互いの前では泣かないようにしよう。


居酒屋を出た瞬間、大は寒さに首を竦めた。先刻までふらついていた筈のトーマは、いつの間にかしゃきんと背筋を伸ばし先に歩き出していて、その背中は何故だろう、あの頃よりもうんと小さく見えた。大は思わず目を瞬かせる。そんなことをしている間に、トーマの背中は少しずつ遠ざかっていく。
(強がるって、こんなにしんどいんだな)
ふと大は思う。ああそう言えば、お前は昔から強がり癖があって、意地っ張りだったっけ。ほんとはこんな風にずっとしんどくて、虚しかったんだな。

「なあ、トーマ」

小さな背中に声を掛けた。するりと、それまで溜め込んでいたものが出て来たような、すっきりした声だった。

「なんだい、まさる」

やっぱりまだ酔いに呑まれてるのか、随分舌っ足らずな名前の呼び方だった。振り向いたトーマの表情にはもう先程までの憂いは無く、(あ、やばい)大はしまったと思った。これじゃあ何のために先刻まで互いの気持ちを押し殺させていたのかわからない。けれど、冷静な頭とは裏腹に、脚は前へ進む。(どうしよう、このままじゃ、)手が、こころが、きみに向かう。

「あのさ、やっぱり、俺、」


しあわせで残酷な衝動をぶつけたら、トーマはやっと、素直に目を丸くして、泣いて、笑った。

















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