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See Sea She





図らずもお揃いで持つことになったノートを、私は少し前からデザイン画の練習用として使っている。罫線の色味が薄いので、文字を書くには勿論、画を描くのにもそのノートは非常に優秀だった。いつの間にか残りの頁の方が少なくなっていて、また近い内にあの雑貨屋へ付いて来て貰わなきゃ。そう思いながらシャープペンシルの先端を罫線だけのまっさらな頁に滑らせる、朝のホームルーム前の空き時間。体を動かした直後は脳もすっきりしていて、画やデッサンを描く手が普段よりも滑らかに動くから、よく私はこの時間にこのノートを開く。モノクロの海を表紙に据えたノート。

「よう、空!」

不意に頭上から声が降ってきて、私は動じることなく顔を上げる。案の定、机の傍らに、何か企むような笑顔で太一が立っていた。私は努めて冷静に、開いていたノートを裏表紙を表に向け閉じながら言った。

「英和?和英?」
「英和!わりぃ、一限だからすぐ返しに来る!」

質問と返答を予期していたのはお互い様だったようで、間髪入れず太一はパン!と手を合わせ頭を下げた。その体制が表すのは大抵祈りか強請りで、その両方に私はもう、と呆れ半分で笑って見せた。途端に太一はほっと顔を緩めその祈りの手を解く。

「今日は使わないから急がなくていいわよ。それより、何しに学校来てるの」
「いやー、昨日頑張って課題のプリントやってたんだけどさ、そのまま忘れてきちまった」

昔から変わらない、寝癖みたいな頭をわしわしと掻きながら太一は照れ臭そうに言った。
英和辞書を受け取って、「あ、あと」鞄に詰め、そのままの手で違うものを取り出す。

「これ、ヤマトに借りてたやつなんだけど、返しといてくれよ」

ほい、と手渡されたのは、ヤマトがよく聴いているバンドのCDだった。

「こないだ借りたんだけどさ、どうせ空の方が早く逢うだろうし、空に返しとくよって言っといたんだ」
「ふうん、了解。この間って、カレーの日?」
「そうそう。久々に激辛のやつ出されて、死ぬかと思ったぜ」

裸の赤ん坊がプールの中を泳いでいるジャケット。そう言えば、以前家に遊びに行った時にもこのCDは見掛けたかも知れない。中学まで一緒だった私達三人、てっきりバラバラの高校に進学するんだと思っていたのに、太一と私はまた同じ学校に居て、同じ色のブレザーの制服を着ている。ヤマトだけ、レインボーブリッジの向こう側にある学校に通っているから、私の方が、という太一の思惑も言葉も何も野暮な推測ではなく事実そのものであり、その前提の話をする時だって太一は実に、楽しそうに話をする。そんな太一のとなり、私は何処となくもやもやする気持ちを持て余して唇を尖らせた。そのもやもやを太一は目ざとく発見する。いつも馬鹿で鈍感のくせに、こういう時だけずるい。昔からずっとそうだ。

「なんだよ、妬いてんの?」
「…別に。そんなんじゃないわよ」
「残念だけどあのカレーは空でも食べちゃ駄目だぜ、今んとこ俺、タケル、丈、あと大輔も死にかけたからな。あいつ容赦ねーんだよ、普通の料理は普通にウマいのに」
「上手いのは知ってるし、別に激辛カレーにも興味無いってば」
「へいへい。…あ、予鈴鳴ってんじゃん。じゃ、サンキューな」

しゅたっ、と効果音が付きそうな素早さで、あっと言う間に太一は去っていった。やれやれと一人溜め息を吐く私の手に残されたCDと、裏返しの海。
『空には食わせらんねーよ』そう苦笑したヤマトの顔を思い出して、『なんだよ、妬いてんの?』そうからかった太一の声を反芻して、(そうなの?そうかもね。そうじゃない!そうなの、)私の中でたくさんの私が呟く。もやもやとぐるぐる。きっと照れ臭いだけなの。

だからもういい加減に観念しなさい、あたしの中のおとなになりきれないあたし。






















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