小説 | ナノ




ランランラララ、あたしは今日も歌うの。恋する乙女の甘い気持ちより、随分無責任な明日への希望より、ああ昨晩もママのごはんは世界一美味しかった、その事実の方が断然重要で、タイセツ。だってあれこれ考えるより、まずは今まであたしを生かしてくれたたくさんの美味しいごはんと、温かい寝床と、寒さから守ってくれるお洋服達に感謝して、良かった今日も生きて居られた、って揺るぎない事実に頷いて、過去の自分を肯定してあげる方が同じ時間と脳みその使い方としてよっぽど有意義じゃない?だからあたしは、歌うの。あたしと共に生きてきたこの声で。

「ミミさんのそういう所、好きですよ」

そう言って光子郎くんがそんな風に優しく笑って、わざわざ言葉を使って褒めてくれる時は、大体何か裏がある。あたしはもう気付いても気にしないけど、きっとその裏にある何かには光子郎くん自身も気付いていないのよね。だからその先には何も無くて、好きですよ。はいおしまい。あたしの歌なんて最初っから聴く気も無いんだわ。か弱いあたしは途端に不機嫌になる。傷ついてるわけじゃない。ただ、わざわざ光子郎くんの裏を引き出してしまったあたしの歌と、それに気付いてしまうあたしの賢い頭に、少しだけ反省。ああ、気にしないだなんて大嘘。それなりに気にしてる。それでもめげない。あたしは歌いたい時に歌う。ラララ。

「今日は少し、機嫌が良くないんですね」

そうそう、こういうこと冷静な顔で言ってのけちゃうのがいつもの光子郎くん。リアルな年数プラス、あの夏で加算された膨大な命懸けの時間、一緒に居てわかったこと。光子郎くんの欲は何処までも知識と分析にばかり注がれている。しかも光子郎くんの中に取り込まれた情報は、完全なる的確さで瞬時に処理されて、あっと驚くクオリティーで再構築・排出されるから、見たままありのままをそのまま、歌うあたしとは正反対。そんなにたくさん取り込んで、抱え込んでるから、いつまでも背が伸びないんじゃない?そう言ったら困ったように笑って、「それはそれで、たくさん知識を得られてる何よりの証拠ですから、嬉しいかも知れませんね」って頬を掻くからあたしはほんとにびっくりした、中学1年生の夏。なんて嬉しそうなの!全然褒めてないのに!
だから高校生になって、遂に光子郎くんの背があたしのそれを追い越した時、あたしはたぶん光子郎くん以上に動揺してた。彼が生きる何よりの証拠を与えて、奪ってしまったあたし。でも光子郎くんは良くも悪くも相変わらず、知ることと紐解くことにしか興味が無い。抱えるものばかり増やしながら、背丈も少しずつ伸ばしながら、今日も光子郎くんはあたしがこの目で確認出来る範囲の狭くてちいさな世界で、生きている。

「糖分の取り過ぎで、イライラすることもあるそうですよ」
「いいの!今日はパフェを食べる日って、今朝決めたんだから。光子郎くんも食べなさいよ」
「僕は見てるだけでお腹いっぱいなのでいいです」

生クリームたっぷりの苺のパフェ越しに光子郎くんの呆れた顔。わかりきってる反応だもの、あたしは気にしない。代わりに今日の学校のこと、最近流行りのファッションのこと、毎週夢中で見てる恋愛ドラマのこと、洗いざらいパフェをつつきながら喋る。光子郎くんは心の底から興味なさそうに紅茶を啜る。それなりに相槌打ったってあたしの目は誤魔化せないのよ、何年の付き合いだと思ってるの。でもそのドライな感じは慣れれば案外心地良いから、あたしはこうして時々光子郎くんを連れ回し気の向くままに歌う。否定も肯定もしないつれない態度、に見せ掛けて、実はあたしの歌をそこに居るだけでちゃんと全肯定してくれる光子郎くん。だからわざわざ感想や返答なんてくれなくたって、いいの。本音も今更いらない。そう思えるのは、あたしが光子郎くん相手なら否定も肯定も気にせず素直に自由に歌って居られると思うからなのね。

「ミミさん、頬、ついてますよ」
「なぁに、食べたいの?」
「いえ、見てるだけでいいです」
「もー。じゃあもうひとつ食べようかしら、今度はマロンパフェ」
「どうぞどうぞ。あ、僕も紅茶、おかわりで」

ああ今日も生クリームは美味しい。ラララ。しあわせでいっぱい。


















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