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See Sea She




「昨日、久々に太一と逢ってさ、」別に何かを期待したわけでも不安がっていたわけでもないけど、「うち来て、飯食ってったんだ。家での夕飯前に、腹拵えー、って」切り出してみたところ、空の反応は特筆することも無く至って普通だった。「なによそれ。太一らしいわね、相変わらず」普通過ぎて逆に不安になるほど。

「がっつり飯食ってったのって、中学の頃以来だったかも」
「そう言えば、昔はよくご飯食べに行ってたのよね。私も呼んでくれたら良かったのに」

呼んでくれたら。その言葉が、「昔」に掛かるのか、「昨日」に掛かるのか。瞬間的には判断しかねて思わず曖昧に笑ってやり過ごしてしまった。空はそれに気付いているのか、いないのか。「あ、ちょっとこの店寄ってもいい?」言うやいなや、通りすがりの雑貨屋に向かい繋いだ手を引っ張られる。
店内は思ったより奥行きがあって、比較的落ち着いた色彩の雑貨が所狭しと並べられていた。さっと見渡した限り、森とか星とか、そういう自然のものをモチーフにした品物が多い。「ノートが欲しいの」俺の手を引いたまま、空はつかつかと文房具のコーナーを目指す。どうやらこの店にはよく来ているようで、歩みに迷いが一切感じられなかった。大きさ、デザイン等さまざまな種類のノートが並ぶ棚の前にたどり着いて、空は一瞬繋いだ手に力を込めて、離した。

「ここのノートね、どれも表紙のデザインが綺麗で好きなの。ポストカードでも良いんだけど、ノートってなんだかんだ、いくつあっても困らないじゃない?」
「確かにな。その写真、すげー綺麗」

空が手に取ったノートの表紙には、水色のドレスを着た外国人の女の子が、白詰草を手にはにかんでいる写真がプリントされている。ずらりと並んだノート、もとい写真達は、モノクロとカラーと単色がそれぞれ織り混じって、一見ただの風景写真だがよく見ればそれぞれ配色のデザインも違う。『当店オリジナル!』のPOPを見て納得した。それにしたって、洗練された写真達が一斉に手の届く距離で陳列されている光景を目の当たりにするのは、うつくしいものと対峙している筈なのに些か居心地が悪い。(何故だろう、)逃げ道を奪われるような気になるのだ。逃げる気も必要性も何処にも無いというのに。
陳列する写真達から目を逸らそうとした瞬間、視界の隅に引っ掛かった一冊の表紙に、また視線を引き付けられた。まるで絵画のようにびっしりと一面埋め尽くされたモノクロの波。真っ暗な、海の写真が、慈しみと優しさを可視化したようなモチーフ達の中で埋もれていた。
その一冊から目が離せなくて、手を伸ばし拾い上げると、肩口に寄り添った空がふふ、と笑んで言った。「あたしもね、初めて見た時、びっくりしちゃって」真っ暗な海と、真っ白な中身。「なんだか不思議な気分になっちゃうのよね」そうだな、してやられたって感じ。
こういう気持ちを笑って仕舞えるくらい、俺達はいつの間にか大人になってた。否、もう大人なんだから、こういう時は笑ってなくちゃいけないと、思い込むようになっていた。

真っ暗な海のノートと共に、空が買おうとしてた物もするりと奪ってレジへ向かった。「もう!ヤマトったら」こういう時空は、何故かいつも僅かに顔を赤くして、照れ笑いを浮かべる。その仕草をいつも可愛いと思う。

「あたしも、初めて来た時買っちゃったのよ、そのノート」
「そっか。…お前、確信犯だったろ」
「確信ってほどじゃないけど、期待はあったわよ。ねえ、本物の海、見に行きましょ」
「ああ。俺も、今、言おうとした」

あの時みたいに、大切な手を強く握った。

















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