04
隻眼の男達が部屋から去ると、リディア達は親の居ない間に悪戯をするように部屋から出られる方法を探した。
力づくでもこの部屋からは出られないことがわかったので、シャーリィのお兄さんが来るのを待つことにした。
シャーリィ曰く、「わたしのお兄ちゃんだからきっと大丈夫」だそう。
お兄ちゃんだから必ず来るって意味なのか、とても屈強なお兄ちゃんだからって意味なのか測りかねていると、コンコンと控えめなノックの音が聞こえた。
「シャーリィ!中にいるのか?」
「お兄ちゃん……?」
シャーリィのお兄さんらしい。証拠に、リディアの鳥型も着いてきてる気配がする。
シャーリィは、弾かれるように扉に駆け寄った。
「シャーリィ!よかった、やっと見つけた……!体の具合はどうだ?」
「わたしはだいじょうぶ。お兄ちゃんこそ、ケガとかしてない?」
「何ともないさ。」
遅くなってごめんな。と、扉越しにこもった声。
それに対してシャーリィは、何度も首を横に振っていた。
「そんなことないよ。そんなことない。助けにきてくれて、ほんとに、ありがとう……。」
近づきざまに見た横顔は、とても幸せそうで、安心しきった顔で。
この子、こんな顔もするんだ。
すごく柔らかくて、とても幸せそうな声音だった。
「離れててくれ。扉をぶち破るから。」
「無駄だよ」
「お前は……一緒に捕まった女か?」
少年が、驚きながらも問う。
捕まったとき、わたしの髪が輝いてるところも見えてたんだろうな。
「そうよ、わたしのブレスでもダメだった」
「お前も爪術士だったのか」
「隻眼の男が鍵をもっているから、取りに行ってくれないかな。頑丈な扉だから、梃子でも開かないと思うの」
「そうだよ、お兄ちゃんがケガするところ見たくないよ……」
「モーゼスが鍵を持っているのなら話は早い、探そう」
最後にもうひとり、男の声が聴こえた。泉にいたもう黒髪の男の人だろうか。
そうだとしたら、ここまで着いてきてくれたなんてお人好しというか義に熱いというか。
「シャーリィ、もう少しだけ待っててくれ。カギを取ってくる」
「くれぐれも、気をつけてね」
「ああ」
扉の前から気配が遠ざかる。
鳥型にはもうすこしだけ着いて行ってもらおう。
「よかったね、お兄さん来てくれて」
「はい! わたしのお兄ちゃんですから」
とても嬉しそうに笑うシャーリィに、リディアも笑顔が溢れた。
――少し経って、地面が微量に揺れる感覚と争うような音を聴いた。暴れるような、闘う音だ。
(――――隣なの!?)
探すって言っても近すぎない?
隻眼の彼の頭には、正々堂々戦うという男らしさの主張というものがあるのだろう。
けれど、今のリディアには理解できなかった。
うおおおおおっ、と。
次は外から叫び声みたいなものがあがる。
「えっ、今度は何々!?」
「あれは……赤い軍隊!?」
シャーリィと共に窓際に駆け寄って下を見ると、外は数百の人で溢れかえっていた。
赤い兜を装着していて、手には剣、まるで兵士の出で立ち。
違う、あれは兵士そのものだ。
未だ戦闘には至っていないが、自分たち側に控える百を超える山賊達と対立している。
「三年前村を襲った軍隊がどうして、ステラッ……!」
言ったのはリディア。
シャーリィは、驚きに目を見開いた。
「リディアさん、あなたは一体……」
そのとき、遮るような突風が吹いた。
驚くリディアも、話を聞こうとしたシャーリィも構えて目を瞑る。
目を開くと、黒い翼を生やした男が窓際に立っていた。
「あなたは泉の……!」
臨戦態勢、仕掛けてくる。
先刻もシャーリィを狙ったこの男、扉の鍵が無くとも辿り着いたのなら。リディアは、言葉の代わりに掌から火球を三発ぶつけた。
「なっ……!」
焦がされないよう、すんでのところで避ける男。火球は外へと飛んで行った。
ターバンと金の髪で片目が隠れているが、男の顔は驚きへと破顔しているのがわかった。
「あんたが誰だか知らないけど、この子を攫おうったって無駄だよ。
じきに助けも来る。」
腰元に下げられたメイスは取り上げられたのか今は無い。それでも戦う術はある、と一歩二歩駆けて行き用意していた拳を打ち付ける。
「お前は、どうして、そんなに無理をする!」
一発、二発、三発と打ち付けた拳は男の腕で防がれる。
四発目は男の攻撃だった、リディアの受け止める腕がじんと痺れた。
「強いっ、あんたも拳で戦うの!?」
「くどい!」
足払いをされ、リディアは体制を崩す。
男の隣に夜明け色の鳥型が映った。
「君はもしかして、わたしの……」
わたしの、何だ、協力者?
鳥型がわたしの身体に戻っていく。
それでもこの男の正体を知ることはできなかった。鍵はもうひとつの鳥型か。
「きゃあああっ!」
戸惑っていると、シャーリィの悲鳴が聞こえた。体を起こすと、シャーリィが黒い球体の様なものの中に閉じ込められているのが見えた。
「シャーリィ! ねぇ、君どうしてこんなことするの?」
「お前も一緒について来い」
「うわっ」
間を空けず浮遊感。
リディアも、もうひとつの球体に閉じ込められた。
「ちょっと何すんのよ、離して!」
暴れようが、球体はびくともしない。抵抗の末に諦めたところで、奥の扉が開いた。
「お前は!」
「"輝きの泉"にいた、空飛ぶ男!」
白髪の少年と黒髪の男、声を聴かなかったが黒髪の女剣士が扉から姿を現したのが見えた。仲間が増えたのか。
「待て!」
リディア達を捕えた男は、翼を広げ窓から飛び立った。
二つの球体も、それに続いて浮遊していく。
「くそっ、どこへ行くつもりだ!」
白髪の少年、セネルは虚空に向かって叫んだ。
今まで少年の近すぎず遠すぎずに付いていた夜明け色の鳥型が窓の外へと飛んで行った。
「鳥?」
誰にも気づかれることは無くもそこに居た鳥は、翼の男を追う。
翼の男は全速力で飛んで行った、鳥から見てももう豆粒ほどだろう。
けれど、鳥型は迷うことなく飛び続けた。
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