03

 ぐーっと。
 お腹が鳴った、せつない。


 そんな音でリディアが目が覚めると、見知らぬ天井でここはベッドでした。
 なんて親切な、どちらかというと暗い牢獄みたいな所を予想していたからぼけっとしてしまった。

 隣には金髪の少女が腰掛けている後ろ姿。布団に包まってごろんと、そばに寄って横顔を覗いてみる。
 混ざり気のない金の長い髪と花冠を象ったカチューシャ飾りが印象的な子だった。切り揃えられた前髪から覗くのは青い瞳で、憂いを帯びて一点を見つめていて。

 その先はなんだと追えば頑丈そうな一枚の扉だ。少女もリディアもここに居るということは、あの扉は開かずで閉じ込められているんだろう。

 リディアがむくりとしても、
 後ろからおーいと(声に出さないけれど)手を振って気配をビシバシと伝えてみても気が付いてくれないので。

「だーれだ!」

 目を隠してドッキリさせてみることにした。

「ひゃあ! え、えっと。
 あなたが誰だかわかりません……」

 当然、名乗ってもいないからこうなるので自己紹介。

「リディア。
 リディアっていうのがわたしの名前だよ。君の名前は?」

「わたしは、シャーリィです」

 リディアは目隠ししていた手を仕舞ってベッドから降りて向き直った。
 戸惑いながらも答えてくれたシャーリィの澄んだ青の双眼が揺れる。

「あの、リディアさんはどうしてここに……」
「わたし、は……探し物をしに泉まで。そしたら、あの裸の王様みたいな魔物使いに攫われたのよ。ふざけんなって」

 星占い最下位の顛末が拉致されることなんて何をしたらこうなると、リディアは日中の室内からは見えない星に問いたい。
 魔物使いに問うても疲れてしまうだろうから、せめて星に問いたいと現実逃避をした。

「シャーリィと、あの少年は大陸から来たんだよね」
「はい、わたしとお兄ちゃんは船で漂流していて。流れ着いて此処に」

 兄妹だったんだ、なるほどね。

「大陸から、って事はここは大陸じゃないんですか?」

 そういえば、泉で黒髪の男が少年に説明していた時、この少女は水の中だった。

「遺跡船って、古代の遺跡を積んだ動く島?みたいな船なんだよ。街もある。」
「船、なんですか……?」
「うん、船。」

 不思議そうに目をぱちくりとさせた。
 リディアも、この遺跡船を目の前にしたときはこんな顔をしてた気がするから懐かしい。

「シャーリィは水の民で合ってる?」
「!……はい。」
「青い髪ってハーフなの。」

 リディアは自分の海色の髪を一房手に取って見せた。

「前に、聞いたことがあります」
「よかった。ハーフって少ないらしいから、わかってくれたら話が早い。
 わたし、今はこの船の水の民の里に住んでるんだ」

 正確には、里と庵って名前の拠点の二つがあって、リディアが暮らす場所は庵という。その両方を統括する、長のじいちゃんは堅苦しいから好きじゃない。

「船に水の民の集落があるんですか?」
「うん、遺跡船なんだけど人がいっぱいいるよ」

 それで、君に提案なのだけど。と。

「ここから逃げ出したら一緒に里に来てほしい。わたし達ははぐれた仲間を見つけるために動いてるの」

 シャーリィは「でも、」と戸惑った。きっと気がかりなのは……

「お兄ちゃんが……」
「お兄さんとも話をしよう、勿論追いかけてくるんでしょ? きっと大丈夫。陸の民と水の民で別居になっちゃうけど、同じ遺跡船に居れば会えなくなるわけじゃないよ」
「どうして……陸の民を“お兄ちゃん”って呼んでいるのに、不思議に思わないんですか?」

「慕える人がいるのは幸せなことなんだよ。わたしもね……あれ、なんて言おうとしたんだっけ。なんだか、すごく大事なこと忘れてる……?」
「リディアさん……?」

 違うんだ。そんな、戸惑った顔をしてほしいんじゃ無いのに。

 代わりの言葉が見つからないところに、扉の開かずが開いた。朱赤の髪の隻眼の男と、炎色をした犬みたいな魔獣だった。

「噂じゃメルネス言うんは、人間と違うっちゅうことじゃったが……。こうして見ると、違いはわからんの。人の姿に化けとるだけか?」

 そう言うと、魔獣は男の言葉がわかったように此方に近づきふたりの少女の匂いを嗅いだ。
 クーン。どうやらリディアも人間判定らしい。

「どうやら違うようじゃの、これは意外じゃったわ」
「ここから出してください」

 シャーリィが懇願するように言う。目的のある者には何を言っても無駄なんだろうけど、素直に言うことを聞く義理もない。
 対照的に睨んでみるが、流石に三度と来れば半裸も慣れた。

「ワイの頼みを聞いてくれたら、そうしちゃってもええぞ」
「頼みって……なんですか?」
「ワイが遺跡船に来たんは、”聖爪術”を自分のもんにするためじゃ」
「清掃術?」
「ワレなんか漢字違くないか?」
「いや気のせい気のせい」

 半笑いでかぶりを振る。

「爪の輝きは七色に及び、その威力は海をも押し返す。爪術の究極奥義、聖爪術! どこにあるんか教えてくれや、嬢ちゃん達」
「七色に光る爪?マニキュアでも塗ってればいいじゃないの」

 リディアが、ベッドの隅に置かれていた物を投げた。どうやら不法投棄攻撃の末に意識を失う寸前に握りしめ、以後ずっと持っていたらしいそれを、モーゼスは今度はしっかり手でキャッチした。

 正体は小瓶で、中身は虹色をしていてラベルには子供っぽいうさぎのキャラクターと共に『ピカピカマニキュア』と書かれている。

「こんな子供騙しと違うんじゃて!」
「うん、どうでもいいよ知らないもん。君さ、どうしてそんなに力に拘るの?」

 力なんて、持っていても代償を伴うだけ。
 代償を恐れ、禁忌とするか。もしくは――

「ワイは聖爪術で家族の絆を守りたいんじゃ!」
「「家族……」」

 リディアとシャーリィの言葉が重なる。

「ワイはゴツい盾になれるわけでもなければ、何人もいるわけでもない。ワイも仲間も戦えてもおっきい地崩れなんてあったら生きてる保証は無い。だから大きな力で家族を守りたいんじゃ」
「ふーん、なんかすごいね」

 シャーリィはどう思ってるかわからない。だがリディアにとって、家族と呼べるものはこの世の者では無かった。

 兄が居た、死んでしまったけど。

 その事実だけはあっても、顔なんてものは思い出せないし、憂いも執着すらも無かった。

 家族が居るってどんな気持ちなんだろう?
 聞いてみたかったけど、なんだか傷つく気がして聞くことが出来なかった。

「そうじゃろ? だからはよ教えてくれんか、聖爪術の在り処を!」
「わ、わたし……知りません」

 はあ、なんだかもう帰りたい……。



(どう?ピカピカしてるでしょ)(おぉ!これは、この輝きこそ聖爪術……ってんな訳あるかい!!)(一瞬騙されてましたよね…)(失礼します!……アニキ!遂に聖爪術を手に入れたんですね!!)(賊ってみんなこうなの……)

 チャバさん出したかったのにチョイ役でバカっぽくなっちゃってごめん……;;


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -