02

 白髪の少年と翼の男が戦闘を繰り広げている中、こちらも闘いの真っ最中だった。

「いやーーー!!!」
「なんじゃて! まだ何もしてないのになして攻撃すんじゃ!?!?」

 バリン、ガシャン

「まだって言った! 何するのこの変態!!」
「へんたっ……ワレ言うていい事と悪いことがあるんとちゃうか!?」

 ドカッ、ベチャッ、ピコピコ〜

 ――鞄の中の、ありとあらゆるものを投げつける攻撃!
 タオルにノート、小瓶やグミ袋。ピコハンなんてものまで稀に投げて、己が変態と呼んだ男の頭の周りをピヨピヨが駆けていく――尽きることない不法投棄は、リディアがいま出来る我武者羅な精一杯の抵抗だった。

 ぐるぐると、リディアの目は焦点が定まっていない。目尻に浮かんだ涙は、己を守るため振り乱した濡れ髪の雫と共に宙を踊り、これが汗なのかベソなのか判るまい。

 やはりか、この少女は混乱状態である。


「いやー! いーやーー! へんったああぁあぁああぁい!! ……あっ」

 いつの間に距離を縮めたのか。
 半裸で、赤髪隻眼の男に首根っこを摘まれた。
 まるで猫のような体制に足をじたばたさせるも地にもどこにも届かない。
 リディアは捕まってしまった。

「ほれ捕まえた! まったく、元気なちびっ子じゃの」
「なっ、ななな……」

 そのまま持ち上げられ、男の正面へ。顔が互いに同じ位置になるように持ってこられた。

 至って健康そうな顔の褐色が、鼻と鼻がくっつきそうなくらいに近くなる。
 朱赤の髪色と同じ宝石のような片目が、リディアを値踏みするように細く歪んだ。

(待って待って! 近すぎだって!)

 リディアの顔に熱が集まる。
 男が手刀を打とうと、リディアを地面に降ろしたと同時。

「すまんが眠って「……きゅぅ。」

 リディアは、あまりの熱量に意識を失った。その身体を、傍に控えていた狼とも取れる生き物が受け止める。

「あっけないのぅ」


☆☆☆


 頬に風を感じて目が覚めた。

 最初に視界に入ったのは揺れる地平線、高速で流れる景色。

 そこで初めて、リディアは自分が捕えられ運ばれていることに気がついた。
 狼のような身体の、けれど毛の柔らかい犬型の魔物の背に跨るようにして寝かされている。

 そんなリディアの背中にも、もうひとりの乗客が居た。さっきの女の子だ。

(何が目的なんだろう。身代金、とかじゃないよね……?)

 進む方を向くと、自分達が乗せられた魔物の亜種だろうか――燃えるような赤毛の獣に乗った、先程の賊の男が見える。

 正直半裸は止めて欲しい、心臓に悪いじゃない! 恥ずかしくないの!? 目に毒よ! などの恨み言を念にして後ろから送り続けたが、とうの相手は気がつくことは無く、大きなくしゃみをひとつ。
 振り返ることも、進むのを止めることも無かった。

 問題を打開するべく、無言の抗議をすることを諦めたのは致し方ない。
 だがしかし、背中にもうひとり居るからこそ、逃げ出すことも出来ない。

 詰みな現状にため息を吐く代わり、リディアは"遣い"を送り出すことにした。


 右の掌を表にして念じれば、嵐の海よりも濃く、しかし闇色ではない――夜明けの色の鳥型が二匹姿を現した。
 それは進んでいるリディアに追い抜かされ、一度確認を取るように近づいてからまた飛び立った。


 一匹は後ろの少女をきっと追ってくる白髪の少年に。

 あと一匹は……なんだっけ。


 はて、と首を傾げる。
 後ろの少女がずり落ちそうになったので慌てて首を戻した、さっきからずっと眠っている。

 まあいい、"こんなこと"は日常茶飯事だ。
 リディアが必要だと思えば必要なんだろうと。そう思っておけば、今までは上手くいっていたのだからと――思考を纏めた異能の少女は、再び意識を落とした。


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