ゾンビらしくないといわれたけど、言っている意味がよくわからないのは愛男が馬鹿だからだろうか。

「愛男チャンー」

ふらふらと右手首のない袖を振りながら近づいてきたのは自分より背丈が低い男の子。胸あたりにゴツンと硬い感触がしたのはきっと石のように硬い額を打ち付けてきたからだ。ソファでうなだれていた上体を起こしてぼりぼりと髪の毛をかく。その際、ニヤニヤとしたハニーの顔がしっかりこっちからも見えた。

「どうしたのハニー」

「暇。暇なノ。構ってくれてもいいんだヨ」

あくまで自分が上だと言わんばかりの口調に二の句が告げない。にひっと口が裂けるんじゃないかと思うぐらい嘲笑うハニーに愛男は心の中で囁きかける。

ハニー。ハニーみたいに感情の起伏があからさまなほど激しいヒト、ゾンビが羨ましい。

怒る時は縫い目がさけるんじゃないかってぐらい口角や目を釣り上げて包丁で威嚇する。悲しい時はみんなに背中を向けて哀愁を漂わせて。笑う時は目を細くしてカラカラと腹のそこから声を出して机を叩いたり。

「何して遊ぶ」

ハニーは自分のことをゾンビと嘲り皮肉を吐いてるけど君は人間らしい方だと愛男は思う。

喜怒哀楽が激しく愛を抱いたりモノを欲しがったりするのが人間だから。

ゾンビらしさっていうのは分からないけど結局のところヒトと大差ないんじゃないか。

「ゾンビごっことかドーヨ。ゾンビみたいにヒトの肉をいっぱい食べたほうが勝ちって言うゲームとかドーヨドーヨ」

ハニーにいったらものすごく酸っぱそうな相貌になるから言わない。言えない。ハニーはきっと憧れてるんだ。自分たちにはない心臓や血液呼吸器官を正常に作用して五体満足なヒトを。温もりのあるヒトが羨ましくて仕方ないんだ。

ただもう自分には手に入らないことがわかってるから執拗に己をゾンビと言い張る。己に言い聞かせて洗脳デモしているように愛男には思えた。

ハニーの行動の意味は理解している。納得はしていない。愛男には分からない。

「愛男達はもうゾンビ」

だってヒトどころかゾンビにすらなれない愛男にはどちらも手が届かない代物だろうから。

生きている意味もなければ死んだ意味もない。現状に流されて意思なんて持たずに風に流されていく綿毛のようだ。どこに辿り着くのかは運命の赴くがままに。楽な選択肢は常に何も選ばないというものだった。

「あっそうだったネ。ゾンビらしいことしないからすっかり忘れてたヨ」

おどけるように笑ったハニーが愛男の隣に座った。その際当たり前のように膝に添えられた左手に首を傾げる。

自分が死んでいるのか生きているのかすら時々分からなくなる。ゾンビって生きているのかな。

境界が曖昧になって口を開けてだらしなくよだれを垂らす虚ろが愛男に手招きしているようで。いや、もうそこに飲み込まれているのかもしれない。

「そう」

「デサデサ。聞いてヨ。さっきピンとミリが二人でヘアカタログ見て盛り上がってたんだヨ。どこから拾ってきたのカナ。どうせヒトの落し物ナノニ。俺たちはゾンビなのにネ。ヒトのお洒落なんて参考にして何が楽しんだカ」

気づかないうちに既に手遅れになっているのではないか。ここにあるのは無。虚無がひたすら広がっている世界で夢を見る。腕を広げて曇った視界に映る黒い影の名前は。

ここが最終地点ならそう悪くはないかな。なんてことを考えるのは堕落している証拠であろう。底が見えない沼へとはまっていく感覚は、思ったより悪くない。

「べつにー俺はそんなことしなくテモ、充分可愛いからいいんだけどネ」

そんな愛男にも言えること。狭間で微かに胸を上下させている中途半端な愛男が思うこと。

「ハニーはハニーらしいままでいい」

きょとんとあっけにとられたハニーの相貌が、みるみる赤くなってふるふる震え始めた。それは照れなんかじゃなくて。面白い話を聞いた時のような笑いを堪えている様子だった。ついに爆笑のダムが崩壊して室内にハニーの笑い声が響き渡った。

「アッハッハッハッハッハ!愛男ちゃん面白いこと言うネ!そんなところキライじゃないヨー」

腹がよじれるほど笑った後ハニーは満足そうに何度の頷いた。ハニーの暇を潰すことに知らぬ間に成功していたらしい。

それはそれは楽しそうに肩を強く叩かれつづけ、愛男はむっすり口を噤んでみた。



ただ、君らしい君が眩しくて




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