昔、昔、あるところに一体の人形がいた。

人形作りはその人形に自らの魂を裂き、熱を分け与え、瞳に色彩を灯し、生命の息吹を吹き込んだ。

人形作りの呼吸を映されたマリオネットは恐ろしさすら覚える美貌をもっていた。

魔獣をも虜にする澄み切った美声。捉えるもの全ての存在意義を問いただす淡い虹彩。すらりとしたシミ一つない滑らかな肌。艶やかさが照らす宝石のような髪。美を凌駕した美しさがそこにはあった。

まさに完璧なるドールの存在。そう人形作りは感嘆に浸った。自分が求めた究極が己の腕で生み出せたのだ。これ以上の喜びはない。ないはずだった。

しかし人形作りは最大の過ちを犯してしまった。マリオネットは欠陥だったのだ。透き通る青を思わせる至上の美貌を持ったマリオネットは欠陥品だったのだ。

唯一つ、たった一つだけ。マリオネットは必要のないものをもってしまった。

美しきドールの定義とは、見た目はさることながらそれ以上に大切なものがあった。

ドールというものは人とは隔離されたモノ。人間界のしがらみから解き放たれるための現実逃避のものでもある。俗世にあるものなど誰でも作れる。普通の人間が触れた瞬間から絵の具一つでさえ染まってしまう。誰も作れないモノとは。つまり人間ではないもの。

人形作りはそれを求めた。穢れた人間とは全く異なった存在を求めた。真っ白なシーツに皺の一つもないかのように。波飛沫がない広大な大海原のような。まだ何も描かれていないキャンバスのような。

喜びも憎しみもない。無の心を穿ち有に相対する人とは正反対のモノを生み出したかったのだ。

だがしかしそのマリオネットは「ココロ」をもって生まれてきた。人形を作った穢れた人間に恋をしてしまったのだ。愛を覚えてしまったのだ。

人形作りは絶望する。恨むのは自分かマリオネットか。いいやマリオネットは何も悪くないはずなのだ。最期の最期で踏み外したのは自分のせい。マリオネットはなるようにして心を持ち愛してしまった。愛されてしまったのは紛れもなく自分のせいだ。

そう分かっていても人形作りはマリオネットを愛せなかった。理性が理解していても本能が拒絶する。求めていたものと違った現実を受け入れたくない。人形作りはマリオネットから視線を外した。

だがマリオネットはそれを理解できない。彼は愛しか知らない。愛しかいらないのだ。たとえあからさまに拒絶されてもマリオネットはおろかな人間を愛しただろう。最初のうちはそれでよかった。

しかし愛を知ったマリオネットは次に欲を覚える。自分ばかり愛を歌っても人形作りには届かない。耳を塞ぎ唄を拒否し自分の殻に閉じこもる。殻の隙間に指を挟みこんでも握りかえってくることはなかった。

愛して欲しい。自分と同じように愛を知って欲しい。その愛を。自分に向けて欲しい。

一心でマリオネットは人形作りに求めた。自分だけの愛を。無償の愛を訴えかけた。

「ワタシばかり愛するのは、ツライ。とてもツライこと。アナタからも、アイが欲しい」

毎日のように囁くマリオネットに返す言葉はいつも同じだった。困ったように微笑み視線は斜め下。決して見つめようとはせず落とす言葉の意味は一緒だった。

「ごめんね。僕は貴方を愛することができない。僕の求めたモノじゃない君を、どうしても愛せないんだ」

切なそうに時に涙を滲ませながらやんわりと距離をとられても、マリオネットは諦めなかった。諦めるということを知らなかった。とにかく愛が欲しい。それだけだ。それだけなのに届かない。人間の愛は汚れていると人形作りは言った。それでもいい。いっそ殺されたい。それが愛というならば。

「何故君は僕を愛すんだい」

人形作りの質問にマリオネットは表情一つ変えずに答える。

「理由なんてアリマセン。ワタシはアナタを愛している。それだけデス」

そういうと人形作りは必ず泣いた。大人げなく両方の目から雫を落とすその姿を、マリオネットは名も分からない感情を抱きながら見つめた。

月日は立ち何度も同じことを繰り返したマリオネットは今日も人形作りの元へといく。勿論愛を囁くためだ。

古い木のドアを押し開け中に入る。そこには背中を向けて椅子に座っている彼がいる。今日もいた。マリオネットはゆっくり歩み寄り小さく呼びかける。返事がない。おかしい。いつもは弱弱しい声で返ってくるのに。

「ワタシはアナタに愛されたい。そのためなら、どんなことでもしましょう」

マリオネットは違和感を覚えたがいつもどおりに求めた。返事は依然ない。マリオネットは囁き終わると部屋を出た。

翌日も同じ時間帯に部屋に訪れた。同じ体制で人形作りは座っている。

「どうすればアナタに愛されるのでしょうか。そのためならば、ワタシの全てを差し出しましょう」

吐息は聞こえてこない。マリオネットは部屋を出る。翌日も翌日もその翌日も愛を訴えかけ続けた。返事が返ってこなくなって約一ヵ月後。その日もマリオネットは扉をゆっくり押し開けた。埃臭い室内で人形作りは倒れていた。椅子から転び落ちたような体制で倒れていた。

マリオネットは足音をたてずに歩み寄った。膝をたててその場にしゃがみこむ。人形作りは深く目を閉じていた。やせ細った頬には肉がなく肉はところどころ腐り落ちている。マリオネットは顔色一つ変えず瞼をそっと開かせる。

深い光沢を称える金色の瞳に思わず息がもれる。

「ああ」

やっとこの人の目を見れた。やっと自分を見つめてくれた。やっと自分を愛してくれたのだ。

マリオネットは錯覚する。そっとやせ細った男の身体を持ち上げて腕の中におさめながら求め続けた愛を手に入れたことに対して涙をこぼす。

「アイ、しています。ずっと。これからも」

返事はなかったが、マリオネットにとって無言は肯定の一つだった。

マリオネットは創造する。

己の意図でココロ動かせる愛、世界を創造した。

例えもう叶わない愛だとしても。マリオネットは想像する。

もしこの人が自分を愛し同じように愛を囁いてくれたならば。

これからマリオネットは永遠に空想の中で人形使いに愛されるのだろう。そしてマリオネットも愛すだろう。何十年も何百年も。愛す人が骨だけになっても。マリオネットの動きが止まるまで。錆び付くまで永久に幸せは続く。

「愛してるよ。クレアシオン」

空想と現実が混ざり合う中、人形作りの声が聞こえたような気がした。



クレアシオン・マリオネット





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