02

「僕はビスク=オーロラ。お願い。僕のお母さんとローズをっ…!バー・ミリオン村を助けて…!」

ビスクは藁にも縋る思いで目の前の傭兵二人、レイドとブイルに頭を下げた。

ビスクが生まれ育ったバー・ミリオン村は、何の変哲も無い朝を向かえ、昼を迎えようとする直後、隣国のザンジバールに襲撃をされてしまった。ビスクは母親に言われタンスの中で暫く息を潜めていたが、やがて外に出てその凄惨な風景に言葉を失ってしまう。

そこでレイドとブイルと出会い、今こうして自分のためにも、そしてこの村のためにも少年は助けを求め、深く頭を垂れている。自分を助け、何処かで捕まっているであろう母。そして友人のローズとまた生きて再会できるなら、こんな頭何度だって下げてやるつもりだった。

後頭部に二人の視線が無言で突き刺さる。もう一度頭を下げようと思い顔をあげようとすると、頭に掌が置かれた。恐る恐る見上げてみると、レイドがビスクの頭をそっと撫で、口元を微かに笑みの形に染める。

「勿論」

短い一言だが、言葉に込められた真意が感じ取れた。ビスクは瞳を潤ませ、つられたように白い歯を見せた。





「それでこれからどうするレイド」

ブイルはそんな光景を冷ややかに見つめながら、浅く息を吐き出した。

「連れ去られた村人達を助け出す」

「なに当たり前のことを言ってる!どういう手段で取り返すか聞いているんだ」

周辺に転がっていた樽を横に転がし、ブイルがその上にどかりと腰を掛ける。長い足を組んで溜息をつくブイルが怖かったのかビスクはレイドの後ろにそっと隠れた。ちょっぴり優越感を覚えながらレイドは「あー」と間延びした声を空に吐き捨てる。

「敵兵を見つけて居場所を吐くまで殴る」

「さっきやったばかりだろ貴様力加減を間違えて何人の前歯を折って話せなくした?」

「5から先は覚えてない」

「役立たずは引っ込んでろ!!!!」

「やんのかチビ!!」

また怒鳴りあいが始まり、ビスクは二人の間でどうするべきか真剣に悩んだ。喧嘩を止めようにもビスクの細腕では一瞬で弾き飛ばされるのがオチだ。何とか直に頭に血が上るこの二人を冷静にさせるかが問題だ。ビスクは頭を捻り、うーんと唸ったが彼の脳味噌では解決策は生まれなかった。

「レイドとブイルは傭兵って言ってたけど、傭兵ってなんなの?」

だから純粋に質問をぶつけることにした。青筋を浮かべてお互いの胸元を掴み睨みあっていた二人はビスクの疑問にピタリと動きを止める。

「傭兵って言うのはお金で雇われた人達のお仕事を受ける軍人のこと」

お互いの胸を突っぱね距離をとったレイドが明後日の方向を向きながら言った。

ブイルは軽やかに舌打ちをしながら乱れた軍服を調える。視線はまだレイドのことを殴りたいと言わんばかりに殺意が見え隠れしていた。とことん二人は馬が合わないようだった。こういうのを犬猿の仲というんだったか。ビスクはローズに教えてもらった言葉を思い出し、一人で納得する。

「つまり何処にも属していない軍人だということだ。金さえもらえればどんなヤツの依頼だって受ける。今回はお前たちの国、から依頼を受けたが、ザンジバールに先に雇われていたら、俺達はこの襲撃に加担していたということだ」

淡々と吐かれたブイルの一言に、ビスクは驚きで顔を染め上げる。頬の筋肉を引きつらせ、信じられないものを見るような眼差しと、幼いながらにも明瞭とした侮蔑の二文字を孕んだ瞳を浮かべた。

「酷いよ何の罪も無い人達を傷つける依頼も受けるなんて!」

「酷くない。それが仕事だ」

「でもそんなの絶対におかしいよ!軍人さんって人を守る為に働くんでしょ?」

「違う」

低い声音にビスクはビクリと目を閉じ、振り返る。

「軍人は、自分の中の大切なものを守る為に、戦うんだ」

そこまで黙っていたレイドが首に下げているドックタグを掌で握り締め、ここではないどこかに思いを馳せながら一人心地に呟いた。

哀愁を飲み込み、見上げる空の青さが風を呼び込む。ふわりと前髪が持ち上がり、宝石のような色合いをした赤い瞳が除く。魔性とも表現すべきか、それとも滴る雫と例えればよいのか。眩い双眸に無意識のうちに見惚れていたビスクは夢を見ている気分だった。一体、あの二つの宝石は何を見て、何を思いながら答えたのだろう。

合点はいっていなかったが、踏み込んではならない立ち入り禁止区域に入ってしまったようだ。いいたいことはたくさんある。それら全てを喉下に押し戻した幼い少年を、ブイルは鼻で笑い飛ばす。

「ビスク。ここら一帯にそこそこ広くて隠れられるような場所はない?地図を持ってきたんだけど。ブイルの奴が興奮しすぎて破っちゃったんだ」

ビスクの低い視線まで膝を曲げ、レイドは同じ目線の高さを意識がける。子ども扱いをされているが、ビスクはまだ子どもであるし、この対応が彼の恐怖心を少しでも和らげることになれば良いと考えた。

「予備を忘れた貴様にも非があるぞレイド!」

自分ひとりの失態にまとめられそうになったブイルが吼える。ブイルとレイドはこの周辺の地図を所有していた為、自分がなくしてもレイドの物を使えばいいと思い込んでいた甘さに頭を抱えた。

「地図なんてあんまり分からないから、置いてきていいかなって」

「いいわけないだろうだから貴様は脳味噌まで筋肉で出来ているのか!」

「わわっ喧嘩しないで!地図かぁ…改めて言われればわかんないなぁ…」

うーんと首を傾げたビスクだったが、ふと一人の友人の顔が過ぎる。書物が大好きで本と結婚したいと豪語していたあの変わり者のローズの笑顔が。

「そうだ!僕の友達のローズなんだけど、ローズの家にはね沢山の本があるんだ。そこでなら地図ぐらいあるかも!」

「ふむ。本か」

ブイルの顔色が一瞬、淡い歓喜で染まった。その表情は、ローズが本の話をする時とどこか似ていて、この人も本がすきなのかもしれない。

「そこならばあるかもしれん」

今はそこに行くしかないのかもしれない。ブイルは小さなビスクを見下ろしながら考えた。

地図が無ければ手当たり次第に奴らが潜んでいるであろう場所を捜索しなければならない。その手間隙と、大仰に行動してしまえば先に此方のザンジバールの兵士達に発見されてしまう危険性を慮ると、地図を手に入れ大まかな探索場所を決めてから行動したほうがいいに決まっている。

運が悪いことに、ブイルとレイドの部下達は別行動をしていた。落ち合うにはまだ時間が早すぎる。先程の戦いで壊れてしまった通信機を名残惜しげに触ったが、使い物にならなくなったゴミを足の裏で潰した。

「よしそこにいくか。ビスク案内しろ」

「本当にブイルはいつも偉そうだね。だから怖がられるんだ」

「なにか言ったか筋肉馬鹿!」

行き先も決まり、本格的に動き出すことになったんだとビスクは少しの緊張を感じていた。ローズの家は何度も行ったから目を瞑っていても辿り着けるだろう。しかし村人達を救うには、ビスク本人の力も無ければ達成できない目標だということを、何処かで怯えていた。責任、重圧。ビスクは震える手を押さえつけ、二人の傭兵を案内する。

変わり果てた村を駆け抜けていく。その際、幸いにも敵兵とは遭遇しなかった。周辺の敵兵を倒したといっていた二人のお陰だろうか。

「なんだ貴様私の前を走る気か随分偉くなったなDランク風情が」

「Aランク様は随分と足が遅いことで」

「あまり変わらないだろ!なんだ此処で決着をつけてやってもいいんだぞ潰す」

「望むところだこの依頼終わったら覚悟してろ」

ちらりと振り返るとぴったりとくっついてきているレイドとブイルがまた言い争いをしているところだった。もう呆れて何もいえない。本当にこの二人は強いのだろうか?レイドの持っていたナイフが赤く染まっていたことぐらいしか、まだ彼らの実力を測るものがない。この二人に任せても大丈夫なのか不安になってきた。

「あっあれがローズの家…っ」

ビスクは心の奥で思いながら見えてきたローズの家を指差した。真っ直ぐ差された指先が硬直する。驚愕は指先だけではなく全身に汚染していき、ビスクの動きを完全にとめた。

「どうしたのビスク」

突然立ち止まったビスクの肩に手を置くレイド。ハッと我に戻り「あっあれ」と声帯を揺らしながらローズの家を何度も突き刺す。レイドとブイルはつられるように視線を動かした。平地より高い位置にある丘の上になかなか豪華な家が建てられていた。この村の一般的な家屋に比べ、明らかに大きく、ビスクの友人のローズとやらは裕福な家庭に育ったことが伺えた。

「………襲撃の跡がほぼないだと?」

しかしそれ以上にブイルは違和感を覚える。他の家は見る影も無く壊されているというのに、ローズの家だけやたらと綺麗なまま残っていた。屋根は原型を留めているし、周囲に薬莢が散らばっているなんてこともない。意図的に残された、と考えるのが妥当だろう。

そして今、その家に入っていく人影が見えた。一人はスーツを着込んだ40代半ばの男。後ろ手に縛られているのが確認できる。その男を追い立てるようにして数人の軍人が後ろに控えていた。深い紫の色合いをした軍服に、ザンジバールの兵だと察する。

ブイルがビスクの頭を無理やり地面に伏せさせる前に、レイドがブイルとビスクの頭に手を添え伏せさせた。ビスクは軽くおでこをぶつけただけでだが、ブイルは強かに鼻を打ちつけ「ゴハァ」とうめき声をあげる。

「御免少し強くやりすぎた」

「絶対わざとだろ貴様マジで殺す…」

呪いの念をぶつぶつと吐き出しているうちに、最期の一人が家の中に入っていくのを確認し、レイドは二人から手を離した。

「ザンジバールの敵兵達はお前の親友の家に用があるそうだが、心当たりはあるのか」

「お父さん」

間違えるはずが無い

「なんだと?」

ローズと一緒に遊んでいた部屋の隅で、穏やかにビスクたちを見守ってくれていた優しい相貌。ローズに本を与え、自らもまた文字の虜になった。だからきっとビスク君も読書の魅力が分かる日が来る。そんな日がきたら、取って置きの本を貸してあげよう。そう恥ずかしげに約束してくれた柔和な笑顔が、脳裏に蘇る。


「あれ…!ローズのお父さんだ!」




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