無言の圧力が幸せだった。
己の失態を理解しながらも、こんなにも幸福に全身を優しく抱きしめられているような感覚に陥るのは、オロガが特別主人に対しての愛が強いからに違いない。
いつもはさざなみ一つ無い真冬の海のように変わらない表情筋が緩まないようにするのに必死だった。
「オロガ、私が今なんていったのかわかってる?」
震える頬を内側から噛み締め、何とか堪えているオロガに、コルドが問いかける。
金色に揺れる髪の毛が天井に吊り下げられている電球の灯りを反射している。その眩しさに目を眩ませながら、オロガは顔をあげた。
「申し訳ございません。宜しければもう一度おっしゃってくださいませんか」
「ちゃんと話聞けよ説教中になに考えてんだ!」
「大変申し訳ございません」
怒気が篭った叱咤に再度謝りながら頭を垂れる。我が主の機嫌を損ねてしまった罪悪感が確かにそこにはあった。コルドのぬいぐるみを抱きしめる腕に力が篭る。
しかしそれ以上に、胸を支配する感情が、オロガの何かを刺激し続ける。
悲しみや苦しみや落ち込むというマイナス的分子を通り越し、本来ならあってはならないものを見出してしまったオロガにとって、この空間はとても居心地がいいものだった。
だがそれを前面に出して表現してしまうとますますコルドのテンションが下がることは間違いなしだ。下手をしたら拳銃が飛んでくるかもしれない。それはそれで大変美味しい状況になるのだが、とにかくオロガはこれ以上コルドの怒りに火を注ぐ真似をしてはならなかった。
「もう一回、なんで許可無く独断行動に走ったか一応訊いておくけど、どうせ大した理由じゃないんだろ」
「ボスの事を貶めたのでそれ相応の罰を奴らにも与えただけでございます」
「ほらちっとも大したことじゃない。そいつらがなんて言って私を馬鹿にしようともな、お前一人の行動でファミリーが危険に晒されることもあるかもしれないんだ。まあお前の仕業だとばれないようにはちゃんとしてきてるとは思うけど。ピアノ線はちゃんと洗っておいてね。因みになんて言ってたのあの斬殺死体達」
「コルドファミリーのボスは背丈が随分低いと」
「それは殺していいよ」
即座に態度を変えた主にオロガは小さく息を吐き、コルドの顔を片目で見据えた。
「此度の勝手な行動、深くお詫び申し上げます。しかし」
よろしければ。次から許されるのであれば。
オロガは少しだけ口角をあげ、眉根を寄せた。自分の主を馬鹿にされ、平気で居られるような忍耐を持ち合わせちゃいない。
それは全て、コルドへの忠誠心が物語っている。自分がした行動に間違いは無かったと誇っていた。塵芥すら原型を留めないほどに、コルドを嘲笑った敵を切り刻んだとしても、オロガの良心を痛ませることはなかった。
「どうか。この私を許して下さいませんか」
しかし、それも、全てコルドが許してくれなければ、何も始まらない。
主君に自らの存在を許容してもらわなければ、何の意味も無いのだ。
「仕方ないなあ。今回は注意だけにしておこうと思ってたし、いいよもう。次からはちゃんと私に言うように」
コルドはオロガが腰を曲げひたすら頭を垂れる姿を暫く眺めていたが、根負けしたように腕の中のぬいぐるみをオロガに向かって放り投げた。
「ファミリーの失態を許すのがボスの役目だし」
丁寧にそれを受け止めたオロガに、コルドは立ち上がりながら答える。主の温もりがまだ残っているぬいぐるみをしっかりと離さぬよう抱え、オロガは安堵の念を覚えた。
オロガの行動に是非をつけるのはオロガではない。善悪もひっくるめて決めるのはコルドだという事実が、こんなにも幸せだった。
「あとオロガ。一つ言いたいことがあるんだけど」
「なんでしょう」
「お前の大量の涎で床汚れてるからちゃんと掃除しとけよ次こんな真似したらマジ許さないから」