08

ローズは目の前に現れた救世主ともいえる男達が、フリー傭兵部隊と名高い「Intricacy MercenaryeS」だということを、再会した父親から教えられた。

父親、オレットは少し疲れた顔をしていたが、今後の生活に響きそうな怪我は見られなかった。違うテントに詰め込まれていた母親の姿も見つけ、ローズの前身から緊張が解ける。

「あああよかったあああうわああん!しぬかとおもったよおおお」

強がっていたローズだったが、まだ幼い子どもだ。訳のわからないまま、見覚えのない兵士達に拉致され、尋問を受けたローズにとって、この事件の裏側にある全てを語られても正直言ってちっとも理解が出来なかった。

死の寸前まで追い詰められ、生死の概念すら分からない状況にまで詰め寄られたのだ。自分自身の安全が確保された瞬間、ため込んできた恐怖が涙となって止めどなく流れていく。

「ごめんよローズ。私のせいで怖い思いをさせたね」

そんな自身の子どもの涙をすり切れた指でぬぐい、その背中をなでる。小さな背は震えていて、大切な我が子の命が確かにここにある幸せをオレットは噛みしめるように何度もあやす。

「ハッ。全くだ。こんな茶番に付き合わされたなどと信じたくもない」

オレット親子を鼻で笑い飛ばし、ブイルは鋭い眼光で気を失っているプラムを見下ろす。

敗北兵と身を堕とした敵上官は今や完全にその意識は闇の中だ。逃げられぬよう、両腕を縄で縛っている。それでも逃走しようとしたならば、ブイルの逆鱗に触れとがった靴先で蹴られるに違いない。プラムがそこに気づかぬほど馬鹿ではないと祈るだけだ。

だが残念なことに、一応こいつらが今回の雇い主だ。雇い主をぼっこぼこにしたとあっては、傭兵組織の名にヒビが入ってしまう。

だが、こいつらから頼まれたのは「バー・ミリオン村にはびこる敵部隊を最前線で押しとどめよ」という指令内容だったので、無事完遂したとも言える。

どっちにしろ、道理の通っていないミッションを依頼した紫の国、オックスブラッドだ。国の名に傷が入ることは間違いないだろう。

この不安定な情勢の中で、つけいる隙を見逃すほど各国の監査機関は甘くはない。そのどの国にも属し、時には敵対もする中立部隊である「Intricacy MercenaryeS」の処分がどうなるかは、ブイル達の上層部が決めることだ。ブイルは最後までこのミッションを終わらせることだけ考えていればいい。

「こんなお荷物まで抱えることになってしまうなんて、俺の完璧な作戦内容にはなかったのだが」

「・・・完璧な人間が、地図を破ったりする?」

「煩いぞ筋肉馬鹿が」

砂まみれになって転がっているプラムの阿呆面にイラッとしてブイルは暑い靴底で顔を踏みつける。「んぎぇ」と気持ち悪い声が発せられたがブイルは完全にスルーした。

「・・・ねえ。ビスクはどこ?」

「避難させているにきまっているだろうが」

「あの子・・・きっとビスクの友達だ。会わせてあげたほうが・・・」

気遣いの心を見せるレイドの言葉につられたように、こちらに走ってくる小さな影を見つけ、途中で口を閉ざした。

巻き起こる砂塵が雲の隙間から覗いた日光に照らされキラキラ輝いている。前が見えない中、必死に走るビスクの息は荒い。どくどくと心臓が煩い。大きな石に蹴躓きかけ、バランスを崩しかけるが、そんなことよりも前へと、前を目指した。方向感覚が狂わされ、どこへ向かっているのかも分からなくなっていたが、友がいる場所へと。死が別つかもしれなかった友人との再会を果たすべく、ビスクは走った。

「ローズ!」

目元にたまった涙を隠そうともせず砂塵をくぐり抜けた。ブイルやレイドの視線を感じたが、今はオレットに抱きしめられているローズの姿しか映らない。ビスクの暴れていた動悸が、一層高く鳴り響く。

自分の名を呼ぶ声に気づいたローズが父の胸から顔をあげる。ローズも涙を隠そうとはしなかった。泣きながら、目にとまった友人に、笑顔を浮かべていた。

「ビスク!」

オレットから離れ、スカートの裾をふわりと広げ、自らも距離を縮めていく。

重なり合う視線と視線には、今は二人の親友しかいない。ビスクの方が勢いはついていたはずだが、ローズの脚力の方が勝っていたらしい。砂埃を巻き起こしながら走ってきたローズの勢いの強さに、なぜかビスクがひるんでしまう。

「えっうわあ!」

飛び込んできたローズを慌てて抱き留めようとしたビスクが尻もちをついた。ローズの体重をまともに受け止めたビスクは目を回したが、

「ビスク無事だったんだね!よかったぁ。アンタ真っ先に死にに行くタイプだから心配してたのよ!」

「ひどい言われようだなぁ。ローズこそ捕虜になっている時、反抗したりしなかった?気が強いからね」

「なんでバレてるのよえっち!」

「エッチと言われる意味が!」

「感動の再会をしている途中で悪いが貴様はオレットの娘のローズでいいんだな」

ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた子ども二人に威圧的な態度を見せるブイルの後ろでこっそりレイドが首を横に振っていた。初対面のローズはそんなブイルの言葉が勘に触ったらしく、むっと頬を膨らませる。

「何よお兄さん。助けてくれたのは感謝してあげるけど、偉そうな口調はやめてちょうだい。あたし嫌いなのよ偉そうな人って」

「感謝しているなら少しはそれを表に出したらどうだ。それでは大人になった後、困ることになるぞガキ」

「残念ながらあたしたちはまだまだこれから伸びしろがあるから。お兄さん達と違ってね!」

「ローズ、やめなさい。パパとお前達の命の恩人だぞ」

ヒートアップしていく応酬にオレットが間に入る。父の諫めにローズは「ふんっ」とそっぽを向いてしまい、ブイルが肩眉を上げた。だが罵倒を飲み込み、黙り込む。レイドはこっそりホッと胸をなで下ろした。

すると眼鏡をかけた男が此方に来て、ブイルに敬礼をする。

「ブイル隊長。準備が出来ました」

「よし。ならば住民達を誘導しろ。くれぐれも紳士的にな」

「了解しました」

ビシッと再度敬礼をした眼鏡の男は駆け足で去って行く。

「なにあれ」と不思議そうなビスクの頭に手を置きながら、ブイルは村がある方向を見据えていた。

「いまからお前らを安全に村まで送り届ける。そしてお前達がまた笑い合えるようになった瞬間、俺達の仕事は終わるんだよ。おとなしくついてこい」

やや強引にビスクとローズの腕を引く。何代もの護送車が並ぶ場所に、きっとビスクの母親もいるのだろう。早く再開させてやりたいと無愛想なブイルの横顔からは伺え、思わず笑ってしまった。

「何を笑ってる。にやにや笑いはやめろ癪だ。とっとと歩け」

ブイルは苦く言い放つ。子どもに馬鹿にされているような気がして、彼のプライドが全面的に押し出された。なぜオレがガキに笑われなければならない。そしてなぜ笑われた。これだから子どもは訳が分からない。ブツブツと文句を押し殺す。

「あとあとお兄さんお兄さん」

「なんだ小娘」

突然ぴたりと止まったローズにうんざりしながら問いかける。

「あたしが女の子みたいに可愛いって言うのはとってもよく分かるけど、オレ、一応男だから」

「ッゲフオ」

まさかの爆弾宣言にむせ混んでしまったブイルを、にたりとローズは自信がついたような表情で見上げた。

「あははお兄さんかわいー!分からなかったでしょーいやぁ我ながらフリルの服が似合い過ぎちゃって困るな−!」」

「黙れ殴るぞ。なんでそんな格好しているんだ気色悪い」

「え?似合うから?あと女の子の格好していた方がちやほやされるしね!ね!ビスク!」

「僕はやめろって言ったんだけどやめないんだよ・・・」

「・・・元気だね、あの三人」

奇妙な三人組が遠ざかって伸びていく影をレイドは見下ろしていた。からかわれているブイルを見て、最近の子どもは怖いと思いつつ血で汚れた掌を振り払った。びしゃりと音をたてて赤い飛沫が地面に飛び散る。

「君、申し訳ないけど少しいいかな。レイド君、だったか」

爪の間に挟まり固まっている血の塊を取りながら自分も護送車の方へと移動しようとしたレイドを、オレットが呼び止めた。静かに振り返り、困ったようにほほえむオレットを前髪越しに眺める。

この男がこの事件の中心人物だとは考えにくい。気の抜けたような顔つきに、毒気が一切ない態度。性格の観点から言っても、誰かと衝突するような人間ではないとレイドは感じた。だが、善人が事件とは無関係とは限らないのだ。

「・・・どうしたの」

「君に、これを託したいんだ」

そう言ってレイドに手渡してきたのは、この事件の黒幕とも言える魔術本「うろぼろす」だった。ずしりと重いのは何も本の重みだけじゃない。無言で受け取ったレイドに、オレットは続ける。

「迷惑だと言うことは百も承知だ。こんな危険な物を他人に任せるだなんて、責任を放棄したも同然だろう。軽蔑してくれたってかまわない。でも、レイド君なら、君たちならこの本にとりついた悪夢を覚ます事が出来る・・・私はそう信じているんだ。だから・・・よろしく頼んだよ」

ざぁっと風が吹く。夕日を孕んだ一陣の風は二人の間を駆け巡る。ふわりと煽られた前髪から覗いた赤い瞳に、思わず息をのんだ。赤い、夕日にも劣らない、いやそれ以上の煌めきと熱い意志を宿した二つのジュエルが、オレットをまっすぐ貫いた。

「うん」

短く答えたレイドの言葉に一つうなずき、オレットは空を見上げる。

「やぁ。随分といい天気になったもんだ」

喉の奥から絞り出したような掠れ声。チラリと視線を移動させたさきには、護送車に乗り込もうとしているローズとビスク。父の視線を感知したのか、ローズが此方を伺うような動きを見せたが、オレットはまたオレンジ色の空を、葡萄を煮詰めた色をした眼差しに焼き付けた。




「だけど明日から、しばらく雨になりそうだね」



数ヶ月後、行方不明になっていたオレット=ライラックが変死体となって発見されるのは、また別の話となる。



【バー・ミリオン村捕虜奪還作戦報告書】

−−−オックスブラッドの兵士、排除に成功。バー・ミリオン村から連れ去られた捕虜の無事を確認。軽症はあるものの、重体者は否。オックスブラッド上官プラム=バルヒェット、完全無力化につき、IMS本部へと連行する。処分は上層部に委ね、捕虜となっていた村人達のアフターケアは他部隊に委任済み。以上

(ここからは修正液で塗りつぶされている)
また、赤のDランク隊長、レイドが今回の紛争の中心人物であるオレット=ライラックから魔術本「うろぼろす」を受け取る。今後とも秘密裏に捜査していきたい
作成者 ブイル=アウタースペース −−−


 


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