07

ブイルの放たれた号令が響き渡った。

地鳴りの上に重ねられるようにハッキリとした声がプラムの焦りを呼び起こす。先ほどまで余裕の面で弄んでいた葉巻を踏み潰し、濁流と化している土砂に汗が吹き零れた。

「くそっくそっくそ!どうすればいいっ?どうすれば!!!!」

皮肉なことにも彼らは自国の所有物である山岳を利用され、絶体絶命の危機に陥っている。

どんな訓練にだって弱音一つ吐かなかった自慢の兵士たちだろうとも、土に埋められてしまえば無力化されてしまう。死人だって出るかもしれない。上層部であるプラムの更に上に属する立場の人間から預かっている、大事な手駒たちをむやみに壊してしまっては、彼の立ち位置が危うくなってしまうではないか。

空回る思考の糸はぐっちゃぐちゃに絡まり、まともな打開策がちっとも浮かばない。

そうこうしているうちにプラムの表情は緊迫した状況を抜け出し、あざけるような笑みに移り変わっていた。

最初はここら一帯を飲み込まんばかりの勢いだった土砂崩れは徐々にスピードを殺し、プラム達の目前で完全に死んだ。荒い土を恨みがましげに踏みつけ、プラムは頭上のブイルを見上げる。

「ハッハハァ!なァんだ!小規模の土砂崩れしか作れなかったみたいだなァ吃驚させんなよ無駄な小細工を!」

拍子抜けの結果だ。避難していた兵士達を呼び戻し、崖の上に佇んでいるブイルに総攻撃を仕掛ければ形勢を一気に巻き返すことができる。本拠点から少し遠くへとひとまとまりに固まっている仲間に声をかけようとした。

「・・・背後、がら空きだよ」

だが、プラムの号令をかき消す悲鳴が辺り一面に轟く。

抜けた緊張感を呼び戻し、今まで以上に度肝を抜かれた様子を見せた。

振り返った彼が見たのは、避難して直ぐに体制を立て直そうとしていた部隊が、どこからともなく現れた赤い男達に奇襲を食らっている無様な様だった。

「なんだあいつらどこから来たんだよォ!」

「土砂崩れにしか興味がいかなかったのか。上官たるもの、奇襲は特に警戒すべきものだ。お前は残念ながらこのような小細工にすら気づけない無能だということだ」

目の前の山崩れに意識が向いていた部隊は、横から不意打ちの強襲を受け、完全なパニックに陥っている。

いくら装備や経歴に金と時間がかかっていようが、気を許した瞬間はただの人間だ。

人である限り、認識の世界には限りがある。

目の前でサーカスショーが開かれていて、華麗なその演技達に心底感激している最中、突然何の気配も残さず眉間に拳銃を突きつけられても、まともなリアクションすら返せぬまま赤に沈むだろう。

「レイド隊長レイド隊長ー!こいつら全員フッ飛ばしてもいいんだよねー!?」

「全く面倒くさい…俺なんか奇襲じゃなければまともに戦えないようなクズなのに…」

「お嬢さん、大丈夫〜?オレ達が来たからもう安心だよ!」

「・・・安全」

赤い前髪から時折紅玉の輝きを覗かせながら戦うレイドの後方で四人の部下達が暴れている。レイド率いる赤のDランク部隊のメンバーである。リーダーのレイドの愚直で力強い戦闘スタイルを見事に独自の技へと練り込み、各々が全力でレイドをサポートしていた。

彼らは容赦なくオックスブラッドの兵士達をなぎ倒していく。プラムの喉元に怒りがこみ上げてくる。たった5人の雑魚に何を手こずっているんだ。自分の思い通りにもいかない展開にも、

ブイルの策略は短期間で練り上げたものとしては素晴らしかった。

限られた時間を有効に使い、味方部隊と合流。見知らぬ土地の資質を上手く使った策略。戦闘が得意なレイドを囮にし、前線へと配置する思慮深さ。そして司令塔である自分自身への絶対的なプライド。すべてを重ね合わせ、一ミリのずれもなく組んだブイルの参謀としての才は隠しきれなかった。

混乱に陥っている敵部隊をじっと見下ろしているブイルは、崩壊した山の方を見やり、ヘッドセットに指を添えた。


「ふん。僕だって本気出せばここら一帯を飲み込むような罠に仕立て上げれましたよ!なのにあのエリート様が捕虜に危険が及ばないようにしろっていうから仕方なくぶつぶつ…」

崩れ落ちた土砂の残骸を踏みつけ、ツンとした横顔を木陰に隠している金髪の男が立ち上がる。

『エクリュ、レイドが敵部隊の翻弄に成功した。引き続き作戦を遂行する。待機してあるあいつらを呼べ』

まだ文句がいい足りない様子で、木々に不満をたらたら流していると、耳につけている無線機が音を拾った。ぶっきらぼうな命令に「はーい」と短く返し、強引に通信を切る。金髪、エクリュは再び電源を入れ、通信先のなれた手つきで変えていく。

『おーなんだ。出番か』

「せんぱーい!そうですぅエクリュの頑張りを無駄にしないように頑張ってくださいねぇ!台無しにしたらお仕置きですからね!」

お目当ての相手につながった瞬間、エクリュはとびっきり甘い声で返答した。

『お前は相変わらず先輩だろうが容赦ねぇな!まっ後は任せろ。きっちりサポートしてくる』

ざざっと通信障害の砂嵐が鼓膜を揺らしたのと同時に、エクリュの頭上に大きな影と風が差し込む。木漏れ日に目を細め、大きなプロペラが空を切り裂きながら戦場に向かっているのを嬉しそうに口角をつり上げた。

「失敗なんてするわけないですよね、ラグーン先輩が」



プラムは極限まで追い詰められていた。ほぼ全壊させられかけている部隊。化け物のように暴れ回る敵傭兵達。悪夢だった。

この地形を囲む山岳の一部は崩れ落ち、背後は崖。文字通り、絶体絶命という状況に自分がいるということを理解したくはなかったが、せざるをえない。断腸の思いで歯を食いしばり、一つの奇跡にすがりつく。

本拠点であるこの地域がばれることを、何も想定していない訳ではなかった。一つの村の女子供をまとめて連行してきたのだ。道中、何者かの気取られてもおかしくはない。

だからプラムは一つの拠点にすべての兵士を設置していない。

複数グループに分けた兵を近くに待機させてある。この派手な銃声と悲鳴が彼らの耳には届いているだろう。奇襲をした敵に、こちらもまた奇襲兵をぶつける。一度逆転したと思い込んだ心は簡単に隙という銃痕を開けるだろう。

まだ勝てる!俺は負けてない!

パンッと強かに両頬をたたき、おびえを振り払った。

手下達に心の底からすがったプラムの願いは通じ、存分に拳を振るっているレイド達の更に後方から、見覚えのある仲間が駆け寄って来ていた。彼らはもちろんライフルを構えているし、危機に瀕している自軍の様を見て、抜く気なんてありはしない。

ブイルの裏をかいたぞ!

痺れた興奮がプラムの瞳に爛々と映し出された。

白い歯をむき出しにし、得意げにブイルを見やると、彼は駆け寄ってくる援軍に気づいているのか気づいていないのか、涼しげな表情でどこか遠くを眺めていた。

ますますプラムの顔に浮かぶ笑みが濃くなっていく。そして誤射しない程度の距離まで移動してきたと確信すると、プラムは乱れた前髪から狂気的な眼差しを曝け出す。

「撃ち殺ッ!!」

ブロロロロロ!!

下した命は途中で豪快なプロペラ音にかき消されてしまう。ハァ!?と巨大な影がよぎったり、首を痛いほどに上に向けた。そこでプラムは自分たちの頭上ギリギリを低空飛行しているヘリコプターの存在に気づく。

軍事用に改造されているに違いないヘリコプターに、プラムは見覚えがなかった。つまり、これはオックスブラッドが放った援軍なんかじゃない!

煽るように旋回するヘリコプターの扉が開き、中から一人の男が顔を出す。空中で吹く強風に飛ばされないよう、帽子をのんきに片手で押さえていた。真顔で取り出し、こちらに照準を合わせてきた武器に、プラムの顔が今日一番のゆがみに襲われる。

「マシンガンだ気をつけろッ!」

「おせーよ」

注意を飛ばすプラムに無慈悲ながらに男が引き金を引く。

それはまさしく絶え間なく続く銃声のスタンディングオベーションとも形容できる破壊力と爆音だった。連射される銃弾が雨粒だとするならば、銃声は雨音だ。雨粒は地に落ち、捉えた遮蔽物を物ともせず破壊して区。

雨嵐のように降り注ぐ銃弾がプラムの頼みの綱である援軍をあっさりとなぎ倒していった。次々と倒れていく仲間達に絶望を覚え、血の気が一気に失せていく。

「空中からのマシンガンによる援護射撃なんてイかれてるとしか思えねェ・・・!!」

「あー!うちの傭兵達が随分世話になったみてえだから!一応お偉いさんである俺となぜかついてきた軍医が謝罪させてもらいに来たぜ!」

「やっほー。今日の操縦はみんなのお兄さん、イロエ兄さんがさせてもらってまーす。みんなあとちょっとだよ〜怪我した子は後でちゃんと医務室に来るようにねあはは−」

被弾しないよう身を低くかがめ、驚愕と呆れに全身を引きつらせる。

だが、不思議なことに弾が命中しているのは紫の軍服を着込んだ兵ばかりで、統一性のない傭兵連中には一切当たっていない。

オックスブラッドからの反撃を次々と避けるヘリコプターの操縦士の技術なのか、マシンガンを撃ちまくる男の腕前なのか、それとも、傭兵達はマシンガンの男を信頼しているのか、定かではない。

重要なのは、プラムが受け持つ軍隊がいよいよ壊滅へのカウントダウンを始めたということだ!

「なんなんだよ・・・なんなんだよテメェラアアァアア!」

薄れていても見えていた勝利への道が完全に閉ざされ、発狂した怒声をヘリコプターが旋回する空にたたきつける。ハァハァと荒い息と動悸がめまいを起こしていたが、どうにかしてこの場から逃げないと殺される!そう思ったプラムがすくむ足を引きずって、逃走を始めた。

「仮にも軍を率いる頭が逃げようとするとはどういう了見だ」

激戦区から離れようとする蛇の頭を見てブイルは目を細める。

一番高いところから見下ろす風景にも飽きてきた。だから降りた。そう簡単に言いたげな仕草で、ブイルはハサミで切り取られたような崖を駆け下りた。

全身で落下の衝撃を切り裂き、空いた片目は逃走しようとするプラムを追いかける、一陣の赤い風をとらえる。一気に闘志が燃え上がり、ブイルの瞳が見開かれた。

「どんな不利な状況だろうが不屈の精神を見せ、一縷の活路を見いだす!それがリーダーというものだ!」

「・・・敵前逃亡は、死って習わなかったの」

忍び寄っていたレイドの右拳が、急転直下の重力を身に纏ったブイルの左拳がプラムを完璧にとらえた。

今まで味わったことのない衝撃と激痛の狭間に突き落とされたプラムは状況をろくに理解することも許されず、意識を暗転させる。

その瞬間にして、やっとプラムは自身の敗北を理解し、意識を殺した。

最後に写ったのはどこかで見たことがあるような、燃える宝石の赤だった。



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