意気地なしの化け物
屋上に行くと、気持ちよさそうに眠るノミ蟲がいた。
そよそよと吹く風に黒髪がなびく。
色が白くてその姿は、さながらおとぎ話に出てくるお姫様のよう。
……なんて思った自分を殺したくなった。
それなのに、勝手に足が動いて、まじまじと見つめる。
唇は血色がよくて赤みを帯びていてつややかだ。
触れたいと思った。
自分の唇で。
無防備に寝ているこいつが悪い。
殺す代わりに、少し触れるだけ。
そうやって口づけをしようとしたけど、寸でのところでいつものノミ蟲臭がして動きが止まる。
キスをしたその先に何が待っているのか怖くなって、躊躇していると階段のほうから足音が聞こえた。
―――――ガチャ
「臨也、もう昼休み終わるぞ……」
扉を開けたのは、臨也を呼びに来た門田だった。
キスなんかしなかったことに安堵して、そそくさと立ち去る。
「あれ、静雄いたのか―――」
門田は犬猿の二人が一緒だったことに驚く。
普段の口癖が「殺す」のキレやすい友人が何かしなかっただろうかと心配になって臨也を見る。もし、寝ていたのなら危険だ。
静雄が門田とすれ違って屋上をあとにしようとしたとき、臨也がむくり、と起き上がった。
「しーずちゃん。続きはまた今度ね」
その言葉に静雄が振り返ると、臨也はにこにこと笑っている。
「てっめ、起きて!!?」
急速に赤くなった静雄は、またすぐ向き直り足早に階段を駆け下りていった。
若干、階段を踏み外したのか、「うお!」と叫び声が聞こえた。
「どうしたんだ?」
静雄のその姿を見て門田は不思議そうに首を傾げる。
「なーいしょ。それより、俺サボるからまだここで寝てるね」
臨也はどさっと寝転がる。
「本当、意気地なしなんだから……」
つぶやいた言葉は青い空に吸い込まれていった。