かりかりとノートの上を忙しなくシャーペンがすべる音だけが響く。
日曜日の天気のいい日だというのに、室内では少しばかり張り詰めた空気が漂っていた。
ここは、町の図書館。さらに、その自習室。
大抵、真面目そうな所謂、優等生タイプの人間が辞書や参考書片手に勉強をしている中、金色に染めた髪がきらきらと窓から差し込む光に反射して、彼はいつもより目立っていた。


くたばれ受験戦争


急に体がびくっと動いて、夢の中から現実に引き戻される。

あ、やべー寝てた……

暖かい晴れた日曜日の午後。昼食を軽くすませて、お腹をみたせば簡単に睡魔に襲われた。目の前には、広げただけの何も書かれていない白いノートと真新しい参考書。
それらに、うつ伏せで寝ていたから、よだれが少し垂れていた。

やっぱり、性に合わねぇことはするもんじゃねーな。

寝てしまったことよりも、そもそも図書館で勉強などと普段なら絶対やることはない自分の行動に激しく後悔する。
三年生になると、進路について真剣に考えるよう担任から言われるようになった。
考えろと言われても、勉強嫌いで万年赤点ぎりぎり、もしくは赤点・補習組の自分にとって大学受験なんて関係ないことで、就職するのだろうと思っていたのに……。

それがなぜ、わざわざ参考書を本屋で買い求め、日曜日という貴重な休日に勉強をしなければならないのか。おまけに、図書館にまで出向いている。

だりぃ、帰るか……

大して勉強もできず、……いや、正しくは勉強しなかった為、無駄な時間を過ごした自習室をあとにする。帰り道でこうなった経緯を考えてみても、はっきりとしたことはわからない。

ただ……

あいつが……

ふと、学校でのことが思い出された。


『進路調査票』と書かれたプリントが前の席から順に回ってきた。
第三希望まで書く欄があったが、志望校の名前などではなく、就職希望とだけ簡潔に書く。迷いなんて全く無い。

「静雄は進学しないんだ」

プリントを覗き込んできた幼馴染の新羅が、自分のプリントにも同じことを書きながら言った。

「お前こそ進学じゃないのか」

だいぶ人とズレたところのある、変態めなこの友人は中身に反して成績はすこぶるいい。テストでも、大嫌いなあいつと上位を競うほどレベルが高い。
だから、有名な世間で言うところの名門大学へ進学するものだと勝手に思い込んでいたのに、『就職希望』と書いたことに疑問を感じて聞いてみると、なんとも怪しげな返答が返ってきた。

「うん。僕は闇医者になる予定だからね。親の影響もあって、知識と経験はすでにあるから、わざわざ大学いかなくてもいいと思うんだ。たぶん、一生”闇医者”だろうから医師免許も必要ないし。それに、あと6年間も学校なんていってたら、彼女と過ごす時間が減ってしまう!セルティの命は半永久的だろうけど、僕の命なんてあっと言う間に枯れちゃうからね。そんな無駄なことしないよ」

「あいかわらず、変態だな」

首が無い、という少し(いや、だいぶ)変わった想い人への愛を語りながら、進学しないことを聞いて少し驚いていると、「あ、そういえば臨也はね」と嫌いな名前を出されて一瞬で不機嫌になった。

「臨也は大学受験するみたいだよ」

と、特に知りたくもない情報を知らされる。それがどうした。大嫌いで初対面のときから殺し合いをしているあいつが、高校卒業後にどこでなにをしようと全く興味などない。まぁ、むかつくことに頭だけはいいから、普通に考えて就職よりは進学を選ぶことは容易に想像はできたが……。

「都内の大学みたいだけど、池袋を離れて一人暮らしするってさ」

”池袋を離れる”新羅の発したその言葉に不覚にも動揺した。
卒業すれば、毎日のようにからかってくるあいつを追いかけることもなくなる、と、かなり楽しみであったのに、池袋からいなくなると聞いて一瞬心の中に認めたくない感情がよぎった。

そうか、この街からいなくなんのか、あいつは……。

そう漠然と思って、ざわり、と心が揺れた。
卒業まで一年をすでに切り、残された時間が少ないことを悟ってなぜか焦る。
よくわからないこの感情をどう処理すればいいのか、さらにわからなくて最終的に行動に移した結果が【日曜日に・図書館で・勉強】だ。

今さら勉強したってたかがしれてる。
俺が大学受験なんて、無理だろ……突発的にとった意味不明の行動に自分であきれた。
あいつがいくだろう大学は、きっといいところに決まっている。三流四流……いや最低レベルの大学でさえ、自分が受かることなど想像できない。いや、だからなんで受験しようなどという思いにかられたのか。あいつがいく大学はどこだろう、なんて気になってしまったのか。

だめだ。考えるな。自分の奥底にある認めたくない気持ちに無理矢理ふたをする。
結局、受験勉強もどきは初日から寝てしまって、今後もできそうにない。せっかくの日曜日を棒に振って、もったいないことをしたと落ち込んでいると、前方から耳障りな声が聞こえてきた。

「あれ、シズちゃん。こんなところでなにしてるの」

声をかけられて、下を向いていた顔を上げると、いつもの笑みを浮かべた臨也が立っていた。

「臨也……」

すでに日は傾いて、街は夕暮れ色に染まっていた。
学校以外で会うことは珍しく、私服を着た臨也に不覚にもどきりとした。
まじまじと見ると、自分がなぜこんな意味不明な行動をとって、理解しがたい感情を持たなければならないのか、それらを引き起こした張本人に若干の苛立ちを覚える。

そもそも、こいつに無駄があるから悪い。無駄だらけだ。
無駄に頭がいい。無駄に顔がいい。無駄に女のように細い。無駄に俺にちょっかいをかけてくる。無駄に俺の毎日に入り込んできて―――――そばにいることが、無駄に当たり前になっていた。

くそっ

至った考えにどうしようもできなくて、心の中で悪態をついていると臨也が話し出した。

「シズちゃん、もしかして図書館から来た?超意外なんですけど!日曜日でも勉強しなきゃいけないなんて万年補習組は大変だねー。でも、どうせシズちゃんは就職するんでしょ?勉強より毎日の破壊活動をやめないと、どこも採ってくれないよ?」

「……うるせーな。別に補習だから勉強しにいったんじゃねーよ。それより手前こそ何してんだこんなところで。さっさと失せろ!」

「あいかわらず、勝手な言い分だねー。もう用は済んだし、今から帰るとこだよ」

そう言いながら臨也がひらひらと手を振ると、持っていた封筒から数枚の紙が道路に舞った。

「あ」

ひらひらと風に乗って、紙は足元に落ちた。

「手前、どんくせーことしてんじゃねぇ……」

かがんで拾い上げてみると、紙には不動産情報が書かれていた。
”池袋から離れて一人暮らしを―――”新羅の言葉が頭の中で反響して、動きが止まる。

「ああ、ごめん。ちょっと調べてたんだよ。実は俺……」

「うぜぇ」

「え?」

うぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇ
どうしようもなくその後の言葉を聞きたくなくて、いつものように殺意を湧き上がらせる。

「手前なんざ、どこへでも行っちまえ!!顔を見なくて済むなら、清々……すらぁ……!」

自分の声が、わずかに震えていたことに内心驚いた。
なんでだ……言った言葉とは裏腹に、どこにいくんだ、池袋ではダメなのか、と問いただしたくてしょうがない。
持っていた紙をくしゃり、と握りつぶして下を向いた。

「俺がここを離れるって知ってるんだね。新羅にでも聞いた?実家でもかまわないんだけど、自立したいしね……。池袋から離れて、新宿辺りに住もうかなって思って、今日いろいろ物件見てきたんだ」

新宿という言葉を耳にして、手に掴んでいたしわくちゃになった紙を広げる。
”新宿駅より徒歩5分!!デザイナーズマンションで新宿の夜景も見渡せる”
そんな見出しに目が留まった。

……新宿だと?
新宿は池袋から電車で何分だ。あまり行ったことはないから正確なことはわからないが、確か10分以内で行けるほど近かった気がする。

「……お前、新宿なら実家でいいんじゃねーか?」

一人暮らしをすることが無駄に思えてノミ蟲に聞いていた。

「だーかーらぁ、自立したいし、大学と平行してちょっとした事業も立ち上げたいから広めの部屋を借りたいんだよ。新宿なのは利便性の問題。仕事的にのちのち動きやすそうだからね。って、シズちゃんには関係ないじゃん!!」

「ああ、確かにぜんぜん、びっくりするくれー関係ねぇ話だな」

新宿なんて歩ってでも行けるじゃねーか。
なんなんだ。やっぱりこいつは無駄ばかりだ。くそ、俺にまで無駄な行動起こさせやがって!

それは半分八つ当たりに近かったが、せっかくの晴れた日曜日と参考書代分が無駄になったことで怒りがふつふつと沸いてきた。

「中途半端に池袋から離れやがって!!無駄が多すぎんだよ、手前はぁぁ!!」

「は?いきなり何キレて……っ!あぶない!急に殴りかかってこないでよ!!」

ひらりと俺が振り下ろした拳を避ける。じりじりと詰め寄ると、臨也はくるりと進行方向を変えて走り出した。また、いつもの追いかけっこが始まる。

「もーシズちゃん。そんなんじゃ、新居に呼んであげないから!」

「誰が行くかっっ!!」

途中で道路標識を引っこ抜いて、逃げる臨也を追いかける。
臨也の背中を見ながら、なぜか心の中で安堵していた。

ああ、たぶん俺たちは変わらない。
いつまでもこんなふうに追いかけて殺しあっている。
それはここにいても、ここにいなくても。顔を合わせれば始まる二人だけの―――――。










――――――――――

内容的にわかりにくかったらすみません。
臨也が池袋からいなくなったらさみしいシズちゃんです。
同じ大学に…とかほんの一瞬だけ考えるも、本当に一瞬で終わったシズちゃんの受験勉強の話です。

というか、アニメ7話でシズちゃんが高校卒業後に牛丼屋さんで働いてる場面とか出てきますが、あれ見ると切なくなるんですよ。ほんとさぁ、なんで…なんでシズちゃんはそのイケメンルックスを生かさないのか!!その、高身長とナイススタイルを存分に活用したらいいんじゃないかと!!モデルとかなればいい。きっと、すぐ売れっ子になれる!!まぁ、性格的にカメラの前でにこにこ笑うなんて難しいかもしれないけど、ほら、売れっ子なら不機嫌キャラも大丈夫だと思うんだよね。後から、幽くんが役者で超注目大型新人でデビューして平和島兄弟で日本の芸能界を席巻したらいいさ。そこへ、のほほん大学生やってた臨也が、シズちゃんが表紙になってる雑誌見て「シズちゃんのくせに俺より目立って生意気!」と、自分もモデル業界に参入。もちろん、眉目秀麗とあふれるフェロモンで一躍人気モデルに。シズちゃんとの2トップとして、二人で雑誌の表紙も飾ることもしばしば出てくるんだけど、顔を合わせるとケンカばかりで相変わらず犬猿の仲。でも、ある日an‐○nから二人がセクシーに絡んだ特集記事を、と依頼が来て、カメラの前で露出した体を密着させてから(やだ、シズちゃんて細いながらもすごいきれいな筋肉してる…少し焼けた肌色がかっこいい)(くそ、ノミ蟲のくせになんて腰のラインしてやがんだ。鎖骨とか妙に色気ありすぎじゃねーか)な感じで変に意識し始めて………ってああ!!あとがきが途中から妄想入っててすみません。まあ、そういうお話もいいんじゃないかな!うん。
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