■ひな祭りの話+α後編
※後半温いエロ有 


楽しいときを過ごしていた。

臨也も静雄も天敵がいるということを、もちろん目が合えばお互い睨み合いすぐさまそっぽを向いてしまうわけではあるが、そのことをさし引いても楽しむことができた。
食事も大体食べ終え、茜が母親と一緒に作ったという旬のイチゴを使ったホールケーキを持ってきた。
少し歪な形をしていたのも手作りらしく微笑ましい。おいしそうなそれを8等分しようと茜がキッチンへ包丁を取りに部屋を出たときに事件は起こった。

「ちょっと!!シズちゃん、それ俺の白酒……」

臨也が気づいたときにはもう遅かった。
すでにコップの中はからっぽで。静雄は味に気づく前に渇いていた喉を潤すために一気に飲んでしまったのである。
瞬時に青くなるのは、静雄と長い付き合いで、酒の席をともにした事のある三人。
臨也、新羅、セルティは、まずい!!と心の中で叫ぶ。

「み、みずは!?」

新羅が慌てて、静雄に飲ませるための水を探すが見つからず。
だんっと、持っていたコップをテーブルに置くと、静雄は臨也を睨みつける。
そして、すっと立ち上がり拳を握り締めた。

「いーざーやーくーん。なーんーでーてーめーえーがぁいーるーのーかーなー?」 

シュンッっと風を切って拳が臨也に振り落とされる。それをよける臨也。

「なんっで、シズちゃんはこんなにバカなの!?お酒弱すぎだし。白酒もだめなの?ってさっき新羅が聞いたらダメだって答えてたじゃん。なんなの!?間違えるなよ人のと!!最新の注意を払って気をつけろよ!!!」

そう捲くし立てながらも繰り出される静雄の攻撃を臨也はきれいにかわしていく。

『あああ、まずいまずい!!この状態になると臨也を一発殴らないと収まらないんだった。どうしよう新羅』

「臨也、殴られて!」

「冗談!ぜったいやだ!!」

部屋が広かったお陰もあって、今のところは被害は無い。だが、それも時間の問題だろうと思われた。
臨也がいつものようにナイフを取り出す。それを静雄に突き刺そうと近づいた瞬間、ナイフを弾かれた。弾かれたナイフは宙をきり、飾られていた雛人形の方へ飛んでいく。
セルティがとっさに影を伸ばすが、届かない。ナイフが三人官女とよばれる人形に刺さりそうになったとき、カキン――と刃物と刃物がぶつかり合う音がした。そこには、手から日本刀を生やした杏里が立っていた。

『ナイス!!杏里ちゃん!!』

ナイフはくるくると落ちて、畳に突き刺さった。
状況を把握していない帝人と杏里に新羅が手短に説明する。
静雄は非常にお酒に弱い。普段ならそれも問題ではないが、飲んだときに臨也を見つけると、手につけられなくなるというのである。
説明し終えて、ケンカ中の二人を見れば、静雄が臨也の腕を掴んだところだった。するとバランスを崩した臨也がテーブルに倒れそうになる。

「あっ!ケーキが!!」

臨也が倒れようとしているテーブルに、先ほど茜が持ってきたケーキが置かれていることに気付いた帝人は、瞬時にケーキを持ち上げて避難させる。

『ナイス!帝人くん!!』

ホッとしたのも束の間。
今度は新羅の叫び声が響き渡った。

「だああああ!!静雄、それはだめだ!!ここは街中じゃない!!それは自販機じゃないんだ!!」

声のするほうを見ると、静雄がカラオケ機器に手をかけようとしていた。
そういつものように、臨也に投げるために。

『ああもう!!』

セルティは影を増幅させて、静雄に巻きつけた。ぐるぐると体に影が巻かれ、静雄の動きが一時的に収まっていく。ついでに、臨也にも影をはわせる。

「ちょ!!なんで俺まで!?」

『お前たちはここにいないほうがいい!!喧嘩は外でやってこい!!』

タイミングよく新羅が襖を開ける。

―――――ビュンッッ

黒い影に巻きつかれて一つの塊となった静雄と臨也は外に投げ出され、遠い空へ飛んでいった。
し…ん、と部屋の中は先ほどとはうってかわって静まり返り、ひと騒動が終わりを迎えた頃、茜が戻ってきた。
 
「どうしたの?みんな……あれ?イザヤお兄ちゃんと静雄お兄ちゃんは?」

「二人は急な仕事が入ったみたいで帰っちゃったんだ。茜ちゃんによろしくって、言ってたよ」

「そうなんだ、ケーキ食べてもらいたかったんだけどな……」

悲しそうにする茜に、また今度作ってやればいい、とみんなで励ました。
喧嘩の後がわずかには残っていたが、幸いすぐ片付くもので被害は最小限に抑えられたことに茜以外の全員が安堵し、おいしいケーキをほおばった。


*  *  *


静雄が目を覚まして見えたものはキラリと光る何かだった。
本能的に危険を感じ、即座に頭を横に避けると、ぐさっという音を立ててそれが枕に突き刺さった。

「ああもう、なんで避けるのさ。タイミング悪いなぁもう」

膨れたような声が、自分の上から降ってくる。しかも、この世で一番聞きたくない声だ。
声のするほうを見れば、寝ている自分の上に所謂、マウントポジションと呼ばれる格好で臨也が座っていた。

「てめぇ、何してやがる」

「いやぁ、ちょっとした実験かな?いつものナイフじゃなくて刃渡りの長い包丁ならシズちゃんにも少しは突き刺さってくれるかなーって期待と希望を込めて振り下ろしたところ」

なんとも物騒な話をニコニコと笑いながら言われ、

「っていうか、なんで手前が俺んちに……」

そこまで言って、はた、と気づく。
自分の寝ているベッドは、かなり大きめで寝心地がいい。部屋自体も見回してみると、きれいに整頓され、黒を基調とした家具やシーツで自分の家とはかなり異なる。

「ここ……どこだ?」

素直に口にすれば即座にありえない回答が返ってきた。

「ラブホだよ」

「は!!?嘘だろ!?」

「嘘だよ」

一瞬の無駄なやり取りに意味がわからないと疑問に思っている静雄に臨也が答える。

「俺の家、その寝室!」

「は?手前の家ってなんで……」

酒を口にしてからしばらく記憶の無い静雄は茜の家でひな祭りのパーティをしていた自分がどうしてここにいるのか全く理解できない。

「あのねぇシズちゃん。一体君に俺がどれだけ迷惑かけられたと思ってるの。マジ今すぐ死、ん、でっ」

と軽快に言うと、また持っていた包丁を振りかざす。

「っ!あっぶねーな。さっきからやめろ、それ。お前酔ってんのか?」

と頭を先ほどとは反対側にそらして向かってきた包丁を避ける。鼻には微かなお酒の匂いがよぎった。
包丁は黒いカバーのついた枕にまたぶすっとささり、臨也の動きが一瞬止まる。

「飲まなきゃやってられないってか、避けないでよ!」

と無茶なことを叫ぶ酔っ払い臨也を無視して、静雄は体を起き上がらせて、包丁を持った臨也の両手を左手で掴み、ぐっと力を込める。

「いった!」

手に痛みを覚えた臨也はすぐさま包丁を放した。

「本当に馬鹿力だね。ムカつくなぁ」

そう悪態をつきながら、静雄の上から降りると、で、気分はどう?と聞いてきた。

「あ?別になんとも……」

と自分の調子を答えようとするが、頭の中がくらくらするのと後頭部に鈍い痛みを感じた。そもそも一体なぜ臨也の家で寝ているのか聞こうとすると、それを察知したのか臨也が淡々とことの成り行きを説明する。
うっかり間違えて酒を飲み、目の前に天敵である臨也を見て激昂するといつものごとく喧嘩が始まった。二人の喧嘩に周りのものがタダで済むはずは無く、部屋のものをめちゃくちゃにしそうになるところをセルティによって、二人同時に追い出された、ということらしい。

「ほんと、とんだ迷惑!!俺まで追い出されちゃうし。あ、落ちたときは、もちろんシズちゃんに下敷きになってもらったから。寝ちゃって、ここまで運ぶのすごい大変だったんだよね。お詫びに死んでくれたら、許してあげてもいいよ?今回、悪いのは間違ってお酒を飲んじゃったシズちゃんだよねぇ?」

そう言われると、何も言えなくなった。途中から途切れた記憶。酒に弱いことは自分が一番よく知っている。だから、お酒は飲まないでウーロン茶で済ませていたというのに……今回ばかりは、臨也の言うように明らかに自分が悪い。また、そんな自分に振り回されたであろう友人たちと自分をパーティに招待してくれた茜に申し訳なく、あとで謝らなければ……と考えが至り、目線をあげると臨也が何かを待っているようにじっとこっちを見ていた。

「なんだ?」

「なんだ?じゃないでしょ。何かいうことない?大迷惑をかけた俺に」

それは謝罪の言葉の請求だった。若干えらそうな態度にイラつくが確かに迷惑を今現在進行形でかけているため正当な請求ではある。ふう、とため息をひとつ吐いてそれに答えるように口を開く。

「悪かったな……」

ポツリと言った言葉は小さいながらも静まっていた部屋に確かに落とされたのだが……

「えー?なに?聞こえない」

と、左耳に手を当てて臨也がもう一度謝罪の言葉を請求する。
仕方なく聞こえるようにまたポツリと答えた。

「だから……今回は手前にも迷惑かけたな……その……悪かった……」

今度は明らかに聞こえているであろう言葉にさらに臨也はしつこく聞いてくる。

「もっとはっきりしゃべってよ。全然聞こえないよ?ほら!」

ずいっとまだ耳に手を当てたまま、体を近づけてきた。
若干の苛立ちを覚えたがもう一度、三度目の正直としてはっきりと言う。

「だから、今回は俺が悪かった」

あの臨也に対して謝罪するのは許しがたいことだったが、今回だけだ、と言い聞かせて口にしたのに……

「ふーん。『悪かった』ねぇ。謝るときは、ご、め、ん、な、さ、い、でしょ?」

と、さらに再度の要求。静雄にその言葉を言わせるチャンスだと言わんばかりにニヤリと笑ってこちらを見る。
静雄もピキッと血管が浮き始めるが、これで最後だ!と先ほどより大きめの声で言った。

「悪かった!手前にも、迷惑かけてすまなかったな!!」

そんな言葉に対して臨也は

「うーん。気持ちがこもってないなぁ。ちゃんと謝罪の気持ち込めてよ。はい、もう一度」

その言葉を聞いてブチッと静雄の中の何かが切れた。なんなんだこいつは。何度目だこのやり取りは。何回言わせる気だ。あーうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇ。
臨也を見ると、まだ左耳に手を当てて待っている。
くり返されたやり取りにキレた静雄はその耳に己の口を近づけた。
そして―――――


べろん と舐めたのである。

「ひゃう!?」

一瞬、何をされたのか混乱している臨也に対し、

「そんなに聞きてーならよう、脳髄に直接聞かせてやるよ」

と、さらに臨也の耳を静雄は舐めだした。突然のことに驚いた臨也は狼狽し、静雄から離れようとするが頭と体をがしっとホールドされて動けない。
手を押して拒もうとするが静雄はそれにかまわず、臨也の耳の中に舌を這わせた。
ちゅくちゅくと直接耳に響く音に臨也も力が抜ける。

「ん……ふあ……。やめ おれ……みみ よ……わ…」

どうやら、耳が弱いと言いたらしい。それならば好都合だ。弱点であるなら突かない手は無い……と、いつも臨也を追い掛け回しているときと同じように追い詰めていく。耳の奥に舌を這わせ、耳朶を甘噛みし、耳全体を口に含む。

「あ……ちょ………ま……って…」

臨也は体から力が抜けて、いつのまにかベッドに横になっていた。
その上に静雄が覆いかぶさる。臨也が一瞬の隙をついて顔を背けるも、今度は反対側の右耳を舐められる。ぬめぬめとした感触が耳を這い、ぴちゃぴちゃと卑猥な音が、脳髄に届いた。

「しずちゃっ……あ……ん………も……や」

途切れる言葉の間から艶めいた声が漏れ出る。その声は静雄の耳にもしっかり届き、体の熱を上昇させた。

ふと耳から舌を離し腕の中にいる臨也の顔を見れば、瞳は涙で潤み、顔は赤く上気していた。もちろん、耳も真っ赤である。

「本当に手前は、耳が弱点なんだな」

と天敵の弱点をつかめたことに気をよくしていた静雄は臨也の下半身の異変に気づく。

「お前、勃っ…」

言い終わる前にシャツの襟首を引っ張られ、唇に熱い何かが触れた。
それが、臨也の唇で、キスをしているのだと数秒たってから理解する。
 
「!!?」

ぷはっと唇を離した臨也を見やれば、潤んだ瞳で睨みつけてくる。

「何なの……シズちゃん。俺いやだって……言ったじゃん。もう………責任………とってよ……!」

なんの責任だ。コイツは何を言っているんだ。と頭の中で言われた言葉の意味を考えていると、自分の下半身も変化していることに気づいた。
耳を舐めている間に聞こえた吐息、潤んだ瞳で上目遣いに見つめられて、いつの間にか密着していた体。場所はベッドの上で、この体の熱は………?
自分の体の変化に、もうなにも考えたくなくて離れていた唇に自身のを重ねる。昼間に飲んだお酒の余韻もあいまって、頭がくらくらしてきた。
臨也も降ってきた唇に答える。

二人はキスをしながら同じことを考える。
相手は大嫌いな天敵。こんなことありえるはずがない。いつもは殺したいと思うほどなのに、なぜ、触れている部分が気持ちいいのだろう。こいつと目が合うだけで殺意が沸くのに、どうして今はもっと見つめてほしいと思うのだろう。

たぶん、それは

気の迷い。魔が差した。たんなる弾み。

お酒の勢いだといってもいい。
こんな関係はこれ一度きりだ。今ある体の熱を発散させたら、またもとの関係に戻るだけ。すぐに忘れて、また、街で出会えば喧嘩をする。

これ以上自分の持ってしまった感情に踏み込みたくなくて、自分でロックをかける。
ただただ、今は体の疼きから開放されたいから。

舌を絡めて吸って、濃厚なキスをしながら臨也は静雄のベストとシャツのボタンを早急にはずしていき、静雄は臨也の肌に手を這わせていく。
二人はシーツの海に溺れていった。

一度きりだと決めたこの関係がその後ずっと続くことになるなんて露ほども知らずに。

*   *   *


一方、新羅の家では今日の反省とこれからの対策について話し合いが行われていた。

『やっぱり、あいつらが一緒にいるとろくなことがない!!』

PDAにそう記したセルティの肩はわなわなと震えている。
本当に甚大な被害がでなかったからよかったものの、危うくお雛様にナイフが突き刺さりそうになる、ケーキは潰されそうになる、カラオケ機器が破壊されそうになる、というところだったのだ。
そこをなんとかみんなの力で回避したのである。

「そうだねぇ、珍しく……いや、たぶん初めてっていうくらい途中までは仲良くできてたのにね。まぁ、お酒の不可抗力があったにしろ喧嘩が通常運転の二人だから、顔を合わせたら喧嘩をし始めるのは免れない運命なのかもしれないね」

やれやれ、と新羅は旧友二人を思い浮かべながら首を振った。
それを聞いて決意したように、ポチポチとセルティはPDAに文字を打ち込んで新羅に見せた。

『もう、こんなことがないようにどちらかしか……いや、どちらかといえば臨也は今までパーティの類は参加してなかったんだし、これからは静雄だけ呼ぶことを鉄則にしよう!お酒を飲んでも臨也がいなければ、静雄もあんなふうにはならないしな』

「うん。会を穏便平穏に済ますためにはそれが一番かもね。臨也はちょっと……ほんの1ミクロンくらいはかわいそうかもしれないけど、彼の場合は自業自得だから、仕方ないよね。それより、セルティも今日はお疲れ様。たくさん影と神経使って疲れたんじゃない?」

『ああ、そうだな。そろそろ休むとするか。先にシャワー使わせてもらっていいか?』

「どうぞ。なんなら、そのあと僕がマッサージしてあげてもいいけど?」

『バカ』

と、そんなふうに普段の冗談交じりの会話に戻っていった。

新羅とセルティによって、そんな結論が導かれていた頃、顔を合わせれば喧嘩する運命の二人が超えてはいけない一線を越えて、ベッドの上で甘く絡み合っていることなど知る由も無かった。







―――――
+α=みみの日


- ナノ -