■ひな祭りの話+α前編



「やぁ、シズちゃんなんで君がここにいるのかな?今すぐ回れ右して帰るか、そこの電柱に頭ぶつけて死んでよ。むしろ、そっち希望」

「なんでノミ蟲がこんなところに沸いてんだ?さっそく駆除しねぇとご近所さんに迷惑だよなぁ!」

お互い顔に青筋を立てて睨み合う、新宿の情報屋と池袋の自動喧嘩人形。
ここは閑静な住宅街で周りに人の姿は無く、いつもの喧騒あふれる池袋ではなかった。
なぜそんな場所で二人が睨み合うことになるのか、発端は一週間前に遡る。

*  *  *

2月24日


新宿にある臨也の事務所兼自宅に小さな来客があったのは、ちょうど臨也の仕事が終わり、一息ついているときだった。

「久しぶりだね」と言いながら、臨也は来客用のコーヒーカップに入ったココアをソファーに座る訪問者の前に置く。

「ありがとう。イザヤお兄ちゃん」

そう答えた少女はニコリ、と笑顔で答える。

「茜ちゃんが訪ねてくるなんて珍しいね。その後、元気でやっているのかな?」

「うん。突然お邪魔しちゃってごめんなさい。お兄ちゃん、お仕事中だった?」

と聞かれて、いや、ちょうど休憩するところだったよ、と臨也はやさしく答える。

「え……と、今日来たのはね?お母さんがお客さま呼んでいいよって言ってくれたから、私が家出したときにお世話になった人たちにお礼の気持ちも込めて、みんなでパーティーみたいなのができたらなぁって思って……」

そういうと茜は持ってきたカバンの中から、一枚の白い封筒を取り出し、ずぃっと自分の斜め向かいに座っていた臨也の目の前に差し出した。

表には『招待状』と書かれている。
臨也がハテナを浮かべながら受け取り、中の小さなメッセージカードを見る。そこにはかわいい丸文字で『ひな祭りパーティのおしらせ』と書かれており、下には日時と場所が記されていた。

「お雛さまのパーティなんだけど、イザヤお兄ちゃんお仕事なければきてほしいな。お爺ちゃんが私が生まれたときに、すごーい素敵なお雛様を買ってくれてて、毎年お母さんと一緒に飾るの。今年もお天気のいい日に出してもう飾ってあるんだ」

そう答えた少女は入れてもらったココアに手を出した。

なんともまぁ……臨也はかわいらしい少女の話にわずかに顔を綻ばせ、持っていたケータイで3月3日のスケジュールがあいていることを確認すると、了承の言葉を口にした。

「ぜひ参加させていただくよ。その立派なお雛様も見てみたいしね」

その言葉を聞いて茜は喜び、今までは自宅に友達を呼ぶことを禁止されていたらしく、とても楽しみにして待ってると語った。
茜が帰り、再び仕事を再開すると、一部始終を聞いていた波江が口を開いた。

「よかったわね。今回はちゃんと招待してもらえて」

何を、とは言わなくてもその言葉の中に多分に含まれる自分に対する皮肉を受け止めて臨也は笑った。

「そうだねぇ、大人数で集まって騒ぐことの何が楽しいのかさっぱりわからなかったし、わかりたくもなかったけど、実際こうして呼ばれてみると心躍るものだね。そもそも、パーティなんて俺の大好きな人間達が着飾った外見とは裏腹に、心の中では嘲り合っている楽しいイベントだ。ぜひとも参加に値するね。――というわけで、3月3日は臨時休業になったけど、君もどうだい?」

秘書に仕事の休業とパーティへの招待を誘った。

「あいにく立派なお雛様は見てみる価値はありそうだけど、興味もないし久しぶりに休みが取れるのなら誠二に会いに行くわ」

波江にそう冷たく返されて、臨也はせっかくの女の子のお祭りに興味がないとは君もさみしいねぇと両手を広げながら、肩をすくめて見せた。


*   *   *

同じく2月24日


普段とかわることなく仕事である取立て業務に精を出していた静雄は上司であるトムと後輩のヴァローナとファーストフード店で食事を終えたところだった。
残りのシェイクをキュイキュイ飲んでいると、前に座るトムがガラスの向こうの外を見て何かに気づいた。

「お?あれ、茜ちゃんじゃねーか?」

言われてそちらのほうに目を向けると、初めて出会った時と同じように両手と額をペタリとガラスに貼り付けて、茜が立っていた。

「静雄お兄ちゃん!」

対面を喜ぶように静雄に抱きついた茜に、元気だったかと尋ねる。

「うん。今日はね、静雄お兄ちゃんに渡すものがあって……」

茜は、もそもそと背負っていたかばんから何かを取り出した。それを静雄の前に出すと静雄お兄ちゃんには絶対来て欲しいな!と明快な声で言う。

「ん?なんだ?」

手渡された白い封筒を見て、『招待状』の文字が目に入る。ガザゴソと中をあけるとメッセージカードがあらわれ、茜の手書きであるのが一目でわかるかわいらしい文字で『ひな祭りパーティのおしらせ』とその詳細についてが書かれていた。

隣でその状況を見ていたトムとヴァローナも興味をそそられたのか、少し身を乗り出して覗き込んできた。

「おーいいねぇ。そういや、もうすぐお雛さまだったな。自宅できちんとパーティを開くなんて今時古風だね」

「おひなさま?」

メッセージを読んだトムの言葉を聞いたヴァローナが、一瞬動きを止めて自分の頭の中にある知識を見つけ出す。

「ひな祭り、毎年3月3日に行われる日本のイベント。女子のすこやかな成長を祈るため、絢爛豪華なお人形を飾ります。別名、桃の節句。ただし、人形をしまい忘れるとお嫁に行くのが遅くなる、という呪い発動します」

「……あいからず、よく知ってて感心だけど、呪いってちがくねーか?」

ヴァローナの完璧に見える知識の小さな綻びにトムがつっこむ。そんな二人にクスリ、と笑うと茜は静雄に聞いた。

「静雄お兄ちゃん、来れそう?」

心配そうに眉毛をハの字にする茜の頭をポンポンとなでながら、トムに仕事の休みを願い出た。

「まぁ、これから事務所帰って、社長に有給願い出れば大丈夫だべ。まだ一週間前だし、お前全然有給とってなかっただろ?」

「ありがたいっす。でも、すんません俺だけ……」

「いいって、いいって。こんなかわいい子のお誘い断ること無いだろ。有給は立派な権利なんだし、こういうときに使わないとな。ヴァローナも慣れてきたことだし、仕事のことは忘れて、たのしんでこい」

そう言ったトムの言葉にうなずくと、茜に向き直って笑顔で答えた。

「っつーわけで、これ、参加させてもらうな」

行けることを伝えると、よかった!と茜はまた静雄に抱きついた。
そして、自宅にすでに飾られているというお雛様の美しさについて、興味を持ったらしいヴァローナにケータイに保存してあった写真を見せながら楽しそうに説明していた。

かくして、かつて、静雄の言った『イザヤ君とは友達』という言葉を今もなお信じている一人の少女によって、会えば即時喧嘩勃発、24時間戦争を繰り広げるような天敵同士、新宿の情報屋・折原臨也と、池袋の自動喧嘩人形・平和島静雄が一週間後少女の自宅の門前で互いに手土産を抱えて鉢合わせするという、悲惨な状況がこの時点で確定したのである。


*   *   *


ピンポーン と和風邸宅のチャイムを鳴らせば中から自分達を招待してくれた小さな主が顔を出した。

「イザヤお兄ちゃん!静雄お兄ちゃん!いらっしゃい、待ってたよ」

見れば今日の主役にふさわしく、あでやかな着物を着て迎えてくれた。

「やぁ、茜ちゃん。今日はどうもご招待ありがとう。その着物とっても似合って……」

「おお。今日は呼んでくれてありがとうな。着物も似合って……」

ふたり同時に話し出し、会話がかぶってしまったことに嫌悪感を抱いて相手を睨む。

「…ねぇ、シズちゃん帰りなよ。シズちゃんの場合いつキレて暴れだして、茜ちゃんの大事な雛人形を壊すかなんて時間の問題だよ」

「ふざけんな、ノミ蟲。手前がいなけりゃ俺がキレることはねーんだよ。だから、今すぐとっとと、帰れ!!」

背後にゴゴゴ……という音が聞こえてきそうなくらい、お互いの顔を近づけて罵り合っている二人を見て、茜が心配そうに口を開く。

「二人ともケンカしちゃったの?イザヤお兄ちゃんも静雄お兄ちゃんも、お顔怖い……」

ケンカなんていつものことで、今更驚くことではない。
臨也は茜に静雄がこのまま居座れば後に甚大な被害が出るから、今すぐ帰ってもらったほうがいい、と進言しようとした瞬間、隣にいた静雄が放った言葉に絶句した。

「ケンカなんかしてねーよ。言ったろ?イザヤお兄ちゃんとは大の仲良しだからぜんっぜん、こいつの顔見たって、これっっっぽっちも今すぐ捻りつぶしてやりてーなんて思ってねーから、安心しろ」

「はあ?」

それを聞いた臨也の驚きとは反対に、茜は安心したようによかったとつぶやく。

「二人で最後だよ!もう、みんな来て準備も万端だから、パーティ始めようよ」

そう言って、茜は踵を返して会場である奥の間へと足を進める。
とりあえずは、お邪魔します、と家の中へあがりこみ、長い廊下を歩いて茜の後をついていく二人。 
少し茜との距離が開き、臨也が小声で静雄に先ほどの発言について問いただす。

(ちょっと!いつの間に俺とシズちゃんが仲良くなってんの!?気持ち悪いこと言わないでくれる?何?ついに頭の中も人外になっちゃった?)

(うるせーな。んなわけあるか。俺だって手前なんざ今すぐ殺してやりてーよ)

(じゃ、何なの!?)

(仕方ねーだろ。前に安心させるためについ言っちまったんだから。元はといえば、手前が嘘吹き込んでややこしくしたんじゃねーか。あーそういや、あん時はよくも嵌めてくれたよなぁ。まだお礼やってなかったから、今すぐ渡してやろうか?)

静雄はかつて臨也の策略に嵌められたことを思い出して、ぴきぴきと怒りがこみあげてくる。ずっと殴りたかった顔が近距離にあるのだ、我慢するのはむずかしい。

(ちょっと!!自分で茜ちゃんに言ったこと忘れたの?とりあえず、茜ちゃんを悲しませたくなかったら、その拳ひっこめて!)

(ちっ)

自らの発言が臨也を殴ることを許してくれない現状に苛立った。

(それじゃあ、せっかくのパーティを俺だって壊したくなんかないし、茜ちゃんを悲しませたくはないから今日は一時休戦てことでいい?)

(気に入らねーが、そうするしかないだろ)

そんなやり取りをしていると、だいぶ茜と距離が離れてしまった。
外から見るより奥行きのある邸宅の廊下を臨也と静雄は早足で歩く。

「ここが会場なの」

目的の場所についたのか茜が止まり、襖を開けた。

中は30畳くらいの広々とした和室で正面には、茜の言っていた絢爛豪華な八段の雛人形が飾られ、その両脇には明かりの入った提灯と桃の花が飾られている。
テーブルにはたくさんの料理が置かれ、どれも食欲を誘うほどおいしそうだ。

「あ、やっときたね」

そう言って、二人に気づいたのは長い腐れ縁であり、パーティに参加している事実がかなり珍しいであろう、闇医者・岸谷新羅だった。

「っていうか、二人で登場って……、もしかして一緒にきたとか?」

おぞましい事を言われて二人同時に顔を横に振る。

「まさか、やめてよ。シズちゃんが来ること自体知らなかったってば」

「きもいこと言うな。こいつが来ること自体知らねーし」

また同時に発言し、相手を睨みやれば部屋の奥から誰かが慌てた様子で駆け寄ってきた。

『おおおおお、おまえら、なんでふたり揃ってるんだ!?』

新羅と同居して長年彼ら二人を見て、その仲が極まりなく悪いことも知っている北欧の妖精・セルティがPDAに打ち付けた文面を見せる。
しかし、臨也と静雄に聞いた問いかけは隣にいた新羅によって遮られた。

「ああ、セルティ!!なんて君は美しいんだ!!漆黒のライダースーツとは打って変わって、色とりどりの花模様が艶やかに君を惹きたてる!!綽約多姿、これぞまさに、錦上添花!!」

セルティもまた、茜と同じように着物を身に纏っていた。
そんな新羅に呆れていると、

「こんにちは」


二人が声のするほうを見やれば、そこには来良学園の後輩・竜ヶ峰帝人と、その肩越しに園原杏里の姿があった。
ぺこりと恥ずかしそうにお辞儀をした杏里もよくよく見ると着物を着ている。
どうやら、お雛さまという女の子のお祭りに茜が用意しておいてくれたらしい。

「うんうん。茜ちゃんも杏里ちゃんもセルティに負けないぐらいきれいだね!!」

そう言った新羅だったが、「あ、でもやっぱりセルティが一番……」と呟きそうになりセルティの影で口を押さえられた。

「これで皆さん揃いしました。本日は来てくださってありがとうございます」

茜がニコニコとうれしそうに言って、お辞儀をした。

それに微笑む一同だったが、ふと先客たちは異常な光景に気づく。
臨也と静雄が喧嘩をしていないのである。

「何君達、今日は休戦協定でも結んだの?」

新羅がこそこそと聞くと、臨也が嫌そうに答える。

「そう。何でもシズちゃんが茜ちゃんに前に仲がいいみたいなこと言っちゃったらしくてね。でも、小さな女の子のパーティを壊すなんて趣味はないから、今日は我慢してあげるよ」

「ああ、あのときのことかな。たしかに言っていたね。随分と大人になったなと静雄の対応に感心したのを覚えているよ。でも、たまにはこういうのもいいんじゃない?日本の文化を存分に愛でようじゃないか。そして、セルティの美しさについてもそれこそ存分に語ろうじゃないか」

「うざ……」

そんなふうに二人は会話しながら雛壇飾りに目をやると、本当に美しいその姿に感嘆した。

――――― 一方、テーブルを挟んで

『静雄、大丈夫なのか?』

天敵である臨也にキレてしまわないか心配してセルティは、静雄に聞く。

「まぁ、今から数時間の辛抱だと思って耐えてやるさ。せっかくの茜の招待だしな。だが、ここから一歩出たらそれも終わりだ。帰りはあいつを殺す!」

最終的にいつものごとく殺す宣言に至ったがこの場ではキレないと聞いてセルティは安心した。
そして、はじめて見る雛人形の美しさに惹かれるように立ち上がり、帝人と杏里に人形達の説明をしている茜のもとへ向かった。
 
「あ!セルティ!!」

と新羅も彼女の後を追って席を立つ。

臨也と静雄は二人きりになった瞬間、ガシッッ、むにっっとお互いの頭や顔を掴む。

「ちょっとー、シズちゃん。喧嘩はナシって言ったじゃない。手、離して。俺の毛根死んじゃう。ハゲたらどうすんの!!?」

「うるへー。ひぇめーこそ、ひゃなせ。ふそ、ろみむひ!!」

と、二人が睨みあっていると茜が近寄ってきた。

ぱっと手を離す二人。協定をやぶって、この場を大惨事にすることは避けたいという同じ思いにより、何事も無かったかのように座りなおす。

「イザヤお兄ちゃん、静雄お兄ちゃん。白酒飲む?」

「ああ、俺はもらおうかな。このちらし寿司おいしいね」

「ありがとう。お母さんと二人で作ったの。静雄お兄ちゃんは?」

「わりぃ、俺は酒は苦手なんだ。変わりにウーロン茶もらえるか?」

「うん。今持ってくるね」

茜がキッチンへ向かうべく部屋を出て行くと、今度はテーブルの下でお互いの足を小突きあう。

ごんっ

「あっごっめーんwwシズちゃんの足って長いから超邪魔なんだよね。悪いけど、そこで体育座りしててくれない?」

どかっっ

「わりいわりい。ノミ蟲すぎて気づかなかった」

「何なの!?」

「手前こそ」

小さな突付き合いがだんだんとヒートアップしたそのとき、

―――ガキンッ

「お二人ともやめてください。この場をめちゃくちゃにしたら茜ちゃんすごく悲しみます。だから、今だけは我慢してください」

手のひらから日本刀を生やした杏里が二人の仲に割って入った。
その目は赤く光っている。

そう言われて、うっかり当初の約束を忘れて暴走し始めていた自分達を反省し、もう一度確認し合い、小競り合いもやめることになった。


*   *   *

食事をしたりゲームをしながら、楽しい時間を過ごす。

人生ゲームでは茜が一番にあがった。
UNOでは杏里が一番にあがった。
マリオカートではセルティの圧勝だった。

雛祭りだからというのか、なぜか女子組が圧倒的に強かった。

また、カラオケボックスばりに本格的なカラオケ機器が設備されていたので歌ったりした。

特に、臨也は一人でカラオケ、所謂ヒトカラによく行くらしく歌がうまい。だが、それを誰かに聴いてもらう機会がなかったため、ここぞとばかりにマイクを離さなかった。
ほか、新羅は『嫁に来ないか』をセルティを見つめながら熱唱し、帝人は意外にもロック系のバンドの楽曲を歌い、杏里はそのアニメボイスでアニソンをかわいく歌いこなし、茜と静雄は二人で『ポニョ』を歌った。



こうして、心配された喧嘩も起こることなく和やかに時は過ぎていった。

―――静雄が間違えて臨也の白酒をうっかり飲む、そのときまで。





後編に続く


―――――

■綽約多姿(しゃくやくたし):ゆったりしとやかしなやかたおやか とにかく美しい姿
■錦上添花(きんじょうてんか):美しいものに美しいものを添え いっそう美しく飾る
- ナノ -