晴れ渡る澄みきった青い空。
今日を境にもう来ることはないであろう、学校の屋上で。
解散となった生徒たちが別れを惜しんで校庭で話したり抱き合っているのを一人眺める。
「まさに卒業日和だね」
『折原臨也殿』と書かれた卒業証書をぴらり、と太陽にかざす。
三年というのはあっという間だ。それが、青春時代ならなおのこと。
思い出といえば、毎日の追いかけっこ。
人より沸点の低い彼をからかっては怒らせていた。
もうあの日々には戻れないことを思うと、ちくりと胸の奥が痛んだ。
ふと下をみると、ちょうどその彼が帰ろうとしていた。
トレードマークの金髪が一際目立つ。
「シズちゃーん」
声をかけると、きょろきょろと探している。
「上だよーー!」
手を振って、自分の存在を認識させる。
「なんか用かよ」
彼はいつものごとく不機嫌そうに答える。
「卒業おめでとう。たのしい三年間だったね」
皮肉交じりに言うと、ちっとも楽しくなんかねーと呟いていた。
「これ、あげるよ」
体育館の壇上で受け取ったばかりの卒業証書から手を放す。
ひらひらひら
紙は空気の抵抗を受けて左右に揺れながら、ゆっくりと落ちていく。
「手前、何してんだよ」
文句を言いながらも、彼は地面に付く前に掴んでくれた。
「これも」
証書を入れる筒も投げる。
「っ!だから、手前何なんだ。いらねーよこんなもん」
要らないと言いつつもちゃんと受け取ってくれた。
「代わりにシズちゃんのちょうだい?」
彼の名前が入った証書が欲しいと乞う。
「ふざけんな。降りてこいよ。自分のちゃんと持っとけ」
「卒業証書なんて、ただの紙だよ。無くたって、卒業した事実は変わらない。俺のがいらなければ捨てていいよ」
彼は少し思案して、じゃあ取りに来い、と言った。
「そこから投げてくれればいいから」
「は?無理だろ」
「シズちゃんの馬鹿力なら届くでしょ」
彼はため息をついてから、筒に入った自分の証書を投げた。
ぽーん。
それは高く舞い上がって、屋上にちゃんと届いた。
「ほら、余裕じゃない」
受け取って下を見る。
「じゃあな」
それだけ言って彼は校門へ向かった。
三年間、追いかけられる方だったからこんなにも彼の背中を見たことはなかった。
パシャリ。
持っていた携帯で写真を撮った。
「唯一の写真が後ろ姿かぁ」
彼は一度も振り返ることなく、その姿を小さくしていった。
きゅぽん
彼からもらった筒の蓋を開けて、丸められた卒業証書を取り出す。
『平和島静雄殿』という名前が目に入って、ぎゅっと胸が締め付けられた。
ぽたぽたぽた
空は晴れているのに、卒業証書を水滴が濡らす。
吸い込まれた水滴は墨で書かれていた『静雄』の文字を滲ませた。
ふわり、と風が吹く。
遠ざかった彼の姿は涙で霞んでもう見えない。
「ありがとう、シズちゃん」
(俺と出会ってくれて)
そして、さようなら。秘めた思いは伝えられぬまま。
今日、君を卒業するよ。
卒業証書