タクシーから降りると、心地よい風がなびいた。
海の見える小高い丘に白いこじんまりとした建物が見える。
屋根には十字架がそびえていて、それが教会だとすぐにわかった。
タキシードに教会…パズルがそろい、鈍感な俺でもこれから何をするか予想できた。
だが、前を歩く臨也の真意はつかめない。こいつの性格的にこういうことは馬鹿にしそうなのに…

考え込んでいると、臨也の足が止まりこちらに振り向いた。

「この教会ね、今日は俺たちの貸切。予約してあるから。すごい人気なんだよ?」

よくよく聞くと二年前には予約をとってあったらしい。そんな前から計画を立てていたことに驚いた。

「ここは、俺たちみたいな男同士でも、女同士でも大丈夫なの。兄妹とか禁断のカップルでもオッケー。本当に愛し合っていればどんな形でも立場でも許してくれるんだ」

そうつぶやいた臨也を真正面に見据える。今までに一度も式を挙げたいとは聞いたことがなかった。

「ふふ。不思議そうな顔してるね。俺はもともとこういう形とか気にしないタイプなんだけどね。……恋をすると人は貪欲になるらしい」

臨也が伏せていた目を向ける。

「シズちゃん…俺ね、俺の全部をシズちゃんにあげたいんだ。もちろん、その逆も」

そう願うことが罪なように顔を歪ませる。

「全部…?」

今以上に臨也からもらうものがあるだろうかと思案する。

「いや、心も体もシズちゃんのものだよ?8年前のあの日からね」

それならば何を?浮かんだ疑問を口にはせず、臨也の言葉を待った。

「俺たちはさ、戸籍上は他人じゃない。それも真っ赤な。俺が男でなかったら。俺が女に生まれていれば、今頃は世間一般で言う、ゴールインして将来的に子供とか儲けて立派な家族を作れてたかもしれない。俺はね…できることなら平和島姓になりたいなぁなんて…」

思いの丈を吐き出した臨也に静かに見つめられる。そんなことを思っていたのか、と気づかなかった鈍感な自分を呪った。きっと、歳を重ねるにつれて普通の人間ならたどる結婚や子供を持つ、ということをこいつは敏感に感じ取って不安に駆られたのだろう。
思えば、昔から形にはこだわらないようでいて、人一倍イベントなどの類に執着するヤツだった。よく言えばロマンチストというか…。

「だからね、シズちゃん」

考え込んでいた俺の耳に臨也の強い口調が聞こえた。

「俺と…」

そうつぶやかれて、慌てて言葉をさえぎる。

「ま、待てよ!!」

俺の制止に驚いた臨也の目が見開かれた。ああ、馬鹿野郎!早とちりすんな!!

「ちがう!!」

臨也の顔が急激に青ざめる。違うっつーに!

「”いや”って意味じゃねーよ。んな顔すんな。今日は俺たちの晴れ舞台、だろ?」

臨也がおずおずと顔を上げる。なんかさっきから小動物みてーだな、コイツ。
いちいち表情が変わっていつも以上にかわいく思える。ここまでお膳立てされてやっと気づくなんて俺のほうが大馬鹿野郎だよな。さらに、大切な言葉をコイツに言わせちまったら、俺はお天道様の下を歩けねー。…だから、真剣に臨也を見つめて俺は言った。

「臨也、俺と結婚してくれ」

臨也は俺の言った言葉を聞いて固まったままだった。やがて見開かれた瞳からポロポロと大粒の涙をこぼして、小さく震えた、けれどはっきりとした声で「はい」と言った。

青空が澄みわたる春の日。
小高い丘にある小さな教会で。
列席者はステンドグラスから漏れる色とりどりの光たち。

そこで、俺たちは人知れず、永遠の愛を誓う口づけを交わした――。







HAPPY END





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臨也のタキシードが白なのはウェディングドレスを意識して。

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