■甘め。
■臨也さんが乙女です。





カーテンから漏れた陽射しに気付いて目を覚ます。
時刻は7時半。いつもなら出勤の仕度でバタバタと忙しい朝も休日のおかげでゆっくりとできることがありがたい。

ふと、寝てる間ずっと隣に感じていた温もりがないことに気付いて、体を起こす。

「あ、シズちゃん起きた?」

台所の方から頭をぴょこんと出して、昨夜から泊まっている臨也が言った。

「おー」

どうやら、先に起きて朝食を作ってくれてたらしい。気が利く恋人がいる朝はなんだかくすぐったい。顔を洗って一緒に朝食をすませる。平日の今日は本来なら仕事のはずだ。でも、目の前にいる恋人の臨也にかなり前から今日は休みを取ってほしいとお願いされていたため、社長に有給を願い出た。有給なんて取った事はなかったから、すんなり了承され、トムさんにもゆっくりしろよ、と労われた。

休みを取ってほしいとは言われたが、どこに行って何をするだとかは聞いていない。俺と違って、計画を立てるのが好きな臨也だから、もうプランは立ててあるんだろう。

「今日どっか行くのか?」

カチャカチャと洗い物をする臨也の背中に声をかける。

「うん、ちょっとね」

濁すような言い方をされて首を傾げるが、行けばわかるだろうと深くは聞かなかった。
洗い物を終えた臨也は出かけるから着替えてきてと言い、自身も持ってきたトランクケースに手をかけた。

寝巻きのジャージから私服に着替えるべく、吸っていたタバコを灰皿に押し付けてクローゼットをあけた。バーテン服ばかり並ぶその中から数少ない私服を手にしようとした途端、「あ、いつものバーテン服でいいよ。目の前のやつね」と後ろから声をかけられる。休日は臨也が選んでくれた俺が選ぶよりセンスのいい服を着るよう言われるのに、珍しいな、と思いながら白いワイシャツと黒いベスト、同じく黒いズボンを着ていく。
すると、少し違和感を覚えた。いつもよりワイシャツは白くてのりが利いている。ベストのところどころには同色の黒で目立たないが、刺繍が施されている。

「?」

不思議に思っていると、臨也が着れた?と声をかけてきたので俺は振り向いた。そして、目の前に立っていた臨也の格好に驚いた。

「お前!!それ!!??」

「どう?似合う?なんか恥ずかしいーね」

と照れている。いや、似合うと聞かれればすこぶる似合っているが、なぜ、臨也は白いタキシードを着ている?俺が惚けているとクローゼットから俺が着るらしい黒のジャケットを取り出した。

「シズちゃんは、その上にこれ着てね。よかった。サイズぴったりだね。寝てるあいだに測ったんだよ。シズちゃんの身長と体型だと既製品なんてないから特注品で結構、高かった――」

臨也がなにやら言っていたが耳には入ってこなかった。渡されたジャケットは後ろがペンギンのような形をしていてこれも臨也が着ているのと同様、タキシードだと理解する。だが、なんで二人してタキシードなんか……
わけがわからず、臨也に問おうとした瞬間、アパートのチャイムが鳴った。

「あ、タクシー来たみたい」

訪問者は臨也が知らぬ間に呼んだタクシーの運転手らしい。そそくさと俺と自分の荷物をまとめて、臨也は玄関へ向かった。

「シズちゃん!早く!!早く!!」

臨也にせかされ、今だ状況が掴めていない俺はその姿のままアパートを後にした。


*   *   *


タクシーの中で臨也は何も話さなかった。いつもなら、少しは黙れと言いたいぐらいおしゃべりなヤツなのに…。いつもと違う空気を感じて俺もいっぱいあった疑問を聞けないまま、車は走り続ける。

答えがわからない俺は何も話さない臨也に少しの苛立ちを感じはじめ、とりあえず疑問に答えてもらおうと、おい、と声をかけると同時に、長い沈黙の間ずっと窓の外を眺めていた臨也が口を開いた。

「ねぇ、シズちゃん。今日が何の日か知ってる?」

それは、俺が聞きたかった答えなんかじゃなかった。唐突の質問に頭をひねって考えるが、何の日だったか心当たりはない。臨也の誕生日は5月で来月だ。もちろん、俺の誕生日でもなく、全く検討がつかずにいると、じゃあ、質問を変えるよ、と再び臨也が俺に聞いた。

「俺たち付き合ってどのくらいたったと思う?」

急に聞かれたその質問に戸惑いながらも、俺は頭の中で付き合い始めたころを思い浮かべて答える。

「高校の卒業式からだから、5年…か?」

そう、高校の卒業式に臨也に告白された。てっきり嫌われてるもんだと思っていた俺は卒業して会えなくなることを考えては落ち込んでいた。ところが、式が終わって臨也に話がある、と呼び出された。高校時代はいがみ合うような関係だったから最後の喧嘩でもすんのかと身構えてた俺に、耳まで真っ赤になって好きだと言ってくれたこいつの顔は今でも忘れられない。それから、5年。付き合い始めて、もうそんなに経つのかと驚いた。

「うん。そうだね。付き合い始めては5年。でもね、俺は入学式の日にシズちゃんに一目惚れしたから、シズちゃんを好きになって今日でちょうど丸8年になるよ」

「え?」

入学式?俺たちが初めてあった日。それが、今日で8年…?
社会人になって学生の頃とは時間の概念が変わった。四季は感じられても、一年を通して特に区切りなんて付かない生活を送っている。
だから、今日が俺たちの入学式があった日なんて知らなかったし、今までその話題が出たこともない。

「俺たちが出会った記念でもやんのか?」

と思ったことを口にすれば、臨也はさぁ?とだけ呟いてまた窓の外に目を向けた。
一体何なんだ。謎はこんがらがるばかりで、答えがわからない俺はふつふつと怒りが湧き上がる。最近は満たされた生活を送っているためか、昔のように簡単に切れることはなくなっていたが、久々に切れそうだ――そう思っていると、鬱そうとした茂みの中を走っていた車が、開けた場所に出た。

「海!シズちゃん海だよ!ホラ!」

と臨也がうれしそうに窓の外を指差す。春の日らしく天気は快晴でその下に青い海が広がっている。

「おーきれいだな」

久しぶりに見た海に心奪われて、さっきまでの感情が静まっていった。
しかし、海がこんなに近いとは一体どこなんだ、とまた疑問ができる。
俺たちを乗せたタクシーはしばらく走り続け、最後はくねくねとした山道を上り、
見晴らしのいい高台で停まった。

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