■ギャグ
■シズちゃんが大変残念です






最初に言っておく。

俺は断じて、ダメ男なんかじゃねぇ!


取り扱いちゅうい


今日も俺は真面目に仕事をこなす。
人から借りた金を返さずに、のうのうと暮らしてるような腐ったヤツはこの池袋に吐いて捨てるほどいる。そいつらを見るたびに俺の低い沸点は沸きあがりいつも暴れてしまうわけだが、そういう奴らがいるお陰で俺は仕事にありつけて、毎日の飯が食えている。なんとも皮肉な話である。まぁ、何が言いたいかというと、池袋はダメな男がはびこる危険な街だということだ。

そんな日常をくり返していた俺に『月刊☆ウワサの真相』とか言う雑誌の記者と名乗るおっさんに話を聞かせてほしいと持ちかけられた。
日々ひっそりと静かに生きようとしている凡人な俺に何を聞きたいのか知らないが、どうしてもというので三分間だけならと返事をした。
仕事先に迷惑がかからないように昼休みにくるよう伝える。場所は外。用が済んだらマックでトムさんと昼飯を食べる約束をした。そいつはすぐさまやってきて、俺を珍しいものでも見るようにじろじろと見てきた。おい、初対面の人間に失礼じゃねーか?礼儀を重んじる俺としては、少しムカついたが質問とやらに答えて、さっさと終わらせるために怒りを静めた。

「えーっと…そ、それで、質問…なんですが」

「おう」

おっさんはなぜか小動物みたいに、おどおどとして小刻みに震えている。何なんだ。プルプルしてても全然かわいくねー。まぁ、おっさんにかわいさなんか皆無だよな。ただこうプルプルさが、なんかあいつがこんな感じでプルプルしてたらかわいいだろーな、とか考えちまっただけで。別に、おっさんには興味ねぇ。むしろ、ずっとプルプルしてるのがムカついてきた。

「へ…へいわじまさんは、池袋さいきょう…なんですよ、ね?」

「さぁ?」

一体どこのだれに何を聞いたのか知らないが、たしかに俺が一部の人間にはそう呼ばれてるのは知っているし、喧嘩には誰にも負けない自信がある。が、だからといって、はい、そうです。なんて答えるほど俺は自意識過剰じゃない。俺は謙虚な日本人なんだ。

「あ、ちがう?んですか?あれ、ガセネタつかまされたのかな?あは…」

「それで?」

冷や汗をかき始めたおっさんにせかすよう睨み付ける。
なんなんだ。何が聞きてぇんだ。

「えっと、これもちがうかもしれないんです…が」

おそるおそる手にしたメモ帳を見ながら、上目遣いで聞いてきた。……上目遣いだと?俺の方が背が高いから見上げるのはわかるが、しつこいようだがおっさんに上目遣いでみられてもうれしくなどない。そうだな、あいつに上目遣いされるのは好きだ。いつも身長差で自然とそうなるから、俺は平均より高めの身長に育ったことに感謝している。あいつも身長が低いというわけではないから、あいつの上目遣いを見ることが出来る男はそうはいない。そのことにほっとする。なんせ、あの顔で上目遣いなんてされてみろ、世の男は皆惚れてしまうかもしれないほどである。あいつはホント、何だ、すごいかわいいからな。
俺がかわいいあいつを思い浮かべていると、おっさんが質問の続きを言った。

「なんでもあの池袋最強が長年思い続けた恋が実り、人生初の恋人ができてものすごい嫉妬深いというか尋常じゃないほど束縛が激しいとか。そんな噂を聞き、いろいろ街の人々に聞き込みを行ったところ、やはり世間一般で言う駄目なうざ男になってしまったという情報が入りまして、その真実を調べ上げて記事にさせていただけたらなーと考えている所存であります」

は?なにやら早口で巻く立てられて、よくわからなかったが、聞き捨てならない単語が聞こえてきた。俺が?嫉妬深い?束縛が激しい?挙句の果てには、駄目男だと!!?

「おい、もう一回ゆっくり話せ」と胸倉を掴んでおっさんに迫ったとき、俺の鼻があいつの臭いをキャッチした。これは、俺が今いる東口とは反対側の西口からだ!!すぐさまおっさんを離して、臭いのほうへ走り出す。

「あんのノミ蟲野郎!!池袋に来んなら家出るときと電車乗るときと駅着いたときにちゃんと連絡しろって言ってんだろうがよおぉぉお!!」

池袋はダメな人間、もといダメ男の巣窟だ。あいつがひとりぷらぷらなんかしてみろ、うようよ集まってきて危険だ!!
そもそも、なぜ、今だにあいつは新宿に住んでいるんだ。俺は付き合いだしたその日には、荷物まとめて俺の家に来い、と伝えたのに。
俺の恋人、折原臨也は新宿で情報屋などという、胡散臭さ極まりない仕事をしている。アンダーグラウンドからは身を引いて欲しいとは常日頃思っているが、臨也がやりたいと強く望むので俺はその仕事を続けることを了承している。俺は心が広い。
そんな愛しの恋人・臨也とは高校の入学式で出会った。あれほど運命というものを感じた瞬間はない。一目惚れした俺は、その日から猛アタックを開始し、臨也をずっと追い掛け回している。毎日5回以上は、好きだ・つきあってほしいと告白し、やっとその思いが報われたのは年の瀬も迫るクリスマスイブ。恋人の日とも言われるその日に、もしダメだと言われても、今年こそは無理やりにでも俺のものにしてしまおうと決意して言った16061回目の好きだ・つきあってほしいという俺の告白にあいつは、首を縦に振ったのだ。それからは早かった。恋人としてのステップはゆっくり上りたいという臨也に対し、すでに好きになって8年目となる俺は焦らされることに疲れ、待つことなんて出来ずに、その日に初キス・初抱擁・初エッチの階段を駆け足で上っていった。
まさしく奇跡と呼べるサンタさんからのプレゼント。ありがとう、サンタさん。
そして、初めて一緒に年を越し、初詣にも行った。お正月番組を俺の家で二人コタツに入って見ていると(もちろん臨也は俺の膝の上に座らせている)、2011年はうさぎ年だということに気づいた俺は、マッハの速さで秋葉原に行き、うさ耳カチューシャを購入してくると臨也につけるよう求めた。なにせ、あいつの目は赤くてうさぎとよく似ている。きっと似合うはずだ。ものすごい勢いで嫌がられたが、力ずくでつけてみるとありえないほどの衝撃に襲われた。その姿は死ぬほどかわいかった。いや、本当に死ぬかと思った。鼻からの出血が尋常ではなかった俺は、人生初めて死のふちを経験した。その後すぐ取ろうとしたあいつを制止し、姫はじめに突入。最終的には、あられもない姿のあいつに潤む瞳で見つめられながら「シズちゃんのにんじんちょうらい」などという破廉恥極まりないセリフを吐かせ、うさ耳臨也を堪能したのである。……くそ、思い出したらムラムラしてきた。
そんなことを思い出していると、いつの間にか西口に到着していた。一層強くなったノミ蟲臭をたどれば、路地裏に黒塗りの高級車を見つけた。俺は辺りを見回し投げられるものを探す。とにかくその場にあるもので一番重いものを選ぶことにしている。もちろん、愛の重さに比例しているからだ。瞬時に自販機を持ち上げ、高級車から降りてきた臨也が目に入り思いっきり投げつけた。
「げ、シズちゃん」
ぶつかる寸前で気づいた臨也は紙一重でそれをよける。
「いーざーやーくーん。池袋に来るときは前もって俺に連絡しろって言わなかったっけかー?いーざーやー君よぉ」
「シズちゃん、今は東口で休憩中じゃなかったの?」
「どこにいようと、俺の鼻はお前の臭いをキャッチする」
「わあ、あいかわらず気持ち悪いね」
「恋人に気持ち悪いって、てめ……」
そのとき俺はあることに気づく。臨也のコートのジッパーがあいているのだ。
「手前、出歩くときはいつも閉めとけって言ってんだろ!!」
俺はチャックに手をかけてシャーーッとコートの前を閉じた。何を考えてやがんだこいつは!!セクシャルな鎖骨と、か細い腰のラインが丸見えじゃねーか。俺以外に見せるんじゃねーよ。
「何なのシズちゃん。どう着ようと俺の勝手でしょ」
「ああ!?」
自分に隙があることをわかっていない臨也の胸倉を掴んで引き寄せた。その瞬間、鼻に香る強いノミ蟲臭と臨也の顔がドアップに迫る。あああ、なんなんだ。くそ!!今日もかわいすぎんだろ!!!!至近距離で臨也の顔を観察していく。長いまつげ、吸い込まれそうな赤い瞳、筋の通った鼻、すべすべの白い肌、そして、やわらかそうな唇……その唇が目に入ると俺は自然と顔を近づけていた。
「ちょっと!!シズちゃん離し……え……街中でキスとかほんとやめ…」
「黙れ」
―――――プルルルルル
唇が重なるあと少しというところで俺のケータイが鳴った。その音であることに気づく。慌てて、臨也を掴んでいた手と反対の手でケータイを取り出して画面を見ると案の定、トムさんからだった。そうだった、とトムさんとの約束を思い出した。
「やべぇ」
掴んでいた臨也を離してケータイに出る。
「トムさん、すいません。今行きますんで」
それだけ言ってケータイを切る。一緒に昼食をとる約束をしていたんだった。こんなところで油を売っている場合ではない。約束を守れないなんて、ダメ男の典型だ。あぶない。
「じゃあな、ノミ蟲。これからは、必ず連絡しろよな。あと、気をつけて帰るんだぞ」
「は?なに……突然現れといて、急に帰るとか……意味わかんない」
そう言って踵を返した。名残惜しいが人を待たせているから悠長なことは言ってられない。
「ほんとシズちゃんて最っっっ低!!自分勝手!!」
背中に臨也の声が突き刺さる。俺だって、心が揺らぐが仕事もあるし、キスできなかったのはくやしい。後ろ髪を引かれる気分でその場をあとにする。よし、今日は早く仕事を終わらせて続きをしよう。直行で会いに行こう。俺がそう心の中で決心していると、どん、と人とぶつかった。
「あ、すいません……」
そう謝りながら見てみると、それは先ほどの記者だった。
「いやあ、やっぱり噂は本当だったんですね」
「は?」
「池袋最強が嫉妬深くて束縛激しい、うざくてダメ男になってしまったというのは」
その言葉を聞いて、ピキッと血管が浮き出る。
「だから、俺はダメ男じゃねーー!!」
「ぎゃああああ!!」
気づけば、記者をふっ飛ばしていた。


―――――もう一度だけ言っておく。

俺は断じて、ダメ男なんかじゃねぇ!



*  *  *


(と、いうわけでこれからの取引は新宿でお願いしますよ。四木さん)
(噂には聞いてましたが、あれはひどいですね)
(ええ、池袋最強は嫉妬深くて束縛の激しいうざいダメ男なんですよ)
(あなたも大変だ)
(自覚してもらいたくて、記者に情報を流してみたんですが無駄だったようです)
(……と言いつつ、顔がにやけてますよ。まんざらでもない?)
(はは。そうですね。………化け物の愛を独り占めするのも、そんなに悪くない……かな)




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+++++++

とにかく、ごめんなさい。