今日一日の仕事を終えて、シャワーを浴びる。頭から全身を丁寧に洗って、泡立てたボディーソープを流しきると、もやもやと湯気で曇った浴室から出た。
目の前の洗面台の上に備え付けられた大きな鏡を見れば、赤く火照った体が写る。すぐに視線がいくのは、すべらかな肌にくっきりと浮かぶ噛み痕とキスマーク。それらを確認して、ふうっとため息が出た。

「一体いつ付けたんだよ、こんなに」

背中や太ももの内側など簡単には見えないところにも見つかった。もちろんこれは情事のときに付けられたもので、付けた主とは昨日会ったばかりだ。
まだ、服で隠れる場所にしてくれているからいいほうだろう。最初の頃なんて、これみよがしに首元に付けられて、隠すのに閉口したものだ。
しかも、噛み痕ってまるで獣じゃないか。脇腹にある歯形を指でそっとなぞりながら、一人ごちる。
自分だって、相手にこういったものを付けようと試したことはある。……が、彼の特異体質によってそれは一度足りとて成功したことはない。
くやしくてめいっぱい吸っても、めいっぱい噛んでも、彼の肌はそのまま。これならどうだとヤスリで尖らせた爪で背中を引っ掻いてもうっすらピンク色のスジが出来るが、それも一分も立たないうちに消えてしまうのだ。

(こっちは一週間は消えないというのに不公平だよね)

こういった関係になってから、喧嘩で出来る傷より、こっちの印の方が多くなった。振り上げられていた拳を握る手が、力の加減を精一杯抑えてやさしく自分に触れてくる。街中でばったり出会えば、今も尚怒声とドスの利いた声で名前を呼ばれるが、ひとたびベッドに潜れば艶めいた声色で切なそうに名を呼んでくる。

『…臨也……』

「!!」

一瞬、昨夜のことが頭をよぎった。何を思い出してるんだよ、俺はっっ!鏡には赤面している自分が写って猛烈に恥ずかしい。止まっていた手をガシガシと動かして濡れた頭を拭いた。久しぶりの情事は、会えなかった分を補っても十分余るようなくらい激しくて、濃厚なものだった。最初こそ、何かの禁断症状がでた人間が欲していたものをやっと手に入れたように求められて、二回目からは頭のてっぺんからつま先までじっくり味わうように喰らい尽くされた。
こちらとしては、体力も腰も限界だと言うのに彼の溜まっていた性欲が途切れるまで相手をさせられた。ぶっちゃけ、六回目以降は意識が飛んで覚えていない。
目覚めれば、後ろから抱き締められる形で寝ていたのだが………下半身は繋がったままというおまけ付きだった。汗と吐き出した液で汚れた体を洗いたくて、すやすや眠る獣を引き剥がす。にゅちゅり、と硬さのない彼の息子が自分の尻穴から抜き取られて身震いした。そっとベッドから這い出ようとしたその瞬間、がしっと腕を掴まれた。
驚いて振り返るとぼやあっと眠そうに目をこすって彼の金髪が揺れる。そして放たれた言葉に絶句した。

「シャワー浴びるなよ」

……はい?俺は一刻も早くこのベトベトな体を洗い流したい。それのどこがいけないのか。ダメだと言われる理由が見当たらなくて、彼の言葉を無視してもう一度、ベッドを離れようと掴まれた腕を振り解こうとしたが逆にグイッっと引っぱられた。

「や、だ。ちょっ!」

ぼすん、とベッドに倒れると、体をホールドされる。うなじに顔を近づけてすんすんと臭いを嗅がれた。はあ…とため息をついて「すげぇいい匂い」などとつぶやくから、頭おかしいんじゃないのと心配になった。汗と思いっきり精液の臭いが混じったスえた臭いがどこをどう転べば”すげぇいい匂い”?
抗議しようと振り向こうとしたら、耳の裏をべろりと舐められて、ぴくんと身体が跳ねる。そのまま、ちゅ、ちゅと軽い音をたてながら舌は首から背中へと移動し、彼の手が俺の胸に這わされる。こりこりと突起を弄られて、勝手に吐息が漏れた。

「ふぁん……な……に…… まだヤり足りない……とか?」

「寝起きの一発は普通だろ?」

「マジ化け物だろ!!」

殺す気かと逃げようとしても、両手をシーツに縫い付けられて、身動き取れない。そして、切ない声で名前を呼ばれるのだ。
釣られてうっかり目を合わせれば、もう嫌だと拒否することができない。”目は口ほどにものを言う”ことわざは嘘をつかないことを身をもって知る。

向けられる熱い視線は俺を欲しいと強く訴えてくるから。仕方ない、と彼の与える快楽に酔わされていった―――。


………………………………………………………………………………………………


って!!なんでまた俺は思い出してんの!!
頭を抱えて、へなへなと座り込む。そっと鎖骨の下に付けられたキスマークに触れて、付けた主に悪態をついた。


本っ当シズちゃんの変態!!化け物!!いっぺん死ね!!







あ〜も〜………………………………………………………………………………………………………





…………………………………………………………………………………………………………次はいつ会える?



ないしょの大好き




今日も何回かいつものごとくキレはしたものの、無事にノルマを達成して仕事をあがった。
家に帰って、まずは風呂に入り、一日の汚れを洗い流す。湯上りに牛乳を飲もうと冷蔵庫を開けるとプリンが目に入った。

……あ、昨日ノミ蟲が買ってきたんだっけ。

久しぶりにこの部屋を訪れたあいつは、律儀に手土産を持参した。ここのところ仕事が忙しくて二人で合う時間をキャンセルしてきたお詫びだよ、と、少し申し訳なさそうに洋菓子店の袋を差し出した。お互いの休みが合わなくて、昼も夜も顔を見ない日々が続いていたから食事を終えると、すぐさまベッドへ連れ込んで、あいつをデザートがわりにいただいた。だから、本来のデザートであったプリンはまだこうして食べられずに残っている。

うめぇ

生クリームの乗ったプリンは”とろける絶品ぷりん”という商品名だけあって口に入れればすぐにとろけてあまい味が広がる。おいしくて一気に食べ干すと、空っぽになった容器にスプーンを入れてテーブルの上に無造作に置いた。また食べたい。この絶品ぷりんと……誰かさんを。けど、新しい約束は取り付けてないから、次はいつになるかわからない。出来たらあいつの体につけた無数の痕が、消え去る前に会えたらいいのだが。薄くなれば、またその上から唇をつけてずっとずっとあの白い肌に俺のものって印がついていてくれればと思う。やはり別々に住んでいると、時間がうまくとれなくて簡単には会えないのがもどかしい。
言ってみるか……。きっと、最初はなんやかんやと屁理屈御託を並べて嫌がるだろうなと想像すると苦笑がもれた。
でもまぁ、最終的には首を縦に振ってくれるだろうけど。



”一緒に暮らさないか”


大好きなデザート



いつでも、君が食べられるように。

- ナノ -