■静←電波臨




「今日も池袋の夜景はきれいだねぇ」

高層ビルの屋上から眼下に広がる街を眺める。とても気分がよくて鼻歌交じりに、ここまで階段で昇ってきた。自宅から見える新宿のとは違う池袋の明かりたち。
あたたかく見えるのはきっと君がいるせい。その姿は見えなくても俺の心を締め付ける。得意の馬鹿力でぎゅうぎゅう握り締められて、俺の心臓はもう持ちそうにない。
左胸に手を当ててから、ポケットに入れてくしゃくしゃになっていた紙を取り出す。
自分の名前とその隣が空欄になっているのを確認して、ビリビリと破いた。

「どうして、シズちゃん名前書いてくれなかったんだろう……」

――せっかく、区役所まで取りに行ったのに……。
両手に収まる細かくなった紙の破片を見つめながら、昼間のことを思い出す。
今日は朝から区役所に出向いて、婚姻届を貰いに行った。
シズちゃんと出会って、もうすぐ8年あまり。そろそろ、お互い身を固めるのにいい年頃だ。俺はあんまり結婚というものに興味はなかったけど、シズちゃんが仕事の先輩と結婚について憧れてるなんて話をしてたから、仕方なく、ね。結構シズちゃんて古風なとこあるからけじめとか重んじるし、紙切れ一枚でシズちゃんが俺のもので俺がシズちゃんのものって主張できるのもいいかなって思ったんだ。

それなのに。

ねぇ、なんで書いてくれなかったの?
ねぇ、なんで困った顔したの?
ねぇ、なんで俺の心配したの?
ねぇ、なんで青ざめたの?
ねぇ、なんで「だいじょうぶか」なんて聞くの?

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで

喜んでくれるって思ったのに……。
順番が間違ってたのかな。プロポーズが先なんだっけ?
その辺の情報って曖昧なんだよなぁ。これじゃ、プロの情報屋失格だね。
保証人の欄には新羅とドタチンに書いてもらったから、あとはシズちゃんだけだったのにさ……。そういえば、新羅とドタチン、なんかよそよそしかったなぁ。おめでとうとか言ってもくれなかったし。もしかして、二人より先に俺とシズちゃんがゴールインしちゃうから妬いてるとか?結婚適齢期になると焦るらしいしね。新羅は相手が妖精じゃ、戸籍ないから結婚とか無理だし。っていうか、変な薬だすとか言い出してちょっと怖かったな。嫌がらせにもほどがあるよね。ドタチンは結構男前でモテそうなのに、いつもつるんでるのはおかしな連中だから、結婚は遠そうだな。あ、ドタチンの場合、高校のときシズちゃんにヤキモチ焼かせようとして、しょっちゅうドタチンにひっついてたから、俺が結婚するのさみしかったりして。

そんなことを思い出していると、夜風がひゅうっと吹いた。
両手の紙切れたちが舞い上がって、それはビルの谷間に散らばっていく。
地面に落ちずにずっとずっと漂う紙片………俺の気持ちみたいに、目的地にたどり着くことができずにゆらゆらとこの街を漂っている。

ああ、滑稽だ。

悲しいよ、シズちゃん。

君に拒絶されて、俺は気づいてしまった。

この世界じゃ俺とシズちゃんは結ばれない。

生まれる世界を間違えてしまった。

もっと早く気づけばよかったな。

早く早く―――、君と結ばれる世界にいきたい。行きたい生きたい活きたい往きたい逝きたい。



もう一度、眼下に広がる光の海を眺めてから、そっと一歩を踏み出す。
ぐらり、と体が傾いて重力の法則にしたがって、落ちていく。


シズちゃん、

大好き大好き大好き大好き大好き大好きだいすきだいすきだいすきだいすきだいすきだいすきダイスキダイスキダイスキダイスキダイスキダイスキ

さぁ、愛する君と結ばれる世界へ旅立とう。




この歪んだ愛をきみへ




届かなかったから、死ぬことにするね。






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婚姻届を貰いに行っちゃう臨也、かわいいと思います。(イタイけど。)



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