心のままに


『二度と父親ぶんな!!』
その台詞で驚く程に揺らいだ心は、今は凪いだように静かになっている。痛みはない。心もまた、いたくはなかった。
自分の周りがどうしようもなく青かった。藤本獅郎は僅かに残った感覚を頼りに状況を把握する。意識が遠い。同時に先程自分がした行為を思い出す。
ああ、もう自分は死ぬのだ。
我ながら馬鹿なことをした。自分にはまだまだやるべき事が残っていた。祓魔師としての自分であったり、塾で講師をしている自分である立場が、ぐるぐると頭の中でとぐろを巻いた。
けれど、それよりも。
なによりも。


「――………!!」


耳慣れた声が鼓膜を通じて聞こえる。朦朧とした感覚の中では何を言っているのか検討がつかなかったが、誰なのかははっきり分かった。
――燐。
その瞬間、ぶわ、と溢れ出る後悔の数々。


(ああ、すまない)
(お前を、ひとりにさせてしまう)


それが、何よりも辛かった。
喧嘩早くて、孤独に慣れたと言い張って、一人で部屋の片隅で泣いていた燐を、自分の大切な息子を、どうしようもなく孤独に追いやるこれからの息子の将来を、獅郎は憂えずにはいられなかった。

意識が遠い。
きっともう、残された時間は僅かだ。
これから燐は、そして雪男も、普通の生活は送れないのだろう。育ての父親として、せめて自分の足で立って歩いて行けるまでは見守ろうと、そう誓っていたのに。


(…なあ、燐、雪男)


届くはずがない言葉を投げかける。
どうか俺が死ぬことで自責なんてしないでほしい。
ましてや兄弟で憎み合うなんてことは、しないでほしい。
自分はもう逝ってしまうけれど、燐を守ったという誇りを抱いて逝くから。
お前たちの幸せを願って、逝くから。

近くでどさりとなにかが地面に落ちるような音を聞いた。息子だということくらい、獅郎にはすぐわかった。


「―…父さん…!」


それは今から逝かんとしている自分の耳に、驚く程の明確さをもって獅郎の鼓膜を揺らした。
もう泣くことのない目頭が熱くなる感覚がした気がした。気のせいだろうが、この感情には一片たりとも偽りがなかった。


(…燐)


泣いて、いるのか。


(お前は、…強がりで、誰よりも泣き虫だったから)


その涙を拭ってやりたかった。
大丈夫だと笑いかけてやりたかった。

お前は自慢の息子だと、言ってやりたかった。

体が動かない。声がでない。


(……くそ、参ったな)


やはりやりきれんなあ、獅郎は自嘲気味に心中で呟く。
脳内で駆け巡る燐と雪男の思い出に、もう叶えられない願いを呟く。

もっと名前を呼んでやればよかった。
もっと甘やかしてやればよかった。
もっと、抱きしめてやればよかった。


心のままに、愛したらよかった。






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何よりも大切なものを残して逝ってしまう気持ちって、どんなものなんだろう。
書いてて胸がいたくなりました。



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