ブルースターにさよなら


かつて自分に厳しくも優しい言葉を掛けてくれた父は、今はもの言わぬ石となってそこに佇んでいた。
地面に敷かれた砂利を鳴らしながら墓前に花を沿える少年が一人。


「…よお、親父」


少年、奥村燐は落ち着き払った声で一人ごちた。
祓魔師としての生活が始まってからというものの、燐の日常は目まぐるしく変化した。そういえば冷静になった頭で墓前に話し掛けるのは初めてだ。
幼い頃から自分を確かに支えてきた温もりはなく、だが目を閉じれば見える思い出に、かつて自分がそれに救われた事を知る。


「………」


燐は静かに十字を切った。自分は教会で生まれ育ったが、神を信仰していたわけではないから、祝詞や聖句なんて知らない。ただ教会で十字を切る父の背中を見てきたその思い出だけを頼りに、自分に出来るだけの哀悼を捧げる。
こうして花を供えるのも、十字を切って哀悼するのも所詮は自己満足なことくらい燐には痛いほど分かっていた。どれだけ声を枯らして叫んでも父には届かない、届けられない。
墓前の青い花束が風に揺れる。空は暗く暗雲が立ち込め、空は今にも泣き出す風だった。
涙は出ない。燐はそんな自分自身を強いとは思わなかった。父の死後、何かにつけ燐の人生には父の影がついて回る。一番引きずっているのは自分だった。
自分がいなければ。
何度思ったことかわからない。しかしこの命は、自分の最も尊敬した人物が守ったものだった。彼の命はもはや彼のみのものではなかった。


「……親父、聞こえてるか」


もし天国なんてものがあるなら空の上から、もし地獄なんてものがあるなら地の底からこの声が聞こえてるか。
俺は生きる。燐は自分に言い聞かせる。

大好きだった面影と、守られた誇りを抱いて、俺は、生きるよ。



end


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ブルースターの花言葉…悲しい別れ
悲しい別れにさよならして、誇りを抱いて進む。
でもどうしても辛いときは、大好きな人のいるここに来るんだと思います。


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