濡鴉と揺籃歌


遊星が目を覚ますと外はまだ薄暗かった。昨日半ば乱暴に寝かしつけられ、あのまま夜通し眠ってしまったらしい。いつもなら一度夜中に目が覚めるとかして深く眠る事のなかった遊星は、なんだか自分のいる空間に現実味が持てないような、浮遊感のようなものを感じた。
目を擦る。乾燥した目元にぴりっと染みる感覚がした。擦った手を下ろした時に、何かに手をぶつけた。視線を下に向ける。
遊星は瞠目した。
紛れも無く昨日自分を寝かしつけた本人、クロウ・ホーガンが寝息を立てていたから。
何故彼は遊星の部屋のベッドの傍らで伏せっているのだろうか。遊星はまだ覚醒しない頭で考える。


「―…!」


そうだ、自分は。
部屋を引き止めるクロウを制止して傍にいてほしいと請うたのだった。
そして優しい彼はそれを快諾して、ずっと。
遊星は目を伏せる。

どこか無理をしてないだろうか。
遊星は思案する。
一日中働き詰めで疲れている事くらい知っている。クロウはいつも笑顔で気丈に振る舞うけれど、顔色が時折優れなかった。ジャックに仕事をしろと文句を言った後に、身体の疲労に眉を寄せていたことは知っていた。他人に甘えを見せない確かな優しさに甘えて、一番疲れているクロウに気遣われたことに遊星は自嘲する。
ベッドから起き上がってクロウをそこに寝かせ、毛布を掛けてやる。遊星が持ち上げても全く起きないほどにクロウは深い眠りに落ちていた。普段の勝ち気な男気溢れる表情とは裏腹に、今のクロウの顔はあどけない。遊星はまじまじとその顔を見つめると、くすりと笑った。
何か作っておいてやろう。目が覚めた時に彼を待たせないように。
それは遊星からクロウへのささやかな恩返しだった。
クロウから視線を外し、部屋を出ようと立ち上がる。だが身体の動きに反して何かに引っ張られた。立ち止まる。後ろを振り返ると、クロウの手が遊星の服の裾をしっかり掴んでいた。


「…ゆ…う、せ…」
「……!!」


有りがちな漫画のようなシーンだった。しかし遊星は柄にもなく赤面する。昨夜無意識下で遊星がクロウに対してした行為―まさしくこれと同じ行動をした―を不意に思い出したのもあるが、何よりも、ほかの誰でもないクロウという存在が、自分を無意識とはいえ求めてくれた事実に、である。
頭の中がシナプスが切れたように熱い。遊星は、その顔を隠すようにベッドに伏せる。服の裾を掴んでいたクロウの手は宙をさまよった。遊星は優しくその手を握る。温かい。ただ手を握っただけなのに、そこからみるみる熱が伝染するように全身が温かくなる。クロウは安堵したように遊星の手を掴む。
どこか無理をしていないだろうか。
遊星は思案する。
宙をさまよっていたこの手を自分が握り返すことで、彼の心の負担を減らせているだろうか。
今はただ、安堵したクロウの表情を信じて、遊星は縋るようにクロウの腕に擦り寄った。



end.


あとがき
星屑と子守唄の続き。
この二人はどこまで行っても根底に友情があればいい。だからこそお互いが本能で求めている、そんな関係がいいなあ。
ちなみに濡鴉は黒色つまりBF。
揺籃歌は子守唄の別名だそうで。

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