冷たい秋雨の降る夜だった。バイト帰りの俺はアパートまで近道をしようと途中にある公園を横切ることにする。小さい時から動物が好きで、大学は農学部に進学した。将来は獣医とか、困ってる動物を助ける仕事に就けたらいいなと考えている。その時、カサカサッと茂みを揺らす音がして、俺は足を止めて目を凝らした。茂みから飛び出してきたのは猫だった。ここら辺の猫とは皆顔見知りだ。一体どの猫かな、と気になって目で追うと、その猫は木の下に行ってそこにいる別の何かに向かってにゃあにゃあと鳴いている。すると、別のところからも鳴き声がして他の猫がやって来た。猫たちはその生き物を威嚇し出して少しでも動けば飛び掛からん勢いだ。何がいるのだろう。気になった俺は方向を変えて木の下に近付く。猫たちが集まる中心には猫にしては大きすぎる何かが横たわっていて、怪我をした大型犬だろうかと考えるが、すぐ近くまで来た時、それが裸の少年だとわかった俺は慌ててしゃがみ込み、少年の体を揺さぶった。

「おい!大丈夫か!しっかりしろ!」

体があまりにも冷たくて咄嗟に手首を掴む。幸い脈はある。スマホのライトを点けて瞼を押し上げ、瞳孔が開いていないか確認した時、俺はその少年が普通と違うことに気が付いた。頭の上に2つ、丸みのある耳が付いている。

「ペット型の人間……」

噂に聞いたことはあるが、実際に見るのは初めてだった。科学技術の進歩に伴い、遺伝子操作によって動物の耳と性質を持ち合わせたペット型の少年が開発され、一部のセレブの間で流行している。実態は性欲処理をするための奴隷のようなものだ。しかし、飽きてしまったり、扱い切れなくなってこっそりと捨ててしまう例も少なくない。彼もきっとそうして飼い主に捨てられてしまった一人なのだろう。髪を掻き分けて襟足のあたり確認するが、所有者を示すバーコードがない。彼をこのままにしておくのは危険だ。バーコードがないまま警察に引き渡せば、飼い主を探すどころか、保健所に送られて殺処分されてしまう。あるいはここに残して行けばペット型の人間を集めて客に性的な奉仕をさせる店に売り飛ばされてしまうかもしれない。俺に残された選択肢は一つしかなかった。両手が塞がって傘は差せないので諦めて畳んでリュックの中に仕舞い、自分の着ていた上着で少年の体を覆って抱き上げ、雨の中をアパートまで走った。部屋に着く頃には全身びしょ濡れだったので、少年の体をそっと床に横たえてから自分の着ている物を脱いで洗濯機に全部放り込む。唯一濡れていなかったパンツ一枚になったところで、先に少年に服を着せてやらなくてはと、水で濡らしたタオルをレンジで温めている間に少年をベッドに運ぶため、被せていた上着を取った俺は息を呑んだ。白い肌は鞭のような物で打たれたり、殴られた痕でいっぱいだった。捨てられていたことから推測しても虐待されていたのだろう。俺は温めたタオルを持って来てそっと体を拭きながら怒りと悲しみが込み上げて来た。小さい時から生き物が大好きで、実家にいた高校生までは虫、熱帯魚、鳥、犬、猫など色んな生き物を飼って来た。どれも毎日世話をするのが楽しくて生き生きと動く姿を観察するのが好きで、一生懸命面倒を看た。人間も動物も皆、同じ尊い命だ。それを痛め付ける権利なんて誰にもない。傷付いた心をどれだけ癒すことができるかはわからないが、俺にできることは何でもしてやりたいと思った。体を拭いた後はベッドに寝かせて出血している部分に軟膏を塗りガーゼを当ててテープで固定したり、打撲している部分は湿布を貼るなどして応急処置を施す。サイズが大きすぎる俺の服を着せても尚よく眠っているようだったので、その間に洗濯機のスイッチを入れ、シャワーを浴びる。シャワーを浴び終わった後はテレビを観ながら髪を乾かして、その後は夕飯の支度に取り掛かる。今夜のメニューはもともとの予定通り、焼うどん。彼が食べられるかわからないが、一応二人分を作ることにする。野菜を切って豚肉と塩こしょうで炒めて、袋に入った市販のうどんを投入し、少し水を足して蒸らしてから醤油を絡めれば出来上がりだ。粉末だしと料理酒を入れればそこそこ食べられる味になる。

「んん……」

二枚の皿に焼うどんを盛り付けていた時、ベッドの方から声が聞こえてきた。

「ど、こ……?」
「お、目ぇ覚めたか」

少年は俺のベッドの上で体を起こし、傷が手当てされた部分を不思議そうに見つめている。意識が戻ってほっとした。想像していたよりも健康状態は良さそうだ。

「起きられるか?食べられそうだったら焼きうどんできたところだけど、食うか?」
「やきうどん……?」

意識が戻ったばかりで知らないところに連れて来られて混乱しているだろう。俺はベッド際に腰を下ろして少年と目の高さを合わせた。

「俺の名前は竹谷八左ヱ門。公園でお前が倒れているのを見つけて俺の部屋に連れて来させてもらった。勝手なことして悪い。でも、飼い主のバーコードが首になかったから警察にも引き渡せなかったんだ」

バーコードが首になかった、と言った途端、少年は目を潤ませて下を向いた。

「……俺、飼い主に捨てられたんだ」
「酷い飼い主だったな」
「ううん、俺が悪いんだ。小さい時はまだ良かったけど、大きくなって周りのペットたちとどんどん見た目に差が出て、俺だけ不細工だから、バーコードも押して貰えなかった……」

唇を震わせ、大きな瞳からぽろぽろと涙を流す少年は美しかった。何か温かい物を飲ませてやった方が良いだろうと思って、俺は「ちょっと待っててな」と声を掛けてから、レンジでミルクを温めて少し砂糖を入れて溶かしてから少年に渡した。喉が乾いていたのだろう。夢中になってごくごく飲み干すと、少し顔色が良くなったように見えた。

「お前は不細工なんかじゃない。俺は、か、可愛いと、思うぞ」

誰かに、可愛いね、なんて言う柄じゃないから、こういうことを言うのは抵抗がある。でも、その少年が可愛い見た目なのは事実だったし、何より彼を元気付けたかった。それにしてもこの少年を不細工などと言う飼い主の気が知れない。

「狸なのに……?」

少年はきょとん、と不思議そうな顔で俺を見る。何か変なことを言っただろうか。

「たぬき?」
「俺のこの耳は狸の耳なんだ」

確かに犬の耳でも猫の耳でもない、丸みを帯びた形だ。しかし、狸の何が問題あると言うのか。

「俺と一緒に飼われてたのはホワイトタイガーと黒豹とチーターだった。みんな、目が青かったり、髪が金髪だったりして大きくなるほどどんどん綺麗になって、でも俺だけいつまでも鼻も低いし、彫りが深い訳でもないし、ご主人様に気に入って貰えるように頑張ったけど奉仕が下手くそ過ぎるってぶたれてばかりだった」

酷い話だ。自分が好きで飼い始めて、飼い主に気に入って貰おうと健気に頑張る少年を虐待するなんて。

「つらかったな……」

あまりにも少年が可哀想で、俺は彼を抱き締めずにはいられなかった。すると、少年は俺の顔を見上げて、俺の真意を図りかねているようだ。

「あなたは、どうして俺のこと、助けてくれたの……?」
「そりゃあ、放っておける訳ないだろう。変な店に売り飛ばされたり、誰かに襲われるなんてことがあったらいけない。……だから、お前が嫌じゃなければ、ずっとうちにいていいんだぞ。俺は、お前に酷いことするつもりは全くないからさ」
「え、本当に?俺のこと、飼ってくれるの?」
「いや、飼うなんてつもりじゃなくて、対等にさ。俺と共同生活するって思ってくれればいいよ」
「やった!新しいご主人様ができた!」

彼にとって新たな居場所ができたということが余程嬉しいらしく、俺にぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。よしよしと頭を撫でてやると、丸い耳が楽しげにぴこぴこと動いた。まるで元気の良い子犬のような素直さだ。

「お腹減ってないか?食べれそうだったら夕飯にしよう」
「食べる!」

ここに座りな、とクッションを置くと、小さなちゃぶ台の前にちょこんと座った彼は皿うどんを不思議そうに観察する。

「へー、すごく太いパスタ!」
「もしかして、うどん、食べたことないか?」
「うどん……?」

いただきます、と箸でうどんを持ち上げて啜る俺を見て、目をきらきらさせた彼は同じ様に箸でうどんを持ち上げて啜ろうとするが、上手く吸い込めない。仕方なく、途中で噛み切るが、咀嚼して飲み込むと「美味しい!」と夢中になって食べ出した。妹はいるが、自分に弟がいたらこんな感じなのだろうかと、温かい気持ちになる。

「そう言えば、名前は何て言うんだ?」
「勘右衛門!」
「かんえもん、か。何か俺の名前と似てるな」
「似てる……?」
「かんえもんとはちざえもん。似てないか?」
「本当だ!お揃い!」

冷たい雨の降る秋の夜、好奇心旺盛な少年との不思議な共同生活が始まった。
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