クリスマスの朝、三郎は早かった。セットしておいた目覚ましが鳴る前に僕の家まで来て、僕を起こすところから始まり、母さんが作ってくれた三郎と僕の分の朝食を食べる時も、僕がのろのろ食べていたら「雷蔵、食べられないなら俺が食べさせてやろうか?」と僕の口元にフォークに刺したブロッコリーを差し出してくるし、僕のグラスが空になれば「ほら、ジュースのお代わり」と勝手にジュースを注いでくれる。まだ重い瞼の下からそんな彼の様子を観察していると、元々の世話好きが生まれ変わってさらに悪化しているんじゃないか?と心の中で問い掛けざるを得ない。そして、朝食の後には入念な衣装合わせが待っていた。

「さぁ、何を着ていくか決めよう。雷蔵は今日どんな気分だ?格好良く決めたい?それとも甘いテイストで行くか?」

2階の僕の部屋に上がってくると三郎はわくわくした様子でクローゼットを開け、中を物色する。その時、三郎の全身を初めてまともに見て、何だかいつもよりお洒落だということに気付いた。タートルネックの黒いセーターに黒のチノパンは細身の三郎が着ているとそれだけで決まってるって感じだけど、玄関にあった黒い革靴とネップ入りのツイードでできたグレーのチェスターコートと合わせると尚更格好良いだろうなと想像がつく。シンプルだけど、一つ一つが垢抜けている感じ。きちんとした三郎の隣に冴えない格好の自分がいたら申し訳ないと思うけど、自分で服を選ぶにはファッションセンスに自信もなくて、「三郎が選んでよ」と頼んだ。

「任せておけ。トップスはこの白いセーターで決まりだな。クリスマスにぴったりだ。中のシャツはそこにかかっているブルーのがいいだろう。あとはボトムスをどれにするかだな」

僕の胸に服を当て、そのまま持っているように促される。僕は渋々服の肩の部分を持った。三郎はすごくいきいきしていて、饒舌っぷりに拍車がかかっている。

「そう言えば、白いスニーカー持ってたよな?」
「うん」

三郎といる時に履いていたのは一回くらいなのに、よく覚えているなと思う。

「だったらこのパンツがいいかな」

ブルーとダークブラウンの細かなチェック柄のスラックスを手に取り、僕の持つシャツとセーターに重ねてみて大きく頷いた。

「これで決まりだ。さぁ、雷蔵。着替えて」
「はーい」

間延びした返事で服をベッドに置くと三郎が「早く早く」と僕のパジャマのボタンに手を掛けた。

「こら、やめろって。自分で着替えられる!」

僕が三郎の手を掴んで離させると、「わかったよ」と笑って手を引いてくれた。

「もー、そんなに急かすなよ。映画は11時からだろう?」
「だってまだこれから髪をセットしなくちゃいけないんだぞ」

三郎は僕の勉強机の前にある椅子に腰掛け、まだ鳥の巣になっている僕の頭を指した。髪は適当でいいよ、と言う僕にだめだめと首を振る三郎がふと、ベッドの上に目を留める。

「あれ、それってもしかして雷蔵がもらったサンタさんからのプレゼント?」
「そうだよ。サンタさんという名の両親からだけど。未だに夜中にこっそり置きに来てくれるんだよね」

へぇ、何が入ってるんだ?、と興味深々にまだ包装紙に包まれたままの箱を小さく振る三郎はまるで小さな子どもみたいだった。

「最近はリクエストしないから開けてみないと何が入ってるかわからないんだ」
「えー、ますます気になる」
「三郎が開けていいよ」

三郎は僕のことなんて意識していないだろうけど、僕自身は好きな人の前で着替えるのは躊躇われる。特に今履いてるパンツが自分の持ってる下着の中だとちょっとダサめのやつだから尚更だ。三郎の意識が僕から逸れている間に、これ幸いと着替えを急いだ。

「いいなー。俺はサンタさんなんていないんだよねって小学生の時に自分から言っちゃったから、サンタさんからのプレゼントはそれっきりもらえなくなっちゃった。まぁ、その代わりに親が好きな物買ってくれるけどさ」

三郎は丁寧に包み紙を剥がして畳む。普段から乱暴な動作はあまり見ないけど、僕の身の回りの物に対しては殊更丁寧に扱う。それが友人に対して彼が払ってくれている敬意なのかもしれないけれど、直視するにはちょっとだけこそばゆい。

「好きな物買ってもらえるならいいじゃないか」

シャツを着て、三郎がこちらを見ていないことを確認してから素早くパジャマのズボンを履き、スラックスに足を通した。

「わ、おっしゃれー!」
「ん?何が入ってた?」

三郎が両手に持って見せてくれた箱の中に入っていたのは、革でできたブックカバーとケースに入った万年筆だった。両親は僕のことをよくわかっている。読書と日記を書くのが日課の僕にぴったりのプレゼントだ。

「いい色だなー。あ、待って、このブックカバー手触りやば!」
「あ、本当だ」

触ってみてと差し出されて、ブルーグレーの表紙を撫でると滑らかで手に馴染む柔らかな革の感触。毎年嬉しいと思うプレゼントが、三郎が褒めてくれるともっと嬉しくなる。

「いいなー。俺もサンタさんからのプレゼントほしー!」

そう言われて、セーターをちょうど頭から被ったところだった僕は、ぴたりと止まった。腕を通す前に、首にセーターを引っ掛けた状態で、くるりとクローゼットの方を向く。

「ん?雷蔵どうしたー?靴下ならここに出してあるぞ」

クローゼットを開けてしゃがみ、奥に手を突っ込む僕に三郎は言う。目的の物を見つけた僕はそれをひっぱり出して、くるりと反対を向き、ベッドに座って足をぶらぶらさせている三郎に、表面に金色に輝く星のシールが貼ってある赤い包装紙に包まれた箱を突き出した。

「はい、雷蔵サンタからのプレゼントです」
「……え?」

目を真ん丸にして箱を見た後、僕の顔をじっと見て、それからまた僕の手の中の箱を見る。

「え、本当に?俺に?え、待って、もともと用意してくれてたの?」
「そうだよ」
「まじで、うそっ!やった!」

三郎は両手でプレゼントを受け取り、僕のベッドに仰向けに倒れて、「わー……」と感慨深くプレゼントを見詰めてから、「まじかー!」とまた勢いよく起き上がった。忙しない奴だ。セーターを着た僕は三郎の横に腰掛けて靴下を履く。

「えー、何が入ってるんだろ!開けていい?」
「いいけど、中身は期待しないで。大した物じゃないから」

三郎が予想以上に喜ぶから中身を見てがっかりさせてはいけないと焦って咄嗟にそう言った。三郎は嬉々として包装紙を取り去り、箱を開ける。

「わかってないなー。たとえ飴玉一つだって俺は雷蔵がくれるから嬉しいんだよ……わぁ、イヤーマフ!」

僕が三郎にプレゼントしたのは、ネイビーの耳あて。頭の上に載せるのではなく、首の後ろから挟むやつ。三郎は早速嬉しそうに耳当てを着け、僕に向かって自慢げに、にぃっと笑う。前世の三郎ってこんなに可愛かったっけ。同い年なのは昔も今も変わらないのに、今の僕はまるで自分が三郎よりも年長者でいるかのような心情で彼のことを見ているから自分でも不思議だ。

「すごく似合うよ」

三郎に似合うだろうってことはもともとわかっていた。だって、買う時に売り場の鏡の前で片っ端から試着して自分に似合う物を選んだんだから。こういう時、同じ顔っていうのは便利だと思う。

「嬉しいなー。雷蔵にも同じの着けてほしい」
「……そう言うと思って用意してある」
「嘘!最高!お揃いじゃん!もう、雷蔵ってばー」
「三郎の買ったら僕も欲しくなっちゃって」

僕もお揃いを着けたいと思ったからだよ、と言うのは流石に本音が過ぎるかと思って黙っていることにした。でも、その理由とは別に、三郎のために同じ物を用意しておいたら彼はきっと喜ぶだろうと想像していた。だって、三郎は何でも僕とお揃いにしたがって、僕がノートをいつも学校の購買部で買っていることを知った彼は、数学のノートは青、英語のノートはピンク、国語のノートは黄色、というように教科ごとに全く僕と同じ種類と色のノートを購買部で買って揃えてている程だ。消しゴムひとつにしたって、古いのを使い終わる前に僕が使っているのと全く同じ物に買い換えて、その徹底ぶりの異常さは生まれ変わってもかわらないらしい。いや、むしろ酷くなっているかも。お陰で転校して三ヶ月足らずのうちに、クラス内どころか学年の中で三郎と僕のニコイチのイメージは既に定着している。三郎の僕に対するこの執着ぶりは何なのだろうかと考える。昔だったら、元々、人間観察が好きな彼のすぐ傍にいた同室の僕は、観察対象としてうってつけの存在で、そんな僕を心底気に入ってくれたことを僕は心から嬉しいと思っていた。でも、今はどうだろう。全く記憶のない彼が僕に興味を抱いたのは顔が同じだからじゃないのか。たまたま顔が同じだったから、モノマネが特技と言うくらいに生まれ変わっても人の真似をすることが好きな三郎の興味をそそったのか。そう考えると膝から力が抜けて崩れ落ちそうになった。彼が見ているのは僕の表面だけなのかもしれない。そう考えて、心の隅でもう一人の僕は首を振って反論する。いや、そんなことはないだろう。三郎はそんな奴じゃない。僕は自分に言い聞かせて少し正気を取り戻した。今だって、彼と過ごす日々の中で、三郎は目に見える以上の僕の気持ちをいつも掬い取ってくれるじゃないか。彼の人としての優しさを僕はいつも感じている。それを忘れちゃいけない。

「もー、雷蔵ってば最高の親友だよー。こんな純真な男子高校生、今どきいる?本当に優しいんだからー」
「はいはい、どうも」

そうだよ、三郎。君の最高の親友になるのが僕の高校生活での最大の目標なんだから。親友、の響きが、何故か心の深いところをちくりと刺す。でも、僕はそれを見て見ないふりをするんだ。もっとこの痛みが重なってできたひびがいつか深くまで到達して自分の感覚の何もかもが壊れてしまえばいいのに。

「ほら、雷蔵。着替え終わったら洗面で髪のセットだ!」

意気揚々と僕の背中を押す三郎に促されるまま、部屋を出る。洗面所の鏡の前に立った僕の髪を三郎は櫛で梳かし、ワックスを付けた手で整えてくれる。お陰で自分だったら絶対にできない、いい感じの髪の流れができた。

「今日は全身、三郎のトータルコーディネートだなぁ」
「そりゃあ何たってクリスマスデートなんだから」
「デートねぇ」

やっと全ての準備が整って、玄関で靴を履いた。コートを羽織った三郎はその辺を歩いていたらスカウトされそうなくらいに格好いい。同じ顔なのにこうも雰囲気が違ってしまうのはどうしてなんだろうな。

「外寒そうだね」

僕がそう呟いたら、三郎は人差し指を僕の顔の前で立てた。

「ここに良い物がある」
「何?」
「じゃーん!」

三郎がコートのポケットから出したのは小さめの紙袋。リボン付きのシールが貼られたそれはいかにもプレゼントっぽい。

「うそ、僕に?」
「そ!本当は後で渡そうかと思ってたけど、きっと今必要だから。三郎サンタからの贈り物です」

芝居掛かった動作でお辞儀して差し出されたそれを、ありがとうと受け取って封を開け、中身を取り出す。それはあったかそうなふかふかのグレーの手袋だった。

「わぁ、手袋だ」
「その色だったら制服にも合うかと思ってさ。雷蔵、いつも手袋してなくて寒そうだから」

最近敢えて手袋をしないのは、寒いだろうと気遣って手袋を嵌めた手で僕の手を包み込んでくれる君がいるからなんだよ、三郎。でも、三郎がくれたプレゼントは嬉しい。僕は三郎に向かって「ありがとう」ともう一度言って、大事に使うね、と手袋を嵌める。ぴったりのサイズだった。そうして、僕たちはお揃いの耳あてを付けて出掛けた。楽しい一日はあっと言う間だった。映画館では席に着く前に三郎がキャラメルポップコーンを買い、僕はバターをかけた塩味のポップコーンを買った。僕はキャラメル味を食べるのは初めてで、三郎はバターをかけたポップコーンを食べるのが初めてだった。そっちも美味しいね、とお互いの好みを共有した。上映中は二人の肘が途中からずっと触れ合って、その感覚がとても心地よかった。遅めのお昼を食べるために入ったお店で、料理が出てくるのを待つ間に三郎が僕のカサカサに乾燥した手を見兼ねて、ハンドクリームを取り出し、お姫様の手を取るように丁寧にクリームを塗ってくれたのはちょっと照れ臭かった。帰り際に買った温かいココアを片手に二人で誰もいない公園に立ち寄って、ブランコに乗ったり、滑り台を何年かぶりに滑ってみたりした後、ベンチで他愛もないおしゃべりをしていたら日はとっぷり暮れて、流石に寒くなってきた。もうお互いの家に帰る時間だ。僕が「帰ろうか」と三郎を促して立ち上がった時だった。

「雷蔵っ」

三郎が何をしているのか、理解するのに少し時間がかかった。三郎は僕を背中から抱き締めていた。心臓が壊れそうなくらい、きゅうっと締め付けられた。じゃれ合うことは毎日のようにあるけれど、三郎の態度がいつもと違うのは明らかだ。

「どうしたの」

できるだけ何でもない風に訊くつもりが、声はどうしても上擦った。やめろ。駄目だ。変な期待をするんじゃない。湧き上がってくる気持ちに、自分で自分が嫌になった。

「いや、ごめん。今日すごく楽しかったからさ。何かちょっと、離れたくないなぁって。はは……」

体を包む温もりは確かに彼の物で。頭上に輝く星が放つ光も、僕の傍にいる人の魂も何百年経っても、何一つ変わらないんだ。そう思ったら僕の頬を熱い雫が伝っていた。何で僕は前世のことを思い出してしまったのだろう。何も覚えていなければ、ただただ楽しく幸せな気持ちで彼と一緒にいられたかもしれないのに。

「……僕もそんな気分。ちょっと遠回りして帰ろっか」
「うん」

明るい声色を作る。周りが暗くて、そして三郎が珍しく無口で本当に良かった。それは生まれ変わって一番切なくてとても幸せな帰り道だった。現実は残酷だ。彼は何一つ覚えていない。それなのにまだ僕の隣で、あの時と同じ顔で笑っている。
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