悪魔のキッチン


「あとは粉のダマがないようにサクッと混ぜ…」
「ルrrrrrrrrルォールリボォォォォォォン!!!」
(シャカシャカシャカシャカ)
「ちょ、キャラが…!ロールパンナちゃんの真似して混ぜないでください!マジインゴさんキャラじゃないこといきなりやんないで!」
「何故っ!何故ワタクシには妹ではなく、アレしか居ないのでしょう…っどうせならメロンパンナ様のような妹が欲しかったです…!」
(シャカシャカシャカシャカ)
アレって何だよ。
混ぜながら急に落ち込んだり憤ったり、変なインゴさん。
この前失恋したせいかは知らないがこんな調子だけど、本日インゴさんはカップケーキ作りに励んでいる。
ま。とにかくさっさと生地を型に流してもらってオーブンへ。

「いい感じですね、」
さて、次はカップケーキのデコレーションのクリームを用意しなくては。
「ハァ…小さいケーキのくせに大変なものですね…疲れました。休憩します」
「あれだけ混ぜれば疲れますよ…」

着けていたエプロンをぽいと私に投げていつもの定位置のソファーへ向かうインゴさん。
録画していたドラマの最終話を見始めた。
…クリームは作る気はないみたいだ。
まあなんとなく予想してたけどね。デコレーションだけやらせよう。

彼はソファーで真剣にドラマ見ているのだが、ホントこうしてみるとただの(ちょっと変な)イケメンだ。
たまにしっぽや羽も見せてくれるけど、それが無かったらただの人間に見える。
普段は悪魔なんて到底思えない。
実際インゴさんはとても怖い悪魔のはずなんだけど。

悪魔に関する書物をいくら調べてもインゴさんのことは記されていなかった。
もっと詳しい本を探さなきゃダメみたい。たとえばお母さんが居る田舎の家の本棚とか。
今までなんとなく接してきたけど、とんでもなくヤバい悪魔を呼んでしまったのは間違いない。
完全な人型だし、相当な力を持っている筈で、母に相談しようにも殺されかけたなんて笑い話にもならないし、しかもその悪魔が今もここに来ているなんて…さすがに言えない…

今はこうしてなんとかやっているが、この微妙な関係も実は不安で一杯なのだ。

「はぁー…」
「メルル、メルル!」
「え、あ…はい!」
「ぼさっとしてないで早く包みなさい」
「あー…すみません、ちょと考え事してて。今包みますね」
「…」

何だかんだでカップケーキ作りは進み、今はデコレーションも終えたカップケーキを持ち帰りのために一つ一つすべてラッピングする。

「あの…インゴさん。…はじめてこの家に来たときどんな気持ちでしたか?」
インゴさんは少し目を見開いて、私を見つめた。
こんな真面目な話はしたことなかったからかもしれない。
暫くして彼は口を開く。

「人界に来ること自体久しぶりでしたから、その変化に少し驚きました」
「変化?」
「この世界は全く変わってしまった。空気も匂いも、全てが人間の生きやすい世界です。別に人間が何をしようとワタクシ全く興味はありませんが」
いつもみたいにお前ごときに呼ばれて〜と嫌みが始まるかと思っていたら…そんなことは初めて聞いた。
「魔女や悪魔という存在も風化したようですしね」
「私達を知らない人はもうおとぎ話のものと思ってますからね。昔は魔女ってたくさん居たんですか?」
「それなりに。昔の話ですが」
「へーインゴさん色んなことを知ってそうですね」
「長いこと生きてますからね」
まあ悪魔だから当然人間なんかより長生きだ。
見た目は若いのに。歳なんて一々覚えていないと言っていたから実年齢は定かではないけど、昔話も数百単位なのはわかる。
「ちょっと羨ましいな〜なんて」
「退屈なものです」
「…」
少し気になるけどこれ以上聞いちゃいけない気がした。
その言葉を言う彼は本当に退屈そうな顔をしていたから。

すべて包み終えたら箱詰めして、どうぞとインゴさんに渡す。

「どうでしたか?作ってみて」
「疲れました」
「はは、ですよね」
あれはがんばりすぎだったなと私はつい苦笑い。
「次の連ドラの予約よろしくお願いしますよ。しくじったら許しません」
「はいはい」
「…」
「っ!いたたたた!!」
いきなり両頬を引っ張られた。なんなんだ急にっ!
「もう二度としませんが、なかなか楽しかったです」
「いひゃいで…ひょーが!!」
「先ほどからあまりにお前らしくない不快な顔でしたからつい…」

インゴさんはくすくすと意地悪く笑って……っ笑った??!?
驚く私をよそに、彼は頬を引っ張るのをやめて、あっというまに消えてしまった。

「不快な顔って…失礼な…あ」

頬を両手でさする。
私の顔は強張っていた…みたい。
こんな顔でいたらインゴさんが気になるのも仕方ない。いろいろ考えてたのばれたかな。

インゴさんと出会ってから、私は今まで何度も会っているのに、悪魔としての彼の内情を何も知らない。
知ってしまったら後戻り出来ないような不安にも駆られて、踏み込めない。だけど…

最近思う。
悪魔なのに、彼をもっと知りたいなんて思う私は変なのだろうか。

後ろのテーブルには全て包んで渡したはずのカップケーキが一つだけ残っていて、食えと言わんばかりにお皿にちょこんと乗かっていた。

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