欠けた月と君と...
満月の夜から一週間経った頃。
既に戦の終わった地にたった一人歩く者がいた。
「……はぁ…っ、く…」
身体をふらつかせながらゆっくり歩く姿は、いつ倒れてもおかしくはない。
左手には今にも落としそうなくらい弱い力で輪刀が握られており、一歩歩く度にその刀と毛利の足の防具とが擦れ合う不協和音が響く。
「っぐ、……も、う」
―――限界か。
そう言葉を続ける力も残っておらず、このまま血生臭い屍の中で眠ってしまうのかと想像するだけで気味が悪い。
どさっ…、とついに膝を地面についてしまう。一度座り込んでしまえば、もう起き上がれる体力などあるはずもなく、そのまま倒れこんでしまう。
「にちり、っ……よ」
闇の中に光るのは日輪などではなく月なのだが、毛利はそのまま欠けかけている月へ手を伸ばす。
だが、手は伸ばせなかった。
伸ばしたはずの右手はないのだから。
「っ゛ぐあ…!」
右手がない理由はこの地にいる理由とほぼ同じで、とにかく目的の場所まで歩き続けていた。
外見は防具のおかげでたいして変わらないのだが、ぶらんと支えがなくなっているそれはやけに滑稽にみえる。
同じく欠けている月までもが自分から離れてしまうのかと、毛利はこれ以上ないほど月を恨んだ。
だけれど月はそんなこと知らない様子でただ周りを照らすだけ。
同じ照らす日輪と比べても、何故こんなにも憎たらしいのか疑問に思えるほどだ。
こんな月なら、消えてしまえばいいのにと強く願う。
そのとき、月の光が遮られた。
「何そこで寝てんだ?」
「……」
「……んだ、喋れないのか」
うすくぼやけた闇の中にいたのは、ここにいるはずのない人だった。
どうしてここに?どうやってみつけた?
たくさん聞きたいことがあったのだが、ついに口を開く力までなくなってしまい、自分が情けなく感じる。
そんな自分を長曽我部はゆっくりと抱き寄せて、何事もなかったかのように来た道を引き返す。
「無茶すんな、手まで失うほど…」
「……さい」
「はいはい。元気になったら文句は聞いてやる」
だから今は黙ってろ、と普段通りの様子で言うものだから、なぜか安心してしまいそのまま目を閉じる。
まるで子供をあやすかのように右肩を優しく撫でる手から、とても暖かいものが伝わってくる。
「……これじゃ、もうにぎれねぇだろ」
手の優しさとは裏腹にその言葉はとても悲しく響く。
―――知っている、だから言うな。
そう思うものの、現実は変わらない。
「……んだよ」
「…ひだ…はあ、る」
「……そうだな」
左手で彼と同じように優しく長曽我部の頬に触れる。
あぁ、触れることってこんなにも嬉しいことなのか、と今までに感じたことのない感情が生まれる。
月は掴めなかったが、目の前の彼なら掴める―――それだけで十分であることを。
欠けた自分を愛して、また欠けて、
欠けても貴方を愛して、さらに欠けて、
そして、いつか消えていく。
満ちることのない月のように。
Fin.
11.10/10
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