麻痺する恋
長湯をしてしまった。
ただ単に長湯をしただけならばいいのだが、倒れてしまうほど湯船に浸かっていたらより深刻な内容になる。
もしあのとき本多に助けてもらわなけば、長曽我部はきっと今も浸かっていて、風邪では済まなかったに違いない。
そして同じく本多に助けられて、隣に寝転がっている彼に話しかける。
「無理すんなよ、いい歳して」
「……貴様に言われとうない」
お前よりはましだ、と鼻で笑ってみせるのだが枯れた声になってしまう。
だが、毛利も同じくぴくりと指の一つも動かさないので、長曽我部のように限界がきているようだ。
それでも、彼より元気な姿であると見栄を張ってしまう心は変わらないで、上半身をゆっくりと起こす。
そのときによっ…と、声を出している自分がやけに年寄り臭くて、先程長曽我部自身が言った言葉が胸につっかかる。
「…寒くねぇか?」
「……」
熱すぎる風呂に長時間入っていたら感覚が麻痺したらしく、熱い寒いの感覚が鈍くなった。
先程の風呂は熱すぎるし、かといって真冬に薄着一枚で寝転がっているには寒すぎる。
だから、隣の毛利に再び風呂に浸かろうと提案しているのだ。
「…貴様が入ってくる前までは気持ちよかった」
「んだよ。俺がいちゃ駄目か?」
「無論、そのつもりで言ったが」
ひでー、とからからな笑みを浮かべるのだが、隣との温度差によってすぐ固まってしまう。
だけれどそれだけで諦めるはずもなく、長曽我部は毛利の顔の前で数回手を振る。
意味はないのだが、本当にぴくりとも動かない彼が不安になり、少しでも反応してほしいと思ったのだ。
すると思った通り、毛利は長曽我部の振っていた手を、細い左腕を怠そうに持ち上げて退けた。
「喧しい」
「一緒に行こうぜ」
「…分かった」
まるで母親のように溜め息をつきながら子どもの我儘に付き合う毛利に、複雑な気持ちを抱きつつも、了承してくれたことが素直に嬉しくて、そのまま退けられた手で毛利を起こす。
普段きちんと食べているか疑いたくなるほど軽い彼に驚きつつ、けれど見た目とは裏腹にしっかりとした腕を掴んで浴場へと向かう。
「……あちー」
「どこがだ」
確かに先程よりはちょうどよい温度なのだが、やはり熱い。
誰もいないことをいいことに寛いでいれば、隣にいる毛利に不快そうな表情をされる。
聞かなくても理由は大体分かる。
きっと五月蝿いと言い出すのだから、何も聞かないでそのまま黙る。
「…なぁ」
すると珍しく毛利から口を開く。
けれど、長曽我部は口を開かないで顔だけ毛利のほうへ向ける。
そのときに彼の白い肌が目に入り、まるで女みたいだと思って魅入ってしまう。
「……また、来ないか?」
「はぁ?どうしたんだよ」
「嫌ならいい」
意外な言葉にふざけ気味に尋ねれば、案の定毛利は拗ねた口調になってしまう。
そんな反応が子どもっぽくて、可愛らしく思える。
そんな視線に気付いたのか、仄かに白い肌が紅く染まりはじめる。
なんて面白い反応ばかりをするんだ、と思いながらもいい加減にしないと口を聞いてくれないだろうと思い、毛利の提案に答える。
「勿論、行くに決まってるだろ」
「言うと思った」
透明な湯に顔を映す。
自分のそれは歪んでいるのに、気のせいか彼のそれはとてもくっきりと映っていた。
それはもしかしたら、自分にとって彼は歪まないくっきりとした綺麗な存在だと思っているからかもしれない。
やっぱり彼のことを考えていると、感覚が麻痺する。
恋なんて、きっとそんなもん。
Fin.
11.10/04
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